内省
目を覚ましたら、『インパクト』本店の事務所のソファーだった。
横たわったまま見上げると、スタッフの女性3人が、打ち合わせをしている。
振り子時計を見ると、2時間くらい眠ってたらしい。おかげで頭がすっきりしてる。
「あれ~? 私、どうしたんだっけ?」
私の声で、三人はほっとしたように、一斉に注目してきた。
「オーナー。あまり無理をなさらないでください。いくら凄くても、あなたはまだ未成年なんですから」
店長のデラが、私の元に歩み寄ってくる。
確かにそうだね。ちょっと反省。規則正しい生活は心がけてても、それ以外を忙しくしてたから、きっと過労が溜まってたんだろう。でなきゃ、あそこまで急に意識飛ばないよな。気を付けないと。
「うん、ごめん。開店前の打ち合わせ、任せちゃったね」
「あの資料があったので、大丈夫ですよ。問題なく終わりましたからご心配なく」
「そっか。スタッフが優秀で助かるわ~。ところで私、ここにたどり着いた記憶がないんだけど」
首を捻る私に、三人は瞬時に意味ありげな視線を交わし合う。
「何を言ってるんですか~!? 目茶苦茶ビックリしましたよ~!」
熱い紅茶を私に出しながら、アシスタントのオルガがキラキラした目を向けてくる。
「覚えてないんですかあ? アヴァロン家のルーファス様が、オーナーを連れてきてくれたんですよお!」
「ああ、そういえば、ルーファスに会った気がする。夢じゃなかったのか」
記憶を手繰り寄せる私に向かって、チーフアシスタントのマクシーンが、不気味なほど恍惚とした笑みを向ける。
「ああっ、超絶美少女をお姫様抱っこする美青年騎士! 素晴らしい眼福でした! 思い出しただけでめまい動悸息切れが!!」
「そうね。あまりの麗しさに、書類をぶちまけたわ」
「私なんて見た瞬間腰抜かしましたよお!」
「え、ホントに!? それは見たかったわ!」
思わず女子トークに参加する。カメラがないのが惜しすぎる! そんな萌えシチュエーションで爆睡とは、私としたことが!
「ホント~に、物語のように美しかったです!」
「ねえ~!」
「オーナーとどういうご関係なんですか?」
三人はそれぞれに、目に期待を込める。ご関係? 教師と教え子とは言えないしな。現時点では……。
「ただの顔見知り?」
だよなあ。接点も特にないし。よく考えたら今世では1回しか会ったことないや。今日で2回か。
この回答は、オルガとマクシーンには御不満だったらしくブーイングが上がる。
「え~!! 絶対に違いますよお! ルーファス様、もの凄くオーナーの身を心配してましたよお!?」
「そうですよ! ただの他人を見る目じゃありませんでした!」
うん。恩師だしね。君たちの期待する色っぽい話ではないんだよね。残念ながら。
「おっと、気になるところだけど、ここまでにしましょう」
盛り上がり始めたアシスタントたちを、デラが抑えにかかる。もうすぐ開店の時間だ。
「オーナーは、今日はいいですから、しっかり休んでください」
「うん。そうだね。適当にやったら帰るから、あとはお願いするね」
「はい、お任せください」
頼もしい部下たちにお店を任せ、私一人が事務所に残った。
自分のデスクからデザイン帳を取り出し、早速ペンを走らせる。眠ってる間に閃いたイメージを、鮮明なうちに書き留めなければ!
最近は、描くのが楽しくて仕方ない。だって、今までは可愛いとはいえお子様下着だったけど、体つきが女性らしくなってきたおかげで、上下セットの可愛いランジェリーを身に着けられるようになってきたのだから!
あれも着たい、これも着たいと、イメージが次々溢れてきて、時間が惜しい。子供の体だから、極力無理を避けてるせいで、まだまだ起こせていないデザイン画が頭の中に大量に積み上がっている。
残念ながらセクシー路線を身に着けるにはまだ数年早いけど、考えるだけでも楽しい。
学園への入学まで、あと3年もない。それまでは、仕事に重点を置くつもり。
最近、ちょっと考えを改めた部分があるんだ。
そう、キアランに泣かされた、あの日以来。
やりたいことは、今まで通り好きにやればいい。でも、無理に感情を持っていくのは、やめようと思う。自分の心を、冷静に見つめる作業、とでもいうのかな。
それで、気付いたことがある。
重大なことほど、感情を停止させてしまう私の悪い癖。それは多分、恋愛感情にも適用されてるんだ。だから、他人の色恋にはときめくのに、自分の心は全く動いてくれない。物語に盛り上がることはできても、どうにも自分の身に置き換えられない。
無理に盛り上がろうとするほど、逆に冷めて行ってしまう気すらする。だからしばらくそっち方面は棚に上げて、仕事に生きる女になろうと思う。
いつか、自然に気持ちが動く時が来るといいなあ……。来なかったら、また一人なんだろうか……。
うう……それは、二周目と変わらない気がする。教師がデザイナーになっただけって、どうよ。
そうなるくらいならいっそトキメキは諦めて、マックスと結婚するのもアリかも。少なくともいい家庭にはなるだろう。子供とかできたら、また違う世界が開けそうだし。
まあ、どっちにしてもずっと先の話だね。この世界は、けっこう結婚適齢期間が長い。当然と言えば当然だよね。体育会系だから。スポーツ選手が現役引退してから、婚活するようなもんか。戦う女も多いから、女子でも結婚への圧力が高くなくて、自由度が高いのはいいとこだ。王族ですら恋愛結婚だもんな。
不意のノックの音に、手を止める。
取り留めのないことを考えてる間に、いつの間にか机の上は描き散らかされたデザイン画で散乱してた。
「オーナー。お客様が……って、またそんなに仕事して! あれからずっと描いてらしたんですか!? いい加減休んでくださいっ。もうお昼になりますよ!?」
ものすっごい笑顔で入ってきたデラが、途端に怒り出す。
「あー、もうやめる。お客様って?」
ペンを置いて話を逸らすと、デラはまた抑えきれないといった笑顔をニンマリと浮かべる。
「それはもちろん……どうぞ、ごゆっくり」
いたずらっ子のような顔で、ルーファスを事務所に残して、去っていった。