見舞い
「お加減は、いかがですか?」
二人だけ残された事務所で、席に着くなり、ルーファスが尋ねた。
「わざわざお見舞いに来てくれたの?」
「当然です」
即座の回答に、思わず苦笑する。
「ただの寝不足だから、ひと眠りして、もうすっかり大丈夫。ああ、朝、君がここまで送り届けてくれたんだよね。ありがとう」
「いえ、お礼を言うべきなのは私の方です。ありがとうございました。あなたのおかげで、仕事が無事片付きました」
逆に感謝されて、首を傾げる。
仕事? そういえば、今のルーファスの恰好は、王立騎士団の装備だった。
「学園を卒業後、故郷に帰らなかったの?」
「ええ、まだ父も現役ですし、しばらくこちらで修行中です。表向きは、ということですが」
「ああ……」
言いたいことが分かって、頷く。
最近はいるはずのない魔物が王都内に出没する事件が、ますます多発している。更には、魔物が発生する魔法陣の例まである。そのため、ある程度の実力者は、不測の事態に備えて王都に留まる要請が出ているらしい。
混乱を避けるために情報が統制されているようだけど、私には、ジュリアス叔父様が逐一詳細な情報を教えてくれるから結構知ってる。
「仕事って、もしかして、この街にも?」
「ええ、目撃者からの通報がありまして、一晩中哨戒していました」
「えっ、今、夜勤明け? こんなとこいないで帰りなよ。私大丈夫だし」
「そんなに軟弱ではありませんよ。あなたこそ、万全でない体調で無理をしてはいけません」
気負うでもなく、当然のように答える。
確かに私の気遣いなんて、無用なんだろうなあ。多分、今王都にいる中では、トップレベルの強さだろうし。少年らしさも消えて、見るからに精悍な騎士に育っている。ルーファスは、更に言葉を続けた。
「朝、倒れかけるあなたを見つけた時には、肝を冷やしましたよ。お一人でフラフラ歩いているなんて、無防備が過ぎます。昔と違って護衛団などいないのですから、気を付けていただかなければ。そもそもバイタリティは凄まじくとも、体力は人並みでしょう。まして今は、年若い女性なんですから、色々な面できちんと自覚を持ってください」
おおう、教え子に説教されてる。まあ、正論なんだけども。ああ、すっかり立派になって。でも分が悪いから、話を逸らそう。
「それで、お礼って?」
「――助言のことです」
やや不満げながらも、素直なルーファスは乗ってくれる。
「道に迷ったら、左に――。おかげで、最後の最後のところで魔物を見失わず、仕事を完遂出来ました」
「ああ、そういえばそんなこと言ったっけ? 寝ぼけてたから、忘れてた」
「異常に隠形に特化したタイプで、この街の巡回を始めて一個小隊がかりで5日間も逃げられてたんですよ。グラディスが入るとあっという間ですね」
ルーファスが苦笑いする。
「あなたの助力があれば、あらゆる面でとても助かるのですが……色々とお忙しそうですね」
机の上に広がったデザイン画をチラ見して、目を逸らした。
「話題の『インパクト』のオーナーをされているというのも驚きましたが、まさかデザインも?」
「そうだよ。でも非公開情報だから内緒にしてね」
「もちろん、分かってます。あなたが充実した生活を送っていらっしゃるなら、私も嬉しいですから。倒れるまで働かれるのは心配ですが」
頷きながらも、ルーファスは不自然に机から目を離す。あくまでも仕事上の好奇心から、真面目な顔で尋ねてみた。
「ところで、これ、どう思う? 君はどういうのが好き?」
「言われると思いました。勘弁してください」
下着のデザイン画から、頑なに目を逸らすルーファス。
「別にからかってるわけじゃなくて、男目線からの意見も欲しいんだけど。叔父様に訊くのはちょっと恥ずかしくて」
「私ならいいんですか!?」
「よく考えたら、正直君は、私にとって男の範疇に入らない」
教師モードでバッサリ。キャラ的には萌え要素満載のルーファスだけど、ぶっちゃけ例によって、本人にときめかない。というか、誰にもときめかない。更に言えば、前世の関係者ほどその傾向は強い気がする。知り過ぎてて、客観視し過ぎちゃうのかも。
まあ、君も元教師に口説かれるよりは気楽だろう。
「……それでいいんですけど、何とも、釈然としません」
ルーファスは憮然と呟いた。こんな美少女から、お前は男じゃねえと言われれば、当然か。
「すねないすねない。君なら、トロイより遥かにモテモテでしょ」
「え? トロイに会われたんですか?」
「街でナンパされた」
「は……?」
私の言葉にぽかんとした数瞬後――。
「あいつ、何やってるんだ!」
似合わない口調で、ルーファスが頭を抱えた。
「……ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
しょげながら、不肖の従兄弟の代わりに謝ってくる。
「いやまあ、実害もなかったしいいんだけどね」
「実害があった場合、私がとどめを刺しますから」
いや、なんか目がマジなんですけど。ホントにやめてね?
「私としては、安心したよ。元気そうでよかった」
「それはまあ、そうなんですけど……」
ルーファスをなだめてから、散らばったデザイン画をまとめて立ち上がった。
「私今日はもう帰るわ。ルーファスも帰って休みなよ」
「お送りします」
「ええ、別に子供じゃないんだから」
「お送りします」
「……」
あ、ダメだ。けっこう頑固なんだよ、こいつ。
「――どこかで、お昼でも食べてく?」
「私にご馳走させていただけるなら、是非」
誘ったのは私だけど、ここも絶対譲らないんだろうなあ。
「じゃ、行こうか」
「はい」
ルーファスは嬉しそうな笑顔を浮かべて、ごく自然に私をエスコートするべく手を取った。
後日聞いた話だと、ルーファスはその後、一緒にいた美少女は誰なんだと、目撃した同僚たちから随分吊し上げられたそうだ。
もちろん、口は割らなかった。