日常
王都へ帰る5日間は、体力の回復に努めた。馬車移動なりに、規則正しい生活には気を付ける。
朝のうちにランニングを済ませ、しっかり食べて、退屈な馬車の中では、できる範囲での筋トレとストレッチ。そして休息。
目的があると、退屈な移動時間もそれなりに有意義に過ごせる。やっぱり私は、泳ぎ続けてないと窒息しちゃうサメなんだなあ。こんなに美少女なのに。
王都の屋敷に戻るまでには、そこそこ体調を元に戻すことができた。病み上がりみたいな姿で叔父様を心配させずにすんで一安心だ。
帰宅当日の晩餐は土産話で、双子ちゃんの可愛らしさを語り倒した。叔父様はにこにこと話に耳を傾けてくれる。きっと私が赤ちゃんだった頃とでも重ねてるんだろう。記憶をビデオ映像みたいに残せる人の回想なんて想像もつかないけど。
食後、仕事関係の荷物を私の部屋に運んでもらった。
「うわ、スゴイ量!!」
休暇の間に届けられた大量の服が、箱にギッシリ。次の夏に売り出す予定の『インパクト』の試作品。この試作品をモニターするのも大切なお仕事だ。
これは新作の雛形ができたらできるだけやってる、楽しみな仕事の一つ。自分が着たくてデザインした服を、プロが仕立てて、大量に届けてくれる。それを自宅で一人ファッションショーできるのだから、こんな楽しいこともないでしょ。
本当は外を出歩いて、周りの反応も見たいとこだけど、叔父様に止められてる。押し切ることはできるんだけど、叔父様を心配させるのは嫌だからしょうがない。特に夏物は。
早速下着だけになって、一押しから着てみた。就寝時間までに、何着いけるか。
ついにこの時がやってきましたよ! 両肩丸出しのアメリカンスリーブ! ここに来るまで長かった!
今の状況だったら、次の夏は絶対売れる自信がある。っていうか予言で分かるし。ついでにストラップレスかホルターネックのブラジャーもセットでお勧めする予定。
体のラインにピッタリなデザインは、一般的にはまだ時期尚早。来年に回す。今回のは高めの位置に切り替えたエンパイアラインで、ふんわりしたスカートのワンピースにしてみた。丈はすでに膝がチラ見え! ミニまでもう一息だ。
姿見の前で、じっくりと観察。くるっとターン。うん、どこから見ても素晴らしい! 可憐かつ、ちょいセクシー!
もうすぐ14歳だから、身長もほぼ大人に近付いている。私は同世代よりは長身だし、もう少し伸びそう。順調に育ったバストは、すでに前世超えのCカップ! もう一度言う、Cカップ!! しかもまだまだ未来があるぞ!! 華奢なスタイルも保ってるし、すでに余裕の7頭身! 一周目なら絶対モデルやってる。まさに計画どーり!! この容姿に関してだけはグレイスに感謝だ。
ああ、人に見せびらかしたいわ~。でももう夜だし、昼でもどうせ出れないから、せめて叔父様に見てもらおう。屋敷内の人なら感想も聞けるし。
叔父様は書斎で仕事してるはず。ちょっとだけお邪魔しよう。
ザラを含めて途中で会った使用人の反応は、年齢性別で割ときっぱり分かれた。
やっぱり若い女の子には好評。年齢が上がると批判的。男性陣は目の保養、或いは目のやり場に困るといったとこ。どこの世界でもその辺は似たようなもんなんだな。でも肩ぐらいで目のやり場に困ってたら、顔しか見れなくないか? まあ、そこはこれまで通り、少しずつ慣らしていけばいい。
叔父様の書斎のドアをノックして、返事も待たずにうきうきと開ける。
「叔父様、これ、どうですか?」
ペンを動かす手を止めて、叔父様が顔を上げる。私を見て驚いた後、優しく微笑んだ。
「次の夏物の新作だね。とてもよく似合うよ。少し肌を出し過ぎだとは思うけれどね」
机を離れて私の元に来てくれる。
「もうすっかり素敵なレディだね。さなぎが蝶になったと言いたいところだけど、君は生まれた時から蝶だったからなあ」
おお、叔父様から親バカ発言頂きました! でも同感です! 例えるなら、アゲハ蝶がモルフォ蝶になったとか? うん、よく分かんないや。
でもやっと大人サイズに近付いて、もう叔父様の前に立っても、子供には見えないはず。今なら一緒にダンスをしても絶対サマになる。
「嫁いで行ってしまう日も遠くないのかもしれないと思うと、とても寂しいね」
私を見下ろす目が少し陰る。そういえば、あと1年ちょっとで成人年齢になっちゃうんだよね。
でも今のとこ結婚とか考えられないよなあ。
「叔父様。私、結婚するか分かりませんよ」
「ふふ。だったら、ずっとここにいるといい。好きなことにだけ打ち込んで生きていくのも君らしい」
穏やかにいつでも私に同意してくれる。私の安全と肌の露出に関すること以外なら。
ああ、いっそ叔父様と結婚出来たらいいのになあ。絶対的な信頼と安心感と安らぎがあれば、もうそれでいい気がする。
っていうか、トータルほぼ90年の人生で初めて気が付いたけど、私って穏やかなインテリタイプが好みだったのか。意外だ。いや逆に、脳筋ばっかりの中で生きてきたから、正反対なものを求めちゃうんだろうか。私、頭脳労働担当にシフトチェンジしても、実質中身は体育会系のままだったしなあ。
もうこのままオールドミスで、叔父様と暮らしていく方向もアリかなんて思っちゃうわ。でも、叔父様にお嫁さんが来たらさすがに無理か。お嫁さんに悪い。
「叔父様。もし結婚したい人ができたら、私に遠慮しないでちゃんと連れてきてくださいね」
「……うん、そうだね。できたらね」
これ、全然その気なさそう。でも、これ以上は私が口出すことじゃないもんな。こんなに素敵なのにもったいない。
「それより、お見合いの申し込みは君の希望通り全部断っているけど、次の社交シーズンにはパーティーの招待状が大量に来ると思うよ? どうする?」
「私が出ても問題なさそうなものだけ、出席でお願いします」
「分かった」
いつも通りの丸投げに、叔父様が頷く。そして注文を付ける。
「できるだけ私かマクシミリアンから離れないようにね」
「……はい」
……ここにも心配性が一人。まあ、叔父様は親代わりだから仕方ない。それより叔父様的には、マックスならOKってこと? まあ、あっちは可愛い甥だからなあ。よそにお嫁に行かないって点では望ましいのかも。そしてトリスタンは数に入っていないと。叔父様って、そういうとこ全然トリスタン信用してないよなあ。まあ、それで正解。
「あと、半年以上先になるけど、今年の秋は建国600年祭で公爵家はいろいろ行事に呼ばれると思うから、そのつもりでね」
「はい」
建国600年祭? そんなものがあったのか。政局から離れて久しくて、ピンとこないな。まあ、黙って出席する程度でいいんだろう。成人前だし。なんかあってもマックスに押し付けとけばいいや。スケジュールだけしっかり確認しとかないと。
おっと、服を見せに来ただけで長居しすぎちゃった。
叔父様に挨拶して、書斎を出ると、慌ただしく部屋に戻った。
まだまだ着る服はいっぱいあるからね。