父親
もし神なる者がいるなら、こんなまだるっこしいことしてないで、さっさと預言で敵の正体とか、これからの敵対行動の内容でも教えてくれればいいのに。
でも、それは難しいみたい。
この件に関して私の予言が働かないのは、長年渡り合ってきた結果の一つらしい。
果てしなく続いてきた駆け引きの応酬の中で、ある意味隠蔽工作が極限まで達した。それは相互のもので、私が読めないように、相手にも読めない。
私は敵方に、大預言者であることを把握されていることを恐れていた。けど、向こうも決定的に探る手段がないなら、多分まだそれはない。
ちょっとお転婆の過ぎる行動はあったとしても、大預言者に繋がるようなことはしてないはずだから。
霊水ぶっかけたやつはちょっと際どいとこだけど、キアランが言った通り、あんな大混乱の人混みの中じゃ、最初から私に注目でもしてない限り、目撃できるはずがない。
敵の索敵能力を、予言の使えない私と同等レベルくらいまでは、下方修正してもいいのかな。
今までの魔物襲撃事件の際に、お互い何らかの遭遇なり接触があったとしても、読めないのは向こうも同じと思うと、少しだけほっとする。
つまり、隠された敵陣の重要な駒を、どちらが先に探り当てるかで、この先の戦い方が変わる。
そうすると、アリの魔物召喚事件は、有力者が集まる場所で揺さぶりをかけて、大預言者がいないか燻り
出すための意図もあったのかもしれない。
私あの時おかしなことしてないよなあ?
端から見てたらただ立ち止まってただけのはず。それはエイダも言ってくれてるし。
注目は全部トリスタンに持ってかれてたし、多分大丈夫だよね!?
逆に言えば、こっちがすべきことはやっぱり、魔法陣の召喚儀式をやってる実行犯の探索ってことか。それは駒の指し手本人になるのか? それとも魔物を使うみたいに、現地戦闘員的な人間を駒として操ってるのかな?
そいつを突き止めれば、問題は一気に解決になるんだろうか。
でもこの戦いって、完全な勝利も敗北もないんだよね。それはもう大前提。
だって人の側からすれば、あくまでも防衛戦だもん。なんかおかしなものがこっちの世界に出てくるのを防ぐための戦い。
だから、できる限り敵に甚大な被害を与えて、次の全面衝突までの期間を少しでも長くすることしかできない。相手が諦めるまで。
読み漁ってきた歴史書によれば、定期的に歴史的天災とか大事件が起こる地域がいくつかあるんだよなあ。世界中の重要地点で、同様のことが起こってるのかもしれない。そしてその土地土地に、私のような大預言者に当たる存在が配置されて、そして私はこの地域担当と。
すると、ある意味局地戦の一つともいえるこの地域での衝突は、大体300年周期で落ち着いてきている。
一体どいつだか知らないけど、とんでもない因縁を背負わせてくれたもんだ。ちくしょう。
推測も大分混ざるけど、何日も寝込まされただけの収穫はあったと思うべきなのかな。
ああ、でも腹が立つ。チート能力使って人生目いっぱい楽しんでやらなきゃ、元が取れないじゃないか。
ああ、趣味の仕事ですでに実践してるか。よし、この先も頑張ろう。まずはベビー服だ。
暇を持て余しながら、ベッドでゴロゴロしてたら、トリスタンがお見舞いに来た。
「調子はどうだい、グラディス?」
「明日くらいにはなんとかなるかな。早くロレインとクリス抱っこしたい」
産まれてからすでに4日、何回か顔を見せに連れてきてもらっただけだ。ろくに触れ合えてない。
ぶーたれる私を見て、トリスタンがおかしそうに笑った。
「何だか、君も生まれたてみたいだね」
相変わらず鋭いことを言う。ある意味そう。未完成だけど本物の預言者になったから。
あの何者かの『預言』を受け取れる素質を持つ者が、この国では『預言者』と呼ばれる。混同されているけど、ありがたがられている日常の『予言』とか勘の鋭さは、ただの副産物。そしてこの副産物の精度が桁違いなのが『大預言者』。
でも本質的に重要なのは、役割を果たすために必要な『預言』の方。
それを受け取って、私は本当の意味での預言者の道に、一歩を踏み出した。
前から薄々思ってはいたけど、トリスタンって絶対預言者だよな。持ってる魔力が桁違いだから誰も疑いすらしなかったんだろうけど、正式に検査すれば必ず該当するはず。
まあ、こいつが規格外なのは昔から分かってたことだしね。今更驚きもない。
「ねえ?」
「ん?」
「あと何年かのうちに、この国、とんでもないことになるかもよ」
父親に対してか、同類に対してか、自分でもよく分からないままに話しかける。
「そうだね。でも、君と一緒なら、きっと面白いよ」
にっこりと断言する。ほら、やっぱり確信してる。全部が自分の世界で完結してるというか。
「面白いですめばいいけど。大変な目に遭うんじゃない?」
「だったら余計面白いだろう?」
ああそうだ。こいつは昔から、トラブルが大きいほど喜ぶやつだった。
トリスタンはベッドの脇に腰を下ろして、少し機嫌の悪い私の頬に手を伸ばした。
「珍しく弱気だね。生まれたてだからかな?」
相変わらず悩みなんて何もないような顔で、でも、珍しいくらい真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
「君は君らしくしてるのが一番だよ。いつでも自信満々で、後先考えず全力で楽しいことに突き進んでいけばいい。他のことなんて構わずにね。大丈夫。周りの人たちは、君に振り回されながら必死に君を支えるから。もちろん俺もね」
この世で一番予想外な人間からのアドバイスに、思わず目を見開く。
「本当のお父さんみたい!」
「本当のお父さんだよ」
いや、そうなんだけど。なんかいつまでたっても私の中では、問題児だったのに。
時の流れをすごく感じる。あのトリスタンですら成長するのか。感動だ。常識はなくとも。
私の頬に触れていた手をおでこに移して、熱を測る。
「まだ熱があるね。もう行くから、ゆっくりと休むんだよ」
トリスタンが立ち上がって、私を見下ろした。
「君には感謝している。前も、今も」
記憶に残る限り、初めて見たと言ってもいい、父親らしい表情。
私はきっと、この人の子供に生まれるべくして生まれたのだと、何となく確信した。