おねだり
13歳の誕生日の1か月後、今日は、珍しくノアがうちに訪れていた。
「わざわざ時間取ってもらってごめんね。ちょっと相談したいことがあって。あと、ちょっと遅れちゃったけど誕生日おめでとう」
玄関で出迎えるなり、大きな花束を渡して来た。
「ありがとう。うちに来るのは初めてだね。歓迎するよ」
「あ、これ、今王都で話題のお菓子なんだ。変わってるからお土産に」
「じゃあ、早速。ザラ、お願い」
「畏まりました」
もらった花束とお土産をザラが受け取り、その場を離れていく。私はノアを連れて、外の東屋に案内した。初夏のいい陽気で、応接室より断然気持ちがいい。
「で、相談って?」
早速本題に入る。
「相談というよりは、お願いなんだけど……」
いつも以上に、むしろわざとらしいくらいにこにこしながら言った。
「アイヴァンのネックレス、来月までに手に入れたいんだ。何とかならないかな?」
「……」
アイヴァンは私の彫金師としての別名。身内以外で知ってるのは、サロメだけのはず。澄ました笑顔の友人をじいっと見つめる。
「どこで知ったの?」
「ああ、心配しないで。ジュリアス様の隠蔽工作は完璧だから。マダム・サロメ関連の情報は、僕でも突き止めるのに1年近くかかっちゃったもん。もちろん口外はしてないよ。でも、『インパクト』関連では活動的すぎるから、もっと自粛することをお勧めする。たまに町娘風の君を、外で見かけるから」
思わずため息をつく。そういえばこいつの趣味は、お忍びでの街歩きだったな。わざわざ変装してまで。坊ちゃんらしからぬ情報網とか、いろいろ持ってるのか。アイザック情報じゃなくて自力調査とか……。アイザックより食えないかもしれない。
「ごめんね。ルール違反なのは承知なんだけど、注文したやつが手元に届くの3年先になるから」
少し困ったような顔で謝ってくる。悪気がないのは分かるけど。
「理由を聞かせて?」
別に友人に都合つけるくらいは構わない。この1年は凄く忙しくてアクセ創りの方はペースを落としてるけど、理由次第では頑張ってみてもいい。
「先日、僕のおばあ様が亡くなったんだ」
「えっ!!?」
思わず、想定以上の大声で訊き返しちゃったから、逆にノアがびっくりしてる。
だって、おばあ様って、アイザックの嫁のドリスだよねえ? 2年後輩の。私はなんか敬遠されてたからあんまり付き合いなかったけど、知らない仲じゃない。お悔やみも言ってないっての。まあ、言いに行けるわけでもないんだけど。
「それは、ご愁傷さまで……。アイ……おじい様や、お母様は……?」
つい心配になって訊かずにはいられない。アイザックのとこは長女のアディが恋愛結婚で嫁いじゃったから、次女のエルマが婿取ったんだよね。
「まあ、ずっと長患いしてて覚悟はしてたから、おじい様は大丈夫だけど、母様はやっぱり随分気落ちしちゃってね。身内だけの葬儀をひっそりやって以来、閉じ籠り気味で……だから、母様が前から欲しがってたアイヴァンのアクセサリーを来月の誕生日に贈れたらと思って」
つまり、エルマを元気づけるためということか。まあ、私としては親戚のおばちゃん感覚で可愛がった子のためなら、断る理由もないね。
ああ、それにしてもギディオンに続いてドリスも逝ったのか。同世代がどんどん旅立ってくのは何とも切ないね。まあ、その先陣切ったのがコーネリアスと私だったんだけど。この寂しさを味わわせてたとなると、申し訳ない気持ちにはなってくる。
「いいよ。来月までに用意する」
ちゃんとエルマのイメージで好み通りのやつをね。ノアが目に見えてほっとした。
「ありがとう。埋め合わせはちゃんとするから」
「埋め合わせ?」
「君の周りの面倒ごと、お忙しいジュリアス様の手の回らないとこ、片付けとくね」
にっこりと感謝の気持ちを伝えられる。
でも、晴れやかな表情とは裏腹に、何やら黒いものを感じるぞ。ジュリアス叔父様は正統派だから、手が回らないとこがあったとしたらそれは……うん、深く考えるのはやめよう。ノアもヘマをするタイプじゃないだろう。あまり危険な橋は渡らないでほしいとこだけど。
「私の周り、そんなに面倒ごと増えてる感じ?」
基本、関心のないとこは全部叔父様任せだから、あんまり実感がない。ノアはやれやれといった顔をする。
「最近お見合いの申し込みとか、増えてるでしょ」
「そうらしいね。叔父様に全部断ってもらってるけど」
「君、前に自分でも言ってたじゃない。素を隠してたら、大人に気に入られるって。ギディオン様の葬儀で、君やらかしちゃってたよ。騒いでも目立つし、大人しくしてても目立つんだから、どうしようもないよね」
「おじい様の葬儀で元気なわけないでしょ」
「今まで君のお母様に輪をかけた悪評だったのに、ジュリアス様に支えられて儚げに守られてるもんだから、ギャップ凄かったよ。おまけに別れ際、僕たちに向けた笑顔でトドメ刺されたやつが続出してたね」
呆れたように言う。
おお、ギャップ萌えをやっちまってたわけか。スゲーぞ、美少女効果。更には、雨の中捨てられた子犬を助ける不良現象を再現していたと。けど、そんなの私のせいじゃないっての。いちいち気にしてたら、雁字搦めで何もできない。
「正直知ったことじゃないよ。今は、もう完全に叔父様に門前払いしてもらってるから、私の日常生活何も変わらないし」
「正面から交渉して、断られたらきっぱり諦めてくれる相手ばかりじゃないからね。なにしろ見てた人間が貴賤問わず多いから、それ以外でもいろいろある。『インパクト』の方でも探り入れたり、出る杭を打とうとしてる勢力あるし」
「まあ、叔父様にばかり負担かけるのはちょっと心苦しかったから、ノアが協力してくれるなら、十分な埋め合わせになるかな。叔父様にあんまり後ろ暗そうな事とかしてほしくないし」
「僕なら構わないと」
「適性の問題だね」
ふふふふふ。
お互いににっこりと、多分に含みのある笑みを交わし合う。将来的に、ヤバい感じの仕事の必要性が生じた場合、ノアに頼むことになりそうだな。今のとこ内密の活動を頼めそうなのがエイダとロクサンナくらいだから、手近な増員は悪くない。
「ところで、その服って、『インパクト』の新作?」
話が一段落付いたところで、ノアが私が着てる服に話題を転換する。
「やっと、突っ込んでくれたね。まだ試作品。次に流行らす予定だけど、どう?」
「まあ、流行るんじゃない? っていうか、そういう流れに君が持って行ってるとこでしょ?」
全身を眺めて、ノアが複雑そうに笑う。
6歳から流れを作り続けて早7年。満を持してのオフショルダー投入だ! デコルテから肩まで丸出しのワンピース。バストも順調に成長中、体型もますます女の子らしくなってきて、我ながら似合ってると思う。
「まず『インパクト』で大量に実績作って世間で当たり前にしてから、マダム・サロメで上流階級に持ってくの。この1年で、そういうパターンを作ってきたからね」
計画どーり!!! と言いたいとこだけど、少し腑に落ちない部分がないわけでもない。
「なんか、叔父様がね~、売るのはいいけど、私には着ちゃダメっていうんだよね~。私に凄く甘いのに、服装だけは保守的というか……自分で着たいから作ってるのに、意味がないじゃない?」
「僕もジュリアス様に賛成。君がその恰好で外をフラフラ出歩くのは、色々と誤解とトラブルを起こすと思う」
「それを回避できないほど、私がどん臭いとでも?」
「身内の心配をするってのは、そういう問題じゃないでしょ。君を知ってる人間でなかったら、確実に誘惑されてると思うとこだ。余計なトラブルなんて、招かないに越したことはないよ」
これは友達としての忠告だから、と、口調は軽いけど、意外と真面目な口振りで言われた。
う~ん。私の周りは、しっかり者が多過ぎる。13歳に、こんな母親みたいに親身な忠告をされてしまうとは。
「一人の時は着ない、ってとこが、妥協点かな」
一応は譲った私に、ノアは苦笑して肩をすくめた。
そこにちょうど、お茶の準備をしたザラがやってきた。
「ん?」
出てきた珍しいお菓子とやらは、どう見てもシュークリームとバームクーヘンだった。
珍しいというか……いや、この世界では、確かに初めて見るけど。
つまり、そういうことですか?