ショッピング
葬儀の日のうちに、トリスタンは単身領地に帰っていった。
本当はマックスも一緒に帰る予定だったけど、アリ騒動の件もあって、心配だからとそのまま王都に残った。元々社交シーズンが近くて、あと2週間もすればまた家族で来るはずだったから、マックスだけ予定を少し前倒しにした感じ。
せっかく早めに来たから、まだ暇なうちに必要な用事を片付け中。
昨日は、貴族として、マックスのパーティー用の服を何着か仕立てに行った。
叔父様に似て素材がいいから、選ぶのが楽しい。っていうか、叔父様に選んでる気分になるなあ。またぐんと背が伸びたから、弟なのに兄と間違われるくらい成長して、ますます似てきてる。
この前の葬儀の時に思ったけど、うちの男ども全員銀髪でアンバーの瞳で、顔立ちもよく似てるもんだから、どっちかというとマックスの方がトリスタンの実子みたいだったんだよね。
私だけグレイス似で、全然違うのが、ちょっと寂しい。
そして今日は一般人に扮したお忍びスタイル。私もマックスも、ちょっと仕立ての良い服を着た裕福な家の子ぐらいの装いで、王都観光の予定。『インパクト』を立ち上げて以来、しばらくできなかったショッピングを楽しむつもり。
「お前、ホントにその服で行くのか?」
「似合う? 可愛いでしょ?」
「まあ、似合うけど……肌が出過ぎじゃないか?」
「田舎に引きこもってたら知らないだろうけど、これが今の王都の流行なの! っていうか、私が流行らせてるとこだから、まず私が率先して着ないと」
馬車に乗るまで、マックスはしばらくグダグダ言っていた。私の露出は、ハイネックのノースリーブに膝丈のフレアスカート。今の王都でならそれほど出し過ぎというものでもないんだけど、普段領地住まいのマックスには、露出しすぎに感じるらしい。王国中に広がるまで、もっと頑張らないとだね。
ちなみに屋敷内で、試験的に作ってみたキャミソールワンピを着て叔父様に見せてみたら、どんなことでも受け入れてくれる叔父様にダメ出しされてしまった。ビスチェドレスを着られるのは、もう少し先になりそうだ。年齢的に似合うようになるまで、あと5年くらいの猶予はあるから、なんとかなるかな?
街から少し離れた人気のない通りで、馬車から降りた。一般人を装うのに、馬車で乗り付けるわけにはいかないからね。
「今日は目いっぱい買い物するつもりだから、荷物持ち覚悟してよ」
「おう、好きなだけ付き合ってやるよ」
歩きながら宣言する私に、マックスが安請け合い。大体いつものパターン。でも、マックスの表情はいつもと少し違った。手をつないで、私の顔をじっと見つめる。
「葬儀の時、正直驚いた。あんなに落ち込んでるお前は、初めて見たからな」
「……うん。心配させてごめんね」
そこは素直に謝る。
「そうだな。スゲー心配した。また、お前が変わったと思った」
「そんなに変わった?」
「だってお前、自分の弱ったとこ、絶対見せないやつだっただろ」
指摘に、思わず苦笑い。そう。そもそも私は弱ることがなかった。弱りそうな事態からは、常に目を逸らして適当に生きてきたから。
少しずつでもそれを変えようと意識して努めてみた成果は、身近な人の目にはちゃんと映っていたんだね。これは、喜んでいいことなのかな。
「変わって、どう思う?」
「お前にとって、いい変化だ。正直俺は、ほっとした。お前が頼ってさえくれれば、俺でも叔父上でも、必ずお前を支えるから。ホントはこの前のも、俺に頼ってほしかったけどな」
少し悔しそうに言う。あの時私は叔父様にべったりだった。
「叔父様以上になるには、相当の精進が必要だよ」
「おう、頑張る。とりあえず全部付き合うから、思いっきりストレス発散しとけ」
マックスは笑って請け合った。
ああ、ホントに私の義弟はいい男だ。悪いのは女の趣味だけだな、気の毒なことに。
街中に入り、歩道を並んで歩く。広い車道は、けっこう馬車の往来が激しい。時々撥ねられた瞬間を思い出すから、あまり好きじゃないんだけど。
マックスは当然のように車道側を歩いてくれて、私も当然のように反対側の手をつないでる。物心つく前からの習慣だったけど、これ、姉弟っていうより、普通に恋人同士のデートみたいだな。
もともとスキンシップの激しい一家で育ったから、逆に二周目が異常だったんだよなあ。孤児だったし、下手に人恋しくなるのも嫌で、特に大預言者になってからなんか、自分からは絶対行かなかった。来られてもかわしてたし。
その反動か、今は相当甘えるのが好きだ。いつもは叔父様だけど、トリスタンとマックスにも普通に甘えちゃう。トリスタンはともかく、マックスはそろそろ考えた方がいい気もする。一周目ならそろそろ中学生になるお年頃だもんなあ。ただの弟なら構わないんだけど、姉とは思わないと断言されてるし。
グラディスとしてより、元教師的観点としては、現状私って、大事な義弟をその気もないのにたぶらかしてる悪い女じゃないか? 私が親なら引き離してるレベルな気がするんだけど。
でも私ももっと甘えてたいし、いきなり私がよそよそしくなっちゃったら、マックスも傷ついちゃうんだろうなあ。
グダグダと考え出した私の耳に、どこからか悲鳴が聞こえた。
「あっちのほうだな」
「行ってみよう」
私たちは手をつないだまま、歩道から脇に伸びる細い路地へと走り出した。