エイダ(弟子・協力者)
現在でこそ、筆頭預言者として国の重鎮に収まる私だけれど、もともとは孤児だった。
親せきや知人の家を転々として、人間不信になりかけた8歳の頃に、国の魔力適性調査で預言者の資質を見出された。
大人なんてみんな信用できない。でも大人に好まれる立ち回り方なら、うんざりするほど学んできた。私は自分の力で一人で生きていく。この降って湧いたチャンスを、最大限に利用して。もう、誰にも私を蔑ろになんてさせない。あいつら全員見返してやる。
そして、預言者候補として上がった王城で、あの人と出会った。
いきなりガツンとやられた。
「ふふふ。その野心を、もっと楽しんだらいい。どうせなら、てっぺんまで目指しな」
内心の鬱屈などおくびにも出さず優等生のいい子を演じていた私に、さも可笑しそうに助言する。でも私を否定しない。説教臭いことも言わない。私を自由にさせて、ただ面白がって、煽るだけ。
ともすれば国王よりも大切にされる偉大な大預言者は、想像を超えた変わり者で。凄く物知りで何でも知っているのに、バカみたいなことばかりやる掴みどころのない人だった。
一応私は弟子の扱いだったけれど、『好きにしなよ。生まれ持ったものにどう修行付けるの?』なんて逆に問われて、預言者としての何かを教わったことはほとんどなかった。
むしろ、いつも一緒に子供の遊びばかりしていた気がする。とにかく大人げなくて、『ショーギ』では一度も勝たせてもらえなかった。師匠というよりは、ガキ大将。あるいは、年の離れた姉のような存在だった。母というには、ハチャメチャすぎたから。
王城の庭園内の池で魚釣りをしては宰相に怒られ、議事堂でかくれんぼをしては宰相に叱られ、『むっつりスケベ』と書いた紙を誰が宰相の背中に貼れるかを競って、やっぱり宰相に特大の雷を落とされた。
勉強をサボって遊び回り、いたずらをしては逃げたり、捕まって叱られたり、後始末をさせられたり。学園の教師もしているという大預言者が、私たちの先頭を切ってやってしまう。
引き摺り回されるように、幼い頃にできなかったことをこれでもかとやらされているうちに、私の中のつまらないこだわりは、いつの間にかどこかへ消えていた。おかしくて、馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて。ただ、自分のために自分を磨くようになっていた。
たくさん困らされたけど、もっともっと楽しかった。
師匠はふり幅がとても激しい。普段は大体ふざけているのに、国家行事の際にはカリスマ的な威厳と神秘的な美しさ、深い知識と教養で、王都民を魅了した。
でも、預言者の卵の私には分かっていた。そのどちらも、師匠の本当の姿ではないのだ。頑なに、他人には見せない顔があることを、心のどこかで感じていた。明快に見えて、とても複雑な人。
それでも、私の人生を、心を救ってくれた、大切な人。
学問と修行の日々、私が学園への入学を楽しみにしていたのは、師匠が教師をしているから。王城でも、外でも一緒にいられるから。きっと楽しいに違いない。
待ちに待った学園生活の面白さは、予想以上。日常とは違う、澄ました先生顔の師匠がおかしかった。やっていることは相変わらず悪ふざけが過ぎていたけど。
でも、それも1年ほどで終わってしまった。
あの師匠が、事故死するなんて有り得ない!!
遠くない未来、ヤバい何かがこの国に起こり始めそうだね――師匠は前日、予言が降りてきたことを、私に教えてくれた。それと、何か関係していたのかもしれない。そうでもなければ、その身に降りかかる災いを師匠が避けられないはずがない。
師匠が自分の命にこだわりがないことは、気付いていた。それでも、たとえ運命だと受け入れた結果だったのだとしても、逆らってでも生にしがみついてほしかった。もっと、一緒にいたかった……!
師匠に、ご自身の葬儀を見てほしかった。どれほどあなたが惜しまれているか、愛されていたか、知ってほしかった。いつもケンカばかりしていた宰相の、呆然自失の姿に胸が痛んだ。
あなたの友人たちを、教え子たちを、救われた人たちを、その想いを、見て、知ってほしかった。もっと深く。あなたがあえて目を塞いでいたであろうものを。
そうすれば、あなたを、生に繋ぎ止めることができたのだろうか。
預言者の私にも、答えなど出せない。私はただ、あなたの欠けた穴を埋めるために邁進していくしかない。心に開いた穴を自覚しながら。
だから、ハーヴィー賞授賞式の壇上から、あなたを見つけた時には、心の底から驚愕した。
零れそうになる涙をこらえるのに苦労した。
また師匠と出会える。隣を歩いて行ける。喜び勇んで会いに行った。
けれど、師匠は私の元には帰ってこないという。がっかりした。また一緒に下らない遊びに興じられると思ったのに。
ここは再会できただけでも満足するべきだと、無理にでも納得するしかない。また二度と手の届かない場所に行かれてしまうよりはよほどマシだ。
それに、大預言者の人生をすでに全うした師匠に、もう一度、苦難の一生を強いたくはない。これは、私の順番なのだから。
師匠もこの新しい人生で、自分を変えようとしている。強くそう実感したのは、ギディオン公の葬儀の時。
辛い時ほど飄々としている師匠が、目に見えて打ちひしがれていた。ジュリアス君を心底から頼って、傷心を取り繕いもせずにもたれかかっている。トリスタンさんの腕に、無防備に抱かれて甘えている。心から込み上げる笑顔で、友人たちに手を振っている。
前世ではありえない光景――けれど、その予感は、再会したその日からすでにあった。
去年、キアラン王子と踊っている姿を遠目に見た時には、正直唖然としたものだ。あの師匠が、他人に心を開いていた。見せかけでなく。
今の師匠は、以前とは違っている。堅牢な壁を前ほど感じない。いや、自分の心の中にあった、自分でもどうにもできなかった壁を崩そうとあがいている。
師匠の平穏な日常を願いつつ、ひっそりと手紙の遣り取りだけで我慢するには、十分な動機になった。
やっと会えたのは1年後。
二人きりの大切な時間だったのに、それをまたしてもロクサンナに邪魔されるとは……!
腹は立つけれど、泣き出した彼女の姿に、その気持ちはよく理解できた。でも、私も抱き付きたかった。やっぱり腹が立つ。
ロクサンナ、師匠に『あんた』と呼ばれることの価値に気付いてる? 師匠は相手によって、はっきり態度を切り替える人。
宰相やギディオン公みたいな友人以外では、私たち弟子くらいしか呼ばれていなかったのに! 生徒は一律で『君』だったのよ? それに、あれで隙のない人だから、許可しない人には男女問わず絶対に触れさせなかった。それがあんたに大人しく抱きしめられてるなんて。ああ、やっぱり腹が立つわ!
壁が、どんどん薄くなってきている。少し寂しいけど、嬉しくもある。
私の心を救ってくれた師匠が、やっと自分の心も救うために動き出してくれたことが。
私の見たところ、宰相もすでに師匠のことには気付いているわね。他にも何人かいそうだわ。
みんな、師匠を愛して、その幸せな人生を願っている。
純粋にあなたを想っている人たちに、あなたは囲まれていることを、いつか知って欲しい。