阿吽
一周目の時、国際大会の後に、観光で寄ったパリの路地裏を思い出す。
狭い通路を挟むように、3階建ての建物がずっと奥まで並んで続いている。
「火事だ!」
わらわらと、煙の臭いをまとった人たちが避難してくる。人の流れに逆らって、煙が目視できる場所まで野次馬に行った。
石造りのアパートの1階の窓から、炎と煙が噴き出していた。おお、火事とか、初めて見たかも!?
一番燃えているあの部屋が火元かな。石造りだから延焼の速度は鈍いみたいだけど、煙がひどい。その窓の近くで、7~8歳くらいの少女が泣き叫んでる。隣にいるおばあちゃんも、2階の部屋を見上げて、どうにもできずにおろおろしている。
「あの部屋、あなたたちの家なの?」
「い、妹が、まだっ……」
「えっ!?」
マックスと顔を見合わせた。
パニックで支離滅裂になった話を総合すると、女の子の家は一番燃えている部屋の真上らしい。両親は仕事で早朝から出ていていない。起きてから、2歳の妹が熱を出していることに気付き、近所のおばあちゃんを呼びに行って、戻ったらすでにこの状態だったと。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
マックスがちょっとお遣いに行くような口調で言う。私は首を振った。
「あんたじゃダメだよ。私が行く」
「分かった」
無駄な問答などまったくせず、マックスは即決で頷いた。やると決めれば行動は早い。少し離れた窓を叩き割って、素早く私を送り込んでくれた。
ここ、普通の騎士とかだったら、というか、普通に男だったら絶対自分で行く決断をするとこだよね。12歳の女の子一人、送り出すわけがない。
でもマックスは一瞬も迷わず、私の判断を受け入れる。叔父様もそうだけど、それが一番最良の結果を導くと信じているとしか思えない。
この前のアリ襲撃の時に、はっきり確信した。
二人は何も言わないけど、私の言葉をほぼ予言と理解している。私は気付かない間に見守られていた。ちょっと気恥ずかしいけど、すごく嬉しかった。
中に入ると、すでに建物全体に煙が回っていて、視界もかなり塞がれた状態なのに、不都合なく呼吸ができる。マックスが魔法で何かやってくれてるな。
炎よりも、焙られた壁の輻射熱で、肌がじりじりと焼ける。でも進む先々で水が降ってきて、通路と私をどばっと濡らしていく。
マックスが私の位置を、探知で完全に捕捉してる。持てる限りの魔法を全力で駆使して、完璧にフォローしてくれてるから、不安は全くなかった。
本来、能力でも体力でも、救助に行くならマックスの方が向いている。いくら私が鍛えてると言っても、所詮一般人レベル。騎士とでは比較もできない。
でもここは、私じゃなきゃ無理なんだよね。
一気に2階に駆け上がって、階段の踊り場から子供の気配を探った。
「ほら、やっぱりここにいないじゃん! 3階か!?」
目標の部屋にはいないと即座に断定。迷わず更に上に上がる。
煙から逃れて、上に逃げだしたらしい。一瞬のためらいもなく3階通路を突き進み、突き当たりの4番目の扉を開けて侵入した。
見知らぬ住人の部屋をずかずか歩いて、真っ直ぐクローゼットを目指し、開ける。
小さな女の子が、泣きながらうずくまっていた。
「見つけた。もう大丈夫だよ」
女の子が私に抱き付くのを、しっかりと受け止める。
これが、私でなければならなかった理由。絶対に他の人じゃ、闇雲に逃げ回ってここに行きついたこの子を、見つけられなかった。
さて、あとは逃げるだけ。すぐそばの窓を開け、3階から一気に飛び降りた。
「マックス!」
「オーライ!」
窓の真下ですでに待ち構えてたマックスが、少女を抱えた私を、魔法との併用でふんわりと危なげなく抱き止めた。
「ナイスキャッチ!」
見よ! このマックスの名サイドキックぶり!! 完璧すぎて怖い!!
女の子を無事家族に引き渡し、めでたしめでたしだね。
「おい、グラディス、ちょっと来い!」
そんな中、マックスは間髪置かずに身軽になった私の手を引いて、野次馬の人だかりから離れる。
人気のないところまでほぼ問答無用で引っ張ってこられた。
「ええ、何?」
尋ねる私に、呆れた視線を向ける。
「お前、自分の格好見てみろ」
言われるままに、見下ろしてハッとする。
薄手の服が、水でピッタリ張り付いて体のラインが丸出しな上、下着も上下スケスケの状態だった。
「おおうっ」
さすがにこれでは人前にいられないな。いくら可愛い自信作の下着ではあっても。
「まったく、だから肌出し過ぎだっての!」
文句を言いながらも例によって、なんか器用な魔法の合わせ技で、髪も服も乾かしてくれる。私の義弟は有能過ぎる。
本当に至れり尽くせりで申し訳ない。
「ありがとう、マックス。なんか、ご褒美でもあげなくちゃいけないとこだね」
煤汚れは残るけど、とりあえず人前に出れる状態には何とか戻った。
「ご褒美ならもうもらったようなもんだけどな」
私の冗談にしれっと答えながら、マックスが少し考えこむ。
「更にくれるというなら、これがいい」
「ん?」
私をぎゅっと抱きしめてきた。いつもの軽いハグじゃなくて、本気の抱擁。
私も抱きしめられるのは嫌いじゃないから、遠慮なく背中に手を回す。やっぱりドキドキはしないけど、すごく安心して心地いい。
こんなもんがご褒美になっちゃうというのも、かえって悪い気がしてくる。
「ねえ、私マックスのことは大好きだけど、そういう好きじゃないよ?」
「知ってる」
「この先も好きになるか、分からないよ」
「そうだな。じゃあ、誰かに惚れたら、真っ先に教えてくれ」
「誰かを好きになれる気がしないから、一生誰にも惚れないかもしれない」
「そうしたら、俺のとこに来ればいい」
「あんたに惚れてなくても?」
「俺が惚れてるからいいんだ。気にせず甘えろ」
きっぱりと言い切る。真っ直ぐ、私を好きでいてくれる。
なのに、どうして私は恋愛感情を持てないんだろう。ザカライアの一生では、心を閉ざして誰も好きにならなかった。
マックスを好きになれたら、きっと幸せになれるんだろうなあ。
「あんたはホントに、女の趣味が悪すぎる」
「だったらもっと、恋敵は少ないはずなんだけどな」
「私を好きだなんて言うもの好きは、今のとこあんたしかいないんだけど」
「ああ、そうだな。お前はその認識でいればいい」
なに、その引っかかる物言い? しつこく追究しても、それ以上は答えてくれなかった。葬儀のせいだとか、微かなボヤキが聞こえただけ。意味が分からない。今までモテたことなんて一度もないぞ。
「とりあえず、服買いに行こうぜ。それじゃ、楽しめないだろ?」
話をはぐらかすように、マックスは離れて、また私の手を引いた。
そうだ。気にはなるけど、もたもたしてたらショッピングの時間がなくなっちゃう。
「マックスの服も私が選ぶよ! 叔父様に選んでるみたいで楽しいんだよね」
「また、叔父上か……」
歩きながら、マックスは渋い顔をした。




