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指導

 ティルダとの初対面の時には、興味もなくて気が付かなかった。教師生活30年の経験を持つ今なら、予言など頼らずとも、目の前のこの子のことが少し分かる。


 取り巻きを率いてお山のボス猿ができるのは、イングラム公爵家の血統と魔力の才能にのぼせ上って、自分の価値を勘違いしてるから。恵まれた環境に胡坐をかいて、子供の万能感で、自分の実力を見誤っている。


 さっきから、後ろの方に似たような女の子たちがはらはらしながら見守ってるんだよね。お兄ちゃんと私の和解シーンを見つけて、逆上したままこっちに突っ走ってきたから、取り巻きを置き去りにしちゃったんだね。女同士の戦いなら立派な戦力なのに、手放してきてどうする。まあ、私に通用するかどうかは別として。


 ホントに君はいろいろとダメだ。だから私とサシで向かい合うようなことになる。一人でかっとなって実力行使に出て、空回りする羽目になる。


 伸び切った鼻を、衆人環視の中でぽっきりと折ってやらないといけないね。魔力も騎士の力もない、君から見たらまったく無力な私に、まずは負けなさい。


「ちょっ、あんた何をっ……もごっ……」


 喚き立てようとして開いた大口に、すぐ横のテーブルに並ぶケーキを摘まんで、押し込んだ。人前ではさすがに吐き出せまい。これで少しの間静かになる。


「あらあら、こんな人前で女の子が大声なんて出してはしたないわ。イライラする時は、甘いものがいいのよ? ほら、落ち着いてきたでしょう?」

「ふざけんじゃなっ……もごっ……」


 バカなのか? 第二弾だ。今度はタルトを放り込む。水分少なめのやつを選ぶのがコツだ。


「まだ足りないようねえ? 次は何にしようかしら?」


 ニコニコとケーキスタンドに視線を落としながら、ティルダの手を取った。ぎゅっと握って、微笑みかける。


「あなたは何が食べたい?」


 逃がさないよ? と副音声が聞こえるように。


「……」


 さすがに多少の知恵はあるらしく、悔しそうに口を閉ざした。黙って反撃の手を考えてるね。で、また魔法に頼ることにしたね。

 隣にいて気付いたアーネストを、素早く目配せで制する。君もこんなはねっかえりの妹がいたら心の休まる暇がないだろうけど、心配しなくていいよ。やらせないから。


「っ!!?」


 ティルダが痛みに顔を歪める。傍で見ていても、何が起こってるかは分かりにくいだろうね。手の握り方を変えたんだけど。親指一本に。

 指一本を握るってのは、たいていの格闘技で禁止されてるんだよね。危険だから。ふふふ、ちょっと捻っただけで、痛くて集中できないでしょ。そして私の仕草はダンスを踊るように優雅! なに一人でもがいてんの? って状態だ。


「あら、どうしたのティルダさん? 気分でもお悪いのかしら?」


 あらあらうふふ、と笑いかけると、ティルダが我慢しきれずにまた口を開く。はい、第三弾。今度はスコーン。

 本当にバカだ。向こうからしたらホラーだろうな。スイーツでわんこそば状態。おお、なんか楽しそうだ。アーネストの顔が引きつってるけど。


 そろそろタイミングもいい頃だ。ちらりとよそ見をした私の隙を突いて、ティルダが指を引き抜くと素早く後ろに下がった。かと思ったら、すぐそばのパンチボウルを両手で掴み上げる。

 おいおい、どうしても私をびしょびしょにしたいらしいな。そこそこ重いはずなのにすごい根性。まあ、初志貫徹はいいことだね。


「よくも私にふざけた真似をしてくれたわね!? 許さないわよ!? これでも食らいなさい!!」


 おお、今度は最後まで言い切れたね。これぞカタルシスと言わんばかりに、勝ち誇った顔でボウルの中身を、勢いよく私にぶちまけてきた。


 でも、残念、時間切れ。私が意味もなく逃がしてやるわけないでしょ。


 いつの間にか私の前に立ちはだかってたマックスが、瞬時に防御魔法を発動して防いでいた。


「何やってんだよ?」


 マックスはティルダには見向きもしないで、呆れたように私に問いかける。グッドタイミング。ダンスが終わって、ちょうどこっちに来るとこだったからね。勝ちを確信したところでどん底に突き落とされたティルダが、呆然としてる。


「従姉妹と遊んでた」


 のほほんと答えて、マックスと腕を組んだ。


「これ、私の弟のマクシミリアンよ。ね、言ったとおりでしょ?」


 二人に向けて紹介した。アーネストには言葉の含みが分かっただろう。君より強いでしょ、と。先にマックスが動いたから、止めに入り損ねちゃったもんね。

 悔しそうなアーネストに気が付かずに、マックスが首を捻る。


「何の話だよ?」

「ふふ、弟を紹介してあげるって、言ってたの。アーネスト・イングラムと妹のティルダよ」

「ああ、イングラム公爵の……」


 葬儀の時に会ったクエンティンを思い出したみたい。うちの子たちと仲良くしてくれ的なこと言われた時、傍にいたもんね。


「全然仲良くできてねえじゃねえか」

「ええ~、楽しかったよ」

「お前だけだろ。可哀想に」


 むしろ攻撃してた側のティルダに、同情の目を向ける。


「グラディスと張り合うのは諦めたほうがいいぞ? 勝てないから」


 私は内心で吹き出した。おいおい、マックス、グッジョブ。親切で言ったつもりだろうけど、逆効果だぞ。イングラムの負けず嫌いに火が点いたからね。


「いいえ、私、絶対にあんたになんか、負けないわよ! 今に見てらっしゃい!!」


 案の定、ティルダは気を取り直して、宣戦布告してきた。私はくすくすと笑って答える。


「そもそも何か勝負をしてたかしら? まあ、あなたのお好きなように。行こうか、マックス」

「ああ」

「じゃあね。また遊びましょうね?」


 ひらひら~と手を振って、二人の前から立ち去った。うわ、タチわりい、とマックスが聞こえるように呟いた。うん、我ながらかなり悪質だったと思うね。ティルダのプライドずたずたにしてやったからね。

 さしあたり、悪役令嬢の面目躍如ってとこだ。


 私は少し遠くに視線を上げる。

 イングラム兄妹の父親クエンティンと、目が合った。ずっと離れた場所から、一部始終を眺めていた。昔から世話焼きのくせに、事なかれ主義な奴だったから、遠巻きに観察だけしてたのには、ずっと気付いてたんだ。


 笑いかけると、どうにも複雑そうな表情が返る。可愛い姪になんて顔してやがる。

 たしか、あれは学園時代によく見た顔だな。あれ? なんかバレてる? 


 まあ、止めに来なかったってことが、君の結論でしょ? 

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