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葬儀の日

 10日くらい後、ギディオン・イングラムの葬儀は、王都の教会で質素に執り行われた。


 進行は質素でも、顔触れは凄まじい。

 国王と王子は私人として、最小限の護衛で弔問に訪れていた。領地から急遽駆け付けた五大公爵家の各当主や宰相はもちろん、国中の重鎮が列をなす勢い。


 これが元公爵の葬儀。あまりに大物が一堂に会してるものだから、教会周りは野次馬が大氾濫。交通規制が敷かれていた。


 喪主は長男のクエンティン・イングラム公爵。若い時のギディオンにそっくりの伯父様だ。今までラングレー家との関わりは全部ギディオンに任せきりで、当人はほぼノータッチだった。妹ながら、グレイスがよっぽど嫌いだったんだろうなあ。気持ちはわかるけど。ちなみにトリスタンとは学園時代からの友人で、個人的な付き合いなら今もあるらしい。


 グラディスとしてはほとんど面識のないイングラム家が主催者だから、今回の式も私が関わることはなくて、孫だけど私は一参列者の扱いだ。


 私の喪服は、ウエストから上は体にぴったりとしたシルエットの七分袖で、下は膝丈より少し長いAラインのワンピース。シンプルだけど、襟袖裾には繊細なレースがあしらってある。

 デザインを考えてるときは喪服の私も素敵~なんて浮かれてたけど、そりゃ、実際着るときはこういう気分だよな。バカか、私。

 重い足取りを、なんとか叱咤するように動かす。


 ラングレー家の参列は4名。トリスタンを先頭に、その後ろをジュリアス叔父様とマックスが、私を左右に挟むようにして続く。

 会場には今の貴族の知り合いのほとんどがいる。キアラン、ノア、ソニアとかの友達も、アイザックやエイダ、ルーファスの大人組も。私に心配そうな視線も感じるけど、今は誰とも視線を交わす気にもなれなかった。


 今日は、ただこの式をやり過ごすだけで精いっぱい。

 だから私は葬儀の間ずっと、叔父様にしがみついていた。正直、こういう時私が精神的に頼るのが、叔父様になっちゃうのは仕方ない。叔父様もすべての進行が終わるまで、ずっと私の肩を抱いて支えてくれていた。


 今日は何も起こらないし、何も起こさない。ただ、静かに大切だった人を悼む日。


 教会での葬儀の後は、棺はエントランスから運び出され、ごく身近な親族だけでの埋葬になる。

 ラングレー家からは、娘婿に当たるトリスタンだけ参加。外孫の私は、棺とそれを取り囲む一族が出て、最後の一人が見えなくなるまで見送った。これで本当のお別れだ。

 

 参列者はこれで解散となる。参列から会場を後にするまでの1時間、私は誰とも接触しなかったし、一言もしゃべらなかった。


 やっと、一段落付いた。開け放たれた教会のエントランスを一歩出て、外階段の最上段から、外の空気を大きく吸って吐いた。


「グラディス、大丈夫かい?」

「はい、叔父様」

「具合悪かったらすぐ言えよ?」

「だから、大丈夫だよ、マックス」


 トリスタンは分からないけど、叔父様とマックスを心配させてしまった。


 面する大通りを見下ろせば、規制線の向こうは、出てくる有名人たちを一目見ようとする野次馬で大混雑している。まるでハリウッドスターが通るレッドカーペット前のような喧噪のおかげで、静謐な気分は霧散していく。今は、むしろ有難い。


「もう、本当に大丈夫だから」


 時間をかけて、慣れない感情は十分消化してきたはずだ。そろそろ切り替えないといけない。支えられるのではなく、叔父様にエスコートされる形で階段を降りようとした。


 その足が、一歩で止まる。

 心の中を占めていた寂寥感は、その一瞬で嫌な予感に塗り替えられた。


「グラディス?」


 私の雰囲気の変化に、瞬時に状況を理解した叔父様とマックスは、私をかばうように戦闘の構えを取った。


 ラングレー家の突然の臨戦態勢に、周囲の参列した騎士や警備兵たちが、私たちに対して警戒を高めた。


「どうしたの? グラディス」


 たまたま側にいたロクサンナ・オルホフが、騎士たちを制して、顔見知りの私に声をかけてくる。


 それには答えず、大通りの地面を見つめた。


「大丈夫。お父様が近くにいて、万一のことなんてあり得ない」


 呟きと同時に、大通りの地面から2メートル程中空に、私たちと正面から対面するように魔法陣が浮かび上がった。


 感想は一言、でかっ!!


 まるで異世界へ続く扉のよう。こちらに相対する魔法陣の上端は、教会の屋根を遥かに上回っている。


 その扉から黒い丸太のような棒が二本、突き出すように生えてきた。と思う間もなく、道幅を上回る巨大なアリの頭が飛び出してきた。あの丸太が、触覚!!


 その確かな存在感から、前に見た黒い靄からの生成ではなく、召喚魔法だと分かる。それにしてもこんなデカい魔物が、どこかにいたということか? 聞いたこともない。完全に怪獣じゃん! 王都大行進かっての。


「うそ! 何あれ!?」


 ロクサンナは叫びながらも、ロングスカートの裾をたくし上げた。視界の端に、駆け寄ってくるルーファスが見える。隣のオジサマは父親のジェローム・アヴァロン公爵だね。生真面目な坊やがすっかりロマンスグレーになっちゃって。

 ハンター公爵家の連中は、早速連携を取って周囲に散った。


 私たちを不審者扱いで睨んでた人達も、さすがに事態を呑み込んだ。戦えるタイプの参列者は、丸腰なりに魔法で対抗する準備をし、警備兵も剣を抜く。


 あんなのが全身出てきたらどうなるんだと、通りの野次馬はたちまち阿鼻叫喚の大渦。数千人を超える一般人の上に、恐怖が波紋のように一瞬で伝播した。階段上から俯瞰してると、まさに蜘蛛の子が散らされまくってるといった大恐慌っぷりだ。

 まあ、王都の人間なんて、魔物見慣れてないし、ファーストコンタクトでいきなりこのレベルじゃ、当然か。


 全力で一目散に逃走にかかる人、はぐれた身内を捜して人波に逆らう人、普段からの訓練通りに避難の誘導を試みるけどパニックに押されてままならない人、かなわないながらもなんとか抵抗しようと戦いを決意する人――混乱を極めて騒然とする人混みの中、私たちラングレー家の3人だけは、平静にその場から動かなかった。

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