急変
感動の対面も終わり、イーニッドを休ませるため、みんな引き上げた。
明日は早速恒例、一族挙げての大宴会。イーニッド抜きでちゃんと準備できるのか。気の早い連中はすでに、食堂で勝手に祝宴を始めている。
私はやることもないし、食事後、ラングレーでのお楽しみの露天風呂に向かう。雪はまだだけど吐く息が白いほどには寒い夜道を、マックスと並んで歩く。
「ちょっと気になったんだけど」
一段落付いて、二人きりになってからマックスが疑問を呈した。
「義父さんなら謎の直感力で、双子だって察知してそうなもんじゃねえ?」
どうにも腑に落ちなそうに言う。どんな離れた場所の魔物でも感知するトリスタンが、お腹の中に何人いるか、分からないものだろうかと。
「分かってたと思うよ?」
思わず苦笑いする。預言者の力を隠してなければ、私が忠告してあげたかった。せめてもう少し時間的余裕があれば、トリスタンを通じて、助産師たちに双子だと伝えられたんだけどね。マックスが指摘したように、トリスタンが言えば、みんななんか納得するはずだから。でも城に入るなりもう始まってて、無理だった。あの土壇場でどさくさに言った忠告は、みんなトリスタン経由での情報だと思ってる。
「じゃあ、なんで黙ってたんだよ?」
「言うほど大したことじゃないと思ってたんでしょ。一人だろーが二人だろーが」
「……」
絶句するマックスに、私は至極真面目な顔を向けた。
「双子の出産が危険だとか、胎児に魔法は御法度だとか、そういう常識、多分あの人にはないからね。私がいない時は、あんたがしっかり双子を守ってよ!」
「お、おう……」
頼りになる弟に、ガッチリと責任を負わせる。興味のないことに対する常識がトリスタンからスッポリ抜け落ちてるのは、教師時代にいやというほど知っている。他人だった時は笑いごとだったけど、身内だとなかなかにハードだな。
徒歩5分足らずで裏の露天風呂に到着する。
「私ゆっくりしてくから、出たら先に戻っていいよ」
「夜道はお前が思ってるより危ねえからな。待ってるよ」
「せっかく温まっても、冷えちゃうでしょ」
「そんなヤワじゃねーよ」
マックスが譲らないから、本人に任せて、それぞれの脱衣所に別れた。
脱衣所は、外ほどじゃないけどやっぱり寒い。靴を脱いで上がった板の間の冷たさに、昔やった寒稽古を想い出す。つまり気合入れれば大したことねー! と、コートも服も下着も一気に脱ぎ捨て、まず仕切られた浴場に入った。
あ~、こっちはあったか~!
湯煙の中、体を洗ってから、すぐに浴室を出て露天風呂へ直行。冷気が肌を刺すけど、この寒いとこからの温泉がたまらんのだよ。体には良くなさそうだけど。
例によって貸し切り状態の湯に、足先からゆっくり浸かった。
「はあ~」
浅い場所で寝そべって夜空を見上げる。
今日は泳ぐ気力がわかない。結構な強行軍で、けっこう疲れが溜まってるらしいな。今回ははしゃぐのはやめて、のんびり癒すことにしよう。
ずっと忙しくしてたから、こんなに落ち着くのは久しぶりかもしれない。
10歳で記憶が覚醒してから、3年以上になる。早いのか、長いのか、よく分からんなあ。
どの人生でも、サメのように泳ぎ続けちゃうのは、性分だからしょうがないんだろうけど、まだ大人手前の体で体力的な無理がきかない。体調管理は大事だからね。
学園入学の時期もだんだん迫ってきてるし、仕事に専念できる時間はそう長くないのになあ。それまでに、やっぱりベビー服ブランドは何とかしよう。
あの天使たちに着せたい服のイメージが、さっきから津波のように脳内に押し寄せてきてるんだよ。あ~、お風呂から出たら早速デザインに取り掛かろう。
リラックスしながらいろいろ考えていたら、ついうつらうつらしてきてしまった。
「ごぼっ……っぶはっ……!!? げほっ、ごほっ」
おおう、危ない! うっかり寝かけた。っていうか、溺れかけた。お湯飲んじゃったよ。いつもより早いけど、そろそろ上がろう。
「おい、大丈夫か!?」
溺れた気配を察知したマックスの声が、柵の向こうから聞こえた。
「うん、大丈夫、もう出る!」
答えて、立ち上がった。
「っ!!?」
その瞬間、どくんと、激しい鼓動を感じた。
似た感覚に覚えがある。メサイア林の湧水で、禊をしたときに近い。それも、比べ物にならないほどに強烈な。
考えてみれば、ラングレー領はカッサンドラ山のお膝元。この温泉が、いつもの湧水と同質のものでもおかしくない。っていうか、なんで気付かなかったのか。
さっき無になった状態で飲んじゃったせいで、瞑想的に作用したのかもしれない。
ああ、明らかにいつもと違う! 予言が降ってくる感覚とも違う。頭がぐらぐらして、立ってるのもおぼつかない。なんか、ヤバい! 脳が沸騰しそう!?
ちょっと、待って待って! 全裸で湯船に浮いてるとこを発見されるとか、マジで勘弁だから! この世界で湯煙サスペンスとか求めてないし!
フラフラしながら湯船を上がり、必死で脱衣所に足を進めた。
ああ、ヤバイヤバい!! もう無理、平衡感覚がない!! 立ってられない!!
最後の力を振り絞って、なんとかタオルを体に巻いた。一安心して前のめりに倒れ込む。いや、全然安心ではないんだけど。
ああ、外では何が起こるか分からない。ツーマンセルを基本行動として、その身に叩き込んでるマックスが正しかったと認めるしかないな。
「……マックス!」
ひんやりした床の気持ちよさを感じながら、声を振り絞る。
「開けるぞ、グラディス!」
すぐに異変を察知したマックスが飛び込んできた。床に倒れてる私をすぐに発見する。
「おい、どうしたんだよ!?」
「……のぼせた……かな?」
ぐったりしたまま、答える。厳密には違うんだろうけど、頭の中が、お湯の熱ではなく、情報の奔流でぐるぐるしてる。
圧縮された情報の塊が、脳で処理しきれずに、爆発しそう。意識が朦朧とする。
「ずぶ濡れで置いてったら凍えちまうから、このまま連れてくぞ!」
普段から危機的状況の訓練は実地で積んでるだけあって、マックスの判断は早い。女性の手助けを呼びに往復する時間、一人で残されるくらいなら、私もその選択を支持する。
マックスは手早く上着を脱いで、私のコートと二枚使って、私の体を包んだ。
無駄のない動きで私を横抱きにして、外に飛び出す。
さすがの身のこなしで、人一人軽々と抱えたまま、来た道を走り出した。
寒さを全然感じない。魔法で何かサポートしてくれてるな、これは。ホントに気が利く。
「……これ、ご褒美の前渡しになる?」
心配させないように冗談を言ってみる。
「これは、必要経費だろ」
発言はとぼけてるけど、顔が赤かった。視線も合わさない。
思春期の少年に申し訳ないね。役得とでも思ってくれれば幸いだ。
あとは任せていいか。もう、考える余裕もない。負荷が強すぎるせいか、激しい頭痛で頭が割れそう。
頭の中の情報は、密度が高すぎて、何も読解ができない。何かイメージらしきものが微かに漏れるだけ。
薄れていく意識の中で、ただ一つだけ分かる。いつもの予言のインスピレーションじゃない。
――これは、私がこの世界に生まれてから、初めて受ける『預言』。