平穏な日常
「おっはよーーゆき!」
食堂で久しぶりに気持ちよく空想にふけっていたら、いきなり現実に引き戻された。
「みかちゃん、相変わらず元気いっぱいだね。よく分ったねここ」
「何いってんのよ、ゆきだったらどこにいてもすぐわかるよ、相変わらずのロリロリ全開なんだから」
そういいながら、私の黒のお気に入りのひらひらスカートを無造作にいじってくる。
「みかちゃん、やめてよ…、それにゆきのは、ロリロリじゃなくて、ゴスロリです」
ほっぺをふくらまして、精一杯抗議をしてみる。
「どっちでもいいけどさ、この7月のくそ暑いときに、ゆき見てるだけでこっちも暑くなるよ。ゆきはさ、平気なの?」
「平気だよ、私は」
と言ってはみたものの、平気なわけない。そりゃ、暑い、しぬほど暑い。
地球温暖化のせいなのか、異常気象なのかはわからないけど、毎年毎年、猛暑のニュースが駆け巡る夏に、
相当着込んでいるのだから、平気なわけないじゃない。
でも、ゴスロリをきている理由は色々あって・・・がまんがまん。
なんてことは、顔にも出さずに、できうる限りの最上級の笑顔を作って答えておく。
「ゆきのさ、その胡散臭い笑顔に、いったい何人の男が騙されているんだか・・・」
「もう、みかちゃん、ひどい、胡散臭いなんて」
「ところでさ、こんなところでぼっーっとしてないでさ、授業行かなくて平気なの、行動学のゼミ始まるんじゃない」
そう言われて、慌てて携帯の時計を確認すると、ディジタル表示で12:58を示していた。
「どうしよう、遅れちゃう・・・、全然気付かなかったよ」
がっちゃーーーん
慌てて立った勢いで、豪快に椅子と机の間にころんでしまった。
周りの視線が、一斉に降り注ぐ。
「ゆきはさ、いくら転ぶのが趣味だからって、もっと上品に転びなさいよ」
あきれ顔のみかの視線が痛い。
「趣味じゃないよ・・・、靴が厚底だから・・」
といいつつ、何故か日常、よく転んでしまうのではある。
たぶん、何も考えずに行動してるからなんだろうな・・・とは思うのですが。
そう、意図的に考えずに行動しているとこうなるのです。
「だからロリはやめろっていってるのに・・・」
「ロリじゃないってば・・・」
「ゆきちゃんはさ、それでいいんだって」
何度も繰り返される不毛な会話が始まろうとしたとき、妙に落ち着きのある声がそれを遮る。
「あっ、ゆりさん」
にこにこ笑いながら立っているゆりさんに自然、笑顔になる。
「ゆきちゃんはさ、その天才的なドジっぷりと、何も考えてない笑顔と、アイドルびっくりのベビーフェースがいいのよね」
誉めてるのかけなされているのか、さっぱり分らない。
「もう、ゆりさんってば・・・なんかひどい言われ様な感じがするんですけど」
「ってかさ、ゆり、レズっぽい発言、やめてよ、なんか気持ち悪いじゃん」
「あら、いいんじゃない。ゆきちゃんみてると、楽しくなるもの、心が癒されるっていうか、なんかペット見たいでさ・・・そう、我が家にもほしいな、ゆきちゃんみたいなペット。」
「もう、ペットってあんまりじゃないですか」
ちょっと怒った風に顔を膨らませてみる。
「ほら、怒った顔も全然怖くなくて、かわいいでしょう」
「だからさ、ゆりさ、そういう発言は誤解招くよ」
「いいんだって」
そう言いながら、ゆりさんは私のツインテールに結っている髪の毛を指で撫でてくる。
「こんな二次元みたいな髪型、リアルに似合うのって、ゆきちゃんだけだと思うよ、ね」
と同意をもとめられても、答えようがないよ。
でも、それはそれで嬉しいので、ニコニコととりあえずうなずいておく。
「って、そんな馬鹿ゆりはほっといて、ゆきさ、ゼミは大丈夫なの・・・」
「あっ」
あわてて、バックから携帯を取り出してみると、ディジタル表示は無情にも13:11を指していた。
「あ・・・・もう、駄目だよ、完全、遅刻だよ。」
どうしよう、と自分の意思とは関係なく口に言葉をだしながら、携帯をバックに戻して、
「私行くね・・・」
と言いながら、教室方面に走りだそうとして、何故かそのまま前のめりになり、地面とキス・・・・。
がちゃーーーん
おそるおそる顔をあげてみると、蔑んだようなみかちゃんと慈しむようなゆりさんの視線に包まれていた。
「痛いよ・・・」
なんとかゆっくり立ち上がると、ゆりさんがまた、頭に手をやってよしよししてくれた。
「ゆきさ、あんた、今ちらっと見えたんだけどさ、それニーソじゃなくて、タイツはいてるの、こんな暑い日に」
「やだ、みかちゃん、そんなとこ見たんですか、恥ずかしい、お嫁にいけなくなります」
「ってか、ゆきみたいな国宝級のドジもらってくれる人がそもそもいるのか」
「絶対、いるもん」
「いなかったら、私が貰ってあげてもいいよ、ゆきちゃんなら」
「だから、ゆりは言葉に気をつけようよ・・・、ってかほらゼミ」
「あ、私、行くね」
少しは、頭の回路を動かして、意識して行動しないと、本当にゼミに時間内にたどりつけなくなってしまう」
「ゆっくり気をつけて、行ってきな、うちら授業内から終わったら、いつもの場所で待ってるからさ」
みきちゃんの声を聞きながら、それでも机やら椅子やらにぶつかりつつ、何とか転ばないように食堂を出た。
食堂を出たところで、バックの中で何かが振動した。
携帯を取り出し、待ち受けをみると着信もメール受信もしていなかった。
ほんの一瞬、ゆきの顔つきが変わったのを、気づいた人はたぶん誰もいなかったであろう。
次にゆきの目に飛び込んできたのは、13:24というディジタル表示だった。
「やばいよ・・・本当に」
半べそ状態になりながら、教室へと向かっていった。
そう、これが私の日常。
いや、これも私の日常。