クエンティン・イングラム(教え子・伯父)・2
ずっと敬遠してきたグラディスを、改めてじっくり観察する機会は、親父の葬儀の時に訪れた。
姿形は、成長してますますグレイスに似てきていた。でも、印象は全く違っていた。
グレイスは、他人に気をかけることなどない人間だった。愛されようが憎まれようが、全くどうでもいいし、気にもかけない。ただ、自分一人の世界で、自分のためだけに生きていた。
対して目の前に見えるグラディスは、目に見えて憔悴していた。自分を愛してくれた祖父を失って……。
トリスタン、ジュリアス、マクシミリアンの三人の騎士に、家族に、大切に守られ、愛され、それに応える存在だった。
グレイスの呪縛が、解けた気がした。
アリ魔物騒動の後、トリスタンの腕で屈託なく笑うグラディスに、もうグレイスは重ならなかった。あの阿鼻叫喚の状況の中で、朗らかに笑い合う父娘に、別の意味での脅威を感じはしたが。
それから約一年後。
仕事がらみのパーティーに顔を出し、用が終わって戻った会場で、グラディスを見つけた。義弟になったランスロットの息子のマクシミリアンと、楽しそうに息ピッタリのダンスをしている。
とにかく目立つ姉弟だ。見てくれだけじゃなくて、なんか、空気がもう違うんだよな。
マクシミリアンの方も、トリスタンの英才教育受けてるだけあって、あの世代じゃ飛びぬけてんな。ありゃ、アーネストより強ええぞ。アーネストも周りに並ぶ存在がいねえから、けしかけてやりゃいい発奮材料になりそうだな。
息子を捜し、思わず眉を寄せる。なんとグラディスの元へと歩み寄っているところだった。
マクシミリアンと別れ、一人で椅子に休憩中のグラディスに、単身の突撃だ。
あいつも親父の葬儀の時には、グラディスに思うところがあったらしいしな。何事もなければいいんだが。
ヒヤヒヤしながら、感知能力最大限で遠目に見守っていたが、話はうまいこと収まった。あの姪は、攻撃的な見てくれに反して、意外と懐は大きいらしい。いや、だが、人は大分悪い。強い弟の存在を強調して、アーネストを煽ってやがる。……俺と同じことを考えてるようだ。
でも、やっぱり穏便には終われなかった。我が家の問題児の乱入だ。
ティルダのグラディスに対するライバル心は尋常じゃないからな。それを燃料に、あれだけ痩せたんだから、大した執着だ。プライドの高さと自分本位の性格は相変わらずだが。
ああ~、こりゃ、騒動必至。めんどくせ~。
そもそも役者が違うじゃねえか。なんだよあの余裕。ホントに13~14の小娘かよ。ティルダのやつ、おもしれえぐらい軽くあしらわれてやがる。まあ、隣にアーネストがいりゃ、うちのバカ娘が実力行使の暴走に出ても抑えてくれんだろう。
――と予想してたら、完全に読みが外れた。
なんだありゃ? ティルダが動くより先に、グラディスが防御に動いたか? 動きは一般人レベルなのに、危機察知能力が俺より高けえ。感知の早さはトリスタン並みかよ。マジか? 騎士でも魔術師でもないのに。しかもジュースがドレスに零れるように、きっちりコントロールしてやがる。えげつねえ。
ああ、まただっ。ティルダが魔術発動の兆候を見せる直前に、先に抑えに入った。どうなってんだ?
昔から、トリスタンは自覚のない預言者だと密かに思ってたが、どうやら娘もそうらしいな。しかも、こっちは自覚アリか? その上性格がスゲー悪りい。ティルダを完全に掌の上に乗せておちょくってやがる。
おい、ティルダ……我が娘ながら、なんともイタイな。それは逃げ出せたんじゃねえ。わざと逃がされたんだ。ああ、そんな勝ち誇った顔して……。マクシミリアンがそっち見てるじゃねえか。ほら、最高のタイミングで邪魔が入って終了だ。まさに天国から地獄だな。
思わずため息が出る。グラディスはトリスタンと同じく直感系だと思ってたのに、全部計算ずくじゃねえか。マジで怖ええ。あれをお姫様のように可愛がってるラングレー家の野郎どもはどうなってんだ。マトモじゃねえ。
そして、さっきから感じるこの既視感。昔、同じ光景を、学園で何度も見た。
手に負えない問題児たちへの荒療治。相手の性格も能力も行動パターンも、すべて読み切った上での策略。
一切戦闘能力を持たない身で、一筋縄でいかない連中を、軽々と翻弄した人がいた。
グラディスは、ただ意味もなくおちょくってたわけじゃねえ。自分の魔力の才能に思い上がってたティルダの自惚れを、完全に崩壊させた。意図的に。お前如きを下すのに、魔力も武力も必要ないとでも言うように。
同世代のただの女の子に手も足も出なかったとなりゃ、自分の自信の根拠がどれだけの砂上の楼閣だったか、さすがのティルダも思い知っただろう。ダイエットと並行して、これからは持てる武器を磨く修行にも身が入りそうだな。
それにしても、まったくとんでもない相手をライバル認定したもんだ。俺だって絶対戦いたくねえのに。
親父がグラディスを特別に愛した理由が、やっと分かった。なんだよ、あの人が俺の姪とか、なんの罰ゲームだよ。俺はトリスタンみたいに神経が荒縄ではできてねえんだよ。やっぱ、関わりたくねえ。
ああ、トリスタンはこれを直感して、グレイスとの結婚を急いだわけか。あの人の葬式の時、一人だけいつも通り涼しい顔してたもんな。この予感があったわけだな。スッキリとはしないが、納得はした。グレイスより恩師を選んだのを、責めはしねえ。もしかしたら俺でもそうする。
それよりアーネスト。間違っても惚れるなよ? 人生大変なことになるぞ。その人、父さんより年上だからな。じーさんの二の舞にはなるなよ? ――と言っても、もう遅いか……。イングラム家の男は、気の強い女が大好きだからなあ。間違ってうちに嫁にでも来られたら、どうしよう。俺の胃が持たねえよ。
去り際のグラディスと、不意に目が合った。俺がここで見てたことも、最初から承知ってわけか。そんな満面の笑みを投げ掛けられても、微妙な顔しか返せねえよ。
俺昔から、あんた苦手だったんだよ。キライじゃねえし尊敬もするけど、肚が読めなかった。下手したらトリスタンより、何考えてるのか分からねえ。本当に感情があるのか、疑ってすらいた。目の前の鬱陶しいくらいのハイテンションが全部演技だと言われても、おかしくねえと思ってた。なんでみんな見抜けなかったんだろう? 分かってたやつなんて、親父も含めて何人もいなかった。
でも、今のあんたは少し違うな。あんたみたいな超越した人でも、生きてりゃ色々とあるのかな。今はちゃんと、人間らしく見える。普通の人生をやり直すつもりなんだな。
親父もそれを願って、ずっと知らんぷりを続けてたんだろう。まあ、面倒くさいけど、それくらいならいくらでも協力してやるさ。巻き込まれるのにはもう慣れてる。
それに、これでも俺は、伯父さんだからな。




