不安
社交シーズンの終了とともに、トリスタンたちはさっさと領地へと帰り、またいつもの日常へと戻ってしばらく。
ラングレー領のイーニッドお義母様から、懐妊の知らせが届いた。ギディオンに私の弟に生まれてこいなんて言った直後のグッドタイミングだけど、ぶっちゃけ魂がどうとか、生まれ変わりとか、そんなのはどうでもいい。ちゃんと目の前のまっさらな赤ちゃんを可愛がるだけだ。
私に弟か妹が生まれる!!
何だろう、この途轍もない嬉しさは。一周目は末っ子だったし、二周目は天涯孤独の身だった。三周目の今は、いまいち家族感の薄いトリスタンしかいない。叔父様は愛してくれるけど、あくまで叔父様だ。濃い血の繋がりというものに、けっこうな憧れと執着があったのかもしれない。
私はお姉ちゃんになるのだ!
今から楽しみでしょうがない。生活圏は違っても、全力で可愛がりたい。義弟のマックスは私よりしっかりしてる勢いだし、赤ちゃんとラングレー城で一緒に生活するはずのあいつに、上の子として差を付けられるわけにはいかない!
ここはトリスタン方式で行くか!? 滅多に会えない替わり、会ったらめっちゃ甘やかす。躾はイーニッドがしっかりするだろうから、100パー飴役だ! 別居のおばあちゃん張りのお菓子とプレゼント攻勢を仕掛けて、懐かれたい!!
ああ、何なら今からベビー服メーカーを立ち上げようか。半年もあれば、なんとかならないか?
吉報にしばらくの間浮かれた日々が続いていた私だけど、その気分に水を差す時期が来た。
問題の夏至の到来だ。
今年は、王都で厳重な警備態勢が敷かれた。そりゃ、どこから魔物が湧き出してくるか分からないんだから、当然だ。
有力貴族にも協力を要請して、各領地から戦力を呼び寄せている。ラングレーからも何人か騎士の応援を出してるらしい。
魔術師も王都中に配備して、いち早い魔物出現場所の察知に努め、戦闘員を送り込むことになる。これ、犯人が捕まらない限り、毎年恒例にするしかないよな。根本の原因が断てなきゃ、対症療法してくしかないもん。犠牲者を出さないためには。
その間、一般人の不要不急の外出は制限されて、特に子供は家に留まるよう通達されてる。私も今日明日と家に引きこもる予定。
去年はキアランたちとのんきに第一の犯行現場まで出向いていたんだから、随分大事になったもんだ。
でも13歳を迎えた今年は、正直暇だった。この件に関してはできることがない。予言が働かなかったら、魔力0のただの子供だし。
職場にも行けないから、その日一日は家で大人しく仕事をして過ごした。
結果は翌日。朝食を済ませた後で、叔父様の書斎に呼び出されて聞かされた。大まかな事実は新聞から、その補足情報を叔父様の口から直接聞く。
第一、第二の現場からは、やっぱり去年同様、それも前年を上回る数とレベルの魔物が生成されたとのこと。ただし万全の態勢で迎え撃った騎士団に、それぞれ問題なく対処されてる。
問題は、今年新しく作られるはずの魔法陣。
王都中に監視網が張られていたおかげで、真夜中にもかかわらず目撃者がいた。今回は、王都住まいの下級貴族用の共同霊園。巡回がなかったら、絶対発見は遅れてたね。
だんだん発見されにくい場所になっていく。こう言うのも変だけど、犯人もやる気満々って感じ。
魔法陣が突如として現れたというのは、一例目と同じ。中央に生贄が安置されていたのも同じ。
違ったのは、出現と同時に、魔物の生成が始まったこと。今までは半日ほどのタイムラグがあった。今回は、魔法陣が現れてから、わずか数分後に魔物が現れ、しかも数秒ほどで完成したと。
年を追うごとに、明らかに威力と完成度が上がっている。
こりゃ、アイザックもエイダも対処に追われて大変だろうなあ。こんなん、どうすりゃいいのか、私もお手上げだよ。
予言がダメだから、頭使って人海戦術とかするしかなさそう。
結局犯人の手掛かりは全く残らなかったそうだし。
幸いすぐに集結した騎士たちのおかげで、犠牲者もなく現れた4頭の魔物を無事撃破できた。これ、まさかと思うけど、倍々で増えてくシステムじゃない? 来年は8頭になるのか? ホントに年々ヤバくなってく。
中でも特に意表を突かれたのが――。
「成人男性?」
「そう。魔物との戦闘による損壊が激しいけど、多分中年の男性らしい。今年の生贄は」
叔父様と顔を見合わせて、首を捻る。いきなり生贄の傾向が激変じゃないか。10歳過ぎの少女から、40~50代のおっさんに?
つまり生贄は無垢な乙女である必要なしと!? つまりあくまで犯人の好みの問題で、今年は何かの必要に応じておっさんになった? 例えば子供の警戒が厳重になったからとか?
誰の命も大事だけど、なんかすごく胸糞悪い。
しかも男性被害者に対しては、性的暴行の代わりに、拷問の痕跡が確認されたそう。何か聞き出すことがあった? それとも生贄の儀式に必要なのは、犠牲者の血とか苦痛だったってこと?
猟奇的なのは分かってたつもりだけど、被害者の選別は、本当に犯人の趣味によるものなのかもしれない。理想は黒髪に緑の瞳の女の子。でも、儀式的には必ずしもそうである必要はないと。
「それで、しっかりとした確認はこれからなんだけどね……」
叔父様がどこか言いにくそうに、言葉を続ける。
「被害男性は、マシュー・モンク氏の可能性が高いのではないかと……3日前から行方不明だったらしい」
「……え?」
聞き覚えのある名前に、思わず聞き返す。
「たしか、キックボードの製造販売を一任した企業の方でしたか?」
「そうだね。モンク商会の会頭だ」
契約その他に関しては全部叔父様に頼んでたから面識はないけど、名前ぐらいは知っている。
私の関係者が、犠牲者? 偶然? 近しい人なら意図も感じるかもしれないけど、私はまったく関わってない他人だけに、判断に迷うところだ。
私はこの件に、否応なく大預言者として対峙させられようとしているのだろうか? これ以上深入りする前に、手を引くべきなのかもしれない。
ああ、本当に気分が悪い。
「モンクさんは、私のことを知っていましたか?」
「いや、キックボードはラングレーの技術者が開発したことにしていた。販売に際しても表向きの開発は、モンク商会と公表する契約だったから、どこにも君の情報はないよ。彼が拷問にあっていたとしても、私の名は出ても君の名が出ることはないずだ」
叔父様は、私の隣に座り直して、肩を抱き寄せた。私も遠慮なく体を預けてしがみつく。
「考え過ぎならいいけれど、これからは極力一人歩きは避けるんだよ?」
普段口出ししない叔父様が、心配そうに言って、私を抱きしめた。まるで懇願でもするように。
私は犯人の目に付いている可能性がある。おそらくは、大預言者ではなくただのグラディスとして。去年、魔物を霊水で撃退した時。あるいは、ギディオンの葬儀で魔法陣と対峙した時。
「私は、叔父様が心配です」
「私は大丈夫だよ。学者とはいえ、ラングレーの男だからね」
安心させるように、叔父様は私の頭を撫でて微笑んだ。
おしゃれが好きなだけの、ちょっと活動的な普通の女の子でいたいのに……。これから、赤ちゃんも生まれてくるのに……。
大預言者の運命はどこまでもついて回ってくるのだろうか。
なんだか、巨大な何かに巻き込まれつつあるような気がして、重苦しい気分になった。