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トリスタン・ラングレー(教え子・父親)・1

 ラングレー公爵家の跡取りになるために、俺は生まれた。


 これは天職だ。ただ、魔物を排除するだけ。この道に関して、俺にできないことはない。

 魔法でも剣でも体術でも、やるだけ身に付いたし、なんならやってなくてもぶっつけで簡単にこなした。戦闘に関しては全てが思い通りだ。負けたこともないし、失敗も挫折もない。

 物心ついた頃にはすでに神童と呼ばれていた。


 そしてそれが俺の全て。ラングレー領に降りかかる脅威を、ただ物理的に取り除くだけの単純作業。それ以外のことは全部、それぞれできる奴にやらせればいい。幸い優秀な弟が二人もいるしな。頼りになるやつは、一族の中にいくらでもいる。


 俺にとってはどうでもいいことだが、俺は感情の起伏とか、情といったものが、人より大分薄いらしい。実際大抵のことをどうとも思わないし、逆に他の人間はどうしてあんなに感情が動くのか、不思議になる。


 そんなに大騒ぎしなければならないようなことが、この世にあるか?


 この世界の大半はどうでもいいことで、それよりいくらか面白いかつまらないか、好きか嫌いか。それだけだ。

 それが全てに思える俺は、やっぱり他の人とはずいぶん違うんだろう。母親が病気で死んだ時ですら、俺は動揺ができなかったからな。多分そういう人間なんだと受け止めるしかない。


 俺は俺の仕事をする代わり、それ以外には手を出さない。つまらないことも無駄なこともしたくない。

 だからと言って、面白いことも特にないんだが。

 魔物と戦っている時だけ、少し面白いかもしれない。だから、ひたすらそれだけに励み、成人前にはすでに父親の実力も超えていた。自分の仕事以外は、全部誰かに丸投げしてた。できる奴がやればいい。俺もそうする。


 そういう行動を貫いてきたおかげで、あれをやれこれをやれと、俺に言う人間はだんだんといなくなっていった。言われても聞く気がないし、周りもそれを学習したんだろう。

 

 無駄が嫌いな俺にとって、その最たるものがバルフォア学園だった。何が貴族の義務だ。脆弱な人間だけ行けばいい。すでに公爵レベルの強さの俺が、わざわざレベルの低い場所で、俺より弱い教師から何を学べというのか。俺の役割は戦うことだ。学問なら天才のジュリアスにやらせれば事足りる。俺の人生には必要ないものだ。


 渋々入学した学園に、その人はいた。


 大預言者だという教師。何で大預言者が先生なんてしてるんだ。多分人間国宝級の人なんじゃないか?


 やたらしつこく俺に勉強をさせようとする。俺に、そんな無駄を強要する奴なんて他にいない。しかもバイタリティが異常で、他のやつらみたいに絶対に諦めない。

 とにかく面倒臭い人だった。


 初めて授業から逃げた時、なぜか逃げた先で待ち構えていた先生に、いきなりゲームを持ちかけられた。


 鬼ごっこだ。


 制限時間は放課後の1時間。俺は自由に逃げる。もし先生に捕まったら、翌日は大人しく授業を受ける。逃げきることができれば翌日は授業免除。

 そんな子供の遊び、やったことがない。物心つく前から、当たり前に魔物は追いかけていたが。

 だがそんな簡単なことで堂々とサボれるなら願ったりだ。してやったりで安請け合いした。


 結論として、それは間違った判断だった。


 俺はよく化け物だと言われていたが、先生こそが化け物だ。

 どこに逃げても捕まる。騎士の運動能力と、絶対の自信を持つ索敵能力、決して外さない勘、俺の持てる力の全てを駆使した。

 逃げ方を変え、逃走経路を変え、潜伏場所を予想もできないような場所にしたり、強そうだった上級生のクエンティン・イングラムに拝み倒して替え玉をしてもらったり、学内最大勢力のドンであるヒュー・ハンターに頼み込んで一族を動員させた人海戦術で攪乱したり――とにかく工夫の限りを凝らしたが、何をやっても捕まった。


 学内での賭けの倍率は、俺の勝ちが常に20倍を超えていた。まさか勝負事で、俺が期待されない日が来るとは。


 この俺が、どうしても勝てない。――面白くなっていた。


 この鬼ごっこは3年の間にどんどんエスカレートしていく。学園の敷地内全てを戦場に、生徒の多くを巻き込んでいった。先生の悪ノリは俺以上で、そのうち学内にブービートラップを仕掛けだすまでになった。


 どうやったらあの教師に勝てるのか。

 考えられるだけ考えたし、使えるものは何でも使った。

 6歳で大学入学のため、王都住まいになった天才の弟にも相談した。

 俺の強力な武器の一つ、勘と反射神経でトラップをよけても、よけた先で別のトラップが発動する。当然それをよけると、さらにその先で次の罠が待ち受ける。その応酬を最大16連発やった末に結局罠に捕まったんだけど、どうすればいい?

 その問いに対して、そんな天文学的な確率、計算では対処できないと、ジュリアスに呆れられた。


 結局俺の学園生活は、先生との鬼ごっこに一度も勝つことなく終わった。終わってみれば、無駄だと思っていたこの学園で、いくつかのものが手に入っていた。

 領地では常に追う側だった俺が、逃げる側の視点を知り、低レベルながらもそれなりの知識や教養を持ち、クエンティンやヒューのような生涯の友人を得た。


 先生が俺にやらせたかったのは勉強ではなく、工夫して考えること、そして多くの経験とコミュケーションを持つことだったんだろうと、あとでジュリアスに言われた。


 公爵になったときに、俺にとってそれがどれだけ重要なものであったのかを思い知ることになる。

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