考察
社交シーズンに入り、トリスタンとイーニッドが王都入りした。
私たちラングレーファミリーは、今年もハーヴィー賞授賞式に、招待客として参加している。受賞者に関係者がいないと、授与式、超ヒマ。あくびを噛み殺しながら、式をやり過ごせば、お楽しみのパーティータイム突入!
でも今年はソニアも来てないし、キアランもいろんな大人に捕まって忙しそう。トリスタンたちも、イーニッドに連れられて挨拶回りに出ていった。
私は今年も、適当に遊んでるからと、一人で別行動。
実は予定があった。
森林公園の奥の方へと歩いていく。
去年と同じ、人気のない木陰で待ち合わせ。現筆頭預言者のエイダがすでに待っていた。
「お呼び立てしてしまって、申し訳ありません」
エイダが頭を下げる。これまでも、何度か約束通り相談に乗ったりしてる。
と言っても、厳重な護衛が張り付いているエイダとは直接会えない。手紙でのやり取りに限ってのこと。
エイダから伝書鳩での手紙が届き、私は指定された場所に、翌日返事の手紙を密かにおいていくという形の文通状態。
だから直接会ったのは、1年ぶり。
この会場全体に厳しい警備体制が敷かれている分、公園内の要人は個人的な護衛を伴わないのが暗黙の了解。おかげで公園内に限り、エイダは比較的自由に動けるわけだ。
「ふふふ。筆頭預言者様ともなると、大変だね」
からかう私に、エイダが溜め息をつく。
「すっかり他人事ですね。相変わらずやりたい放題なようで、羨ましいです。『インパクト』の噂は聞いてますよ」
「私はもう前の人生丸ごと国に捧げ終えたからね。筆頭預言者になったのは18歳からだったよ。あんたもこれから頑張りな。まだまだ先は長いぞ」
「ええ、もちろん。なのでご協力をお願いします」
改めて頭を下げる。手紙のやり取りでは足りない重要な相談のために。
「あの、巨大アリの件だよね」
「はい。王都内での魔物発生件数が激増した原因が、魔法陣によるものだと証明されたわけですから。一体何が目的なんでしょう」
「まったくわけが分かんないよねえ」
「え? お師匠様でも?」
エイダが意外そうに聞き返す。そりゃ、私だって何でも読めるわけじゃないよ。
ただ、それだけに一つ確信したことはある。
「同じなんだよねえ。この、どうにも黒い靄に邪魔されて、予感が鈍る感覚。この私が、直前にやっと分かる程度で、予防もさせてもらえない。夏至の生贄事件と、同じ背景のものだと思う」
「それは、こちらで行った予言の儀式でも答えの出せなかった問題です。お師匠様は、同一犯と判断されたわけですね。そうすると、アリの魔法陣も、自然発生的なものではなく、人の手によるものと断定しても?」
「うん。多分どっちも同じ勢力による人為的なものだと思う。夏至の方は年に一度。何かの意味を持った特別な儀式。一方で王都内の魔物出現に関しては、場所も時間も規則性のない召喚儀式ってことになるよねえ?」
「はい」
「アリ召喚に関しては、目的というなら……混乱を引き起こすこと自体が、そうなのかもね」
数週間考えてきて、それが一番しっくりくる結論だった。
「国王含めた国の要人がひしめく教会に、数千人の観衆。最高の舞台だよ。魔物が人間を蹂躙しようが撃退されようが、結果はどうでも構わない、ただの楽しい派手なショー。トリスタンの直感は預言者じみたとこがあるからね。あいつには、あれがショーに見えたわけだ。多分あれをやった犯人は、どこかから高みの見物をしてたんだろうね。まるで愉快犯だよ」
そして一つの疑念。あの巨大な魔法陣は、私がいる場所に発現した。私の目の前で、私に見せつけるように。
これは偶然か?
大預言者の前に、偶然があるのか?
もうずっと考え続けてきたこと。
何故私が大預言者として転生を、おそらくは繰り返してるのか? 考察を重ね続けることで最近、その片鱗がうっすらとが見え始めている気がする。
「ねえ、エイダ。あんたは不思議に思わなかった? 私は、前世の子供の頃から疑問に思ってたよ。どうして予言をする私たちは、『予言者』ではなく、『預言者』と呼ばれるのか」
ガラテアが、もしも私だったとしたら……その可能性に気付いた時から、ぼんやりと形になってきた仮定。
「神なんているのかも分からないけど、私たちは、きっと何かの役割を背負わされてるんだろうね」
預言者の相談相手ができたというのは、私にとっても良かったのかもしれない。同じ目線で語り合える。
エイダは微かに眉をひそめた。
「そうだとしたら、実に迷惑な話ですが」
「まったくだね。ところであんた、300年前の大預言者デメトリアがどこの家の出か、知ってる?」
突然の話題の転換にも、エイダは動じない。必ずどこかに繋がることを、初めから知っているせいだろう。
「もちろん。たしか、アヴァロン公爵家でしたね」
「そう。で、初代のガラテアはオルホフ公爵家」
「はい……えっ!?」
私の言いたいことに気付いて、エイダが目を見開く。
「私は、ラングレーとイングラムの血を受け継いでいる。孤児のザカライアを挟んだから、研究者もみんな惑わされたね。多分300年ごとに、五大公爵家のどこかから、大預言者が出る仕組みになってるんだ」
「ということは、大預言者同様、五大公爵家にも何らかの役割が背負わされているということでしょうか」
「まあ、その一つが、大預言者の輩出、ってことになるのかもね。強力な能力を受け継ぐ血統だから」
これは予言ではなく、ずっと思考し続けてきた上での、帰結。
「言い伝えでは、300年前のデメトリアは封印が解けかけたドラゴンをカッサンドラ山の峡谷に再封印したという。じゃあ、最初に封印したのはいつ、誰だろう? ガラテア? それとも、もっと前?」
もう、記録も残ってない。でも、確信はある。
「約300年周期で、何かが起こる。そしてその場には、大預言者が居合わせるようになってる。まるで、将棋の駒にでもなった気分だね」
イメージ的には、体内に侵入したウイルスに対抗する免疫細胞のように思える。世界に対して害を与えるものを、排除するための装置のような。
「300年ごとに起こる何か、が、この魔法陣による魔物の出現なのかもしれない。少なくとも今回においては」
とにかく情報が足りなすぎる。あまりに根拠のない推論ばかり。ほとんど空想に近い状態だけど、この件に関してはほとんど予言も勘も働かないから、状況証拠から推測していくしかない。
でももし大預言者と敵対する存在があるのなら、この犯人はやっぱり私を殺す黒いフードの男なのかもしれない。
「で、来月には問題の夏至が来るわけだけど?」
「はい、去年のことを参考に、該当の二地点は完全に封鎖して、何が出ても対処できる人員を揃えます。次の3ヶ所目の見当も、できればお師匠様に伺いたかったのですが……」
「残念ながら、今年も分からないなあ。あ、でも、生贄の女の子は、二例とも黒髪に緑の瞳だったんでしょ?」
「はい。そこは厳重に喚起します。特に10歳前後の少女全般に」
「そうだね。私も友達に条件にピッタリの子がいるから、しつこく注意はしてるんだけど、たった二例じゃ断定もできないしね」
「もう、犠牲者が出ないといいんですけど」
エイダも頷く。
一通りの情報交換を済ませたところで、やにわに予感に触れるものがあった。
「あ、まずっ……!」
「お師匠様、どうか? ……あ!?」
ひと息遅れて、エイダが気付く。でも、もう手遅れ。私たちには普通の人間の運動能力しかない。
こんなスピードで移動されたら、どうしようもない。
「あらあ、またここで会ったわね。エイダ。それに、グラディスも」
去年と同じ場所で、ロクサンナがにっこりと笑っていた。