歴史の欠片
目を覚ました時、丸1日経ってた。
意識のない私を抱えたマックスが、城に戻った直後は、けっこうな騒ぎになったらしい。
何しろ少なくない数の酔っ払いがいた上、普段の抑え役のイーニッドが出産後でいなかった。
ほぼ裸で昏睡してる私を腕にしたマックスは、酔っ払いやおばちゃんたちからあらぬ疑いまでかけられて、大変難儀したそうな。本当に申し訳ない。
意識を取り戻してから、彼の冤罪はきっちり晴らしましたとも。
で、それから4日、まだ熱は下がらない。年に1か月も使ってなくとも、一応城内には私の私室がちゃんとあって、その寝室でただ無為に横たわっている。とにかく暇でしょうがない。
せっかく旅先での貴重な時間を、ベッドの上で浪費とか最悪だ。日課のエクササイズその他もできなくて、何とも気が急く。ルーチンをやらないと、ストレスたまるんだよな。
ああ、滞在期間だって限られてるのに!! 双子ちゃんを愛でる日数がどんどん減っていく。
名前は、ロレインとクリストファーと名付けられた。お姉ちゃんはまだ一度も抱っこしてない!
ずっと側にいられるマックスとますます差が付けられるじゃないか、くそ~!!
寝込んではいても、とりあえず思考力だけはクリアになってきた。他にやることもないし、この強制休憩を利用して現状を考えてみよう。
単に温泉に入っていただけの私の身に、何が起こったか。
ズバリ、『預言』を受けた。
いや、どちらかといえばあれは、強制的に送り付けられたようなもんだな。いつもの、先の展開が読める『予言』ではなく、『預言』。
多分、私に課せられた役割を果たすための鍵のようなもの。
メサイア林の湧水で精神統一したら、神経と能力が研ぎ澄まされるような現象が、遥かに高いレベルで起こった。
あの温泉には今まで何度も入ってたのに、なんで今回?
多分、私の体がある程度成長したからかな。
何より、『その時』が迫っているからなんだろう。私はこの『預言』に従って、いつか来るべき事態に立ち向かうことを強制されている。
ああ、ホントに泥沼にどっぷり両足浸からされてる気分だ。
しかもその情報量が多すぎる。健康自慢の私が、負荷に耐えられずこのザマだ。
更に恐ろしいことにこれ、現時点でギリギリ受け入れられるだけの量みたい。容量限界までダウンロードされた感じ。脳と体に馴染んだら、多分この次がありそう。この分量でも慣らしってことだよな。久し振りに相当きつかった。
大預言者が五大公爵家から出るって流れは多分このせいなんだろうね。特別な力を持った血筋だから、何とか受け入れられた。ザカライアの時じゃ、多分無理だった。ラングレーとイングラムの超強力血統でも、未成熟な13歳の身体が悲鳴を上げているんだから。
脳みそに無理やり押し込まれた内容はとんでもなく圧縮されてる感じで、今の私では解凍不可能。こんな知恵熱出してるような状態じゃ、あと何年かかかるだろうな。せっかくいろいろな疑問が解けそうなのに、当分有効活用はできない。
それでも、分かったことはいくつかある。高密度の情報の塊から、わずかに漏れ出て感じ取れるイメージのようなもの。
私にこの情報を送り付けた存在を、今は感じる。
普段閃く予言は、自分に備わった能力という感じだけど、これは確実に外部からのもの。『何者か』との繋がりが明確にある。
その存在こそが、きっと私を大預言者たらしめる大本の原因、あるいは元凶、ってことなんだろう。それはつまり、私が転生し続ける理由に繋がるもの。
私がどんなに、力を持たない普通の女の子として生きていこうと思っても、大預言者の運命は私を捕まえて離さない。
だから私は、覚悟が必要なんだろうな。
前にエイダに宣言した通り、この国の大預言者という立場から逃げ出すことはできる。最悪バレたとしても、最強のトリスタンに頼めば脱出するくらいどうとでもなる。自由に生きていくこと自体は、そう難しいものでもないんだ。大切なものをいくつか捨てれば。
ただその前に、果たすべき役割があるらしい。めんどくさいし、関わらずに済むものなら全力で逃げたいところだけど……まあ、逃げられないんだろうな。
そういう運命。
預言者の力とか転生とか、ガッツリ私に組み込まれて翻弄し倒してくれてるやつ全部含めて。
とっとと果たしてお役御免を目指す方が、よっぽど建設的だと割り切ろう。もの凄く面倒だけど。
もともと私は夏休みの宿題とかも、ほぼ最初の2日間で終わらせて、あとは自由に過ごすタイプだった。なんなら日記とかもイメージ映像でお送りした。だからいろいろ誤答だらけのやっつけだったけど。後回しとか、性に合わない。借金抱えてるみたいでいやなんだよ。
もうなんでもいいから、とっととかかってこいだ! できることなら、全てが片付いた後も、元の生活に戻れればいいんだけど。
ともかく、今回の『預言』のおかげで、いくらかのイメージが掴めた。
今起こりつつあること。根本の原因。この世界で、史実も残らないほど遥かな昔から続く対立。
物語風に言うなら、神対悪魔とか、光対闇とか、地球防衛軍対エイリアンとかになるとこだね……まあ、有史以前から複数の勢力があれば対立が起こるのは当たり前で、ここの世界では、人と魔物の綱引きが、気の遠くなる時間続いている。
それはこの国にとっては、ごく当たり前の日常。魔物とはいつだって戦ってる。五大公爵家なんて、対魔物戦力の最たるものだし。
ただしそれは目に見える部分での話。
私たちは、目に見えない何かに役割を持たされている。
まるで人間将棋の駒のように。二人の指し手が、数百年のスパンで、数千手先、数万手先まで読み合いながら布石を置いているかの如く。
私を翻弄する指し手が誰なのか分からないように、魔物を駒に使う指し手が何者なのかも分からない。ただきっと、あの瘴気が噴き出してくる先の世界の何者かなんだと思う。
この戦いの本質は、その何者かがこの世界に侵入してくることを防ぐための攻防ということかな?
つまりは人類対異世界の侵略者パターンってこと? すると魔物は戦隊もので言うところの、怪人とかモブ戦闘員扱い? あのアリ魔物はさしずめ、番組後半の巨大怪獣みたいだな。すぐ倒されたし。
ああ、ちょっとしたさわりですらこれだけの情報量とか。頭が混乱して、また熱が上がりそう。いきなり壮大な感じになってきたぞ。私ただのアパレル社長なんですけど。人類の存亡的なもの背負わされてない?
この預言の押し売りを仕掛けてる相手って、やっぱり神とか創造主的なものなのかなあ……。はあ。