新規事業
この8ヶ月くらい、とにかくもの凄く忙しかった。
新規事業を立ち上げちゃったから。
おかげで私の12歳の時間は、なんか慌ただしいまま駆け抜けそうだ。それどころじゃないってくらい忙しい。
なんでそんなことになったかと言えば、手元に資金があったから。
ある日、叔父様に資金の使い道を訊ねられた。私のお小遣いは叔父様に管理してもらってたんだけど、なんか、シャレにならないくらい貯まってた。
ファッションの仕事始めてから、必要上ちょこちょこ開発してた小物関係が、叔父様に任せたらえらいことになってた。
特にホックと、縫い付けタイプのスナップボタン、そしてなぜかキックボードが稼ぎ頭だ。残念ながら私の曖昧な知識では、ファスナーとマジックテープはまだ再現できていない。とりあえず金物とか機織りとか、それっぽい職人にアイディアだけは出して開発を依頼してるけど、一体いつになったら完成するやら、といったとこ。
事業の内容は、サロメの下での修行を終えたデラって子を代表に雇って、一般人向けの新ファッションブランドを創設した。
なんと、今の私はアパレル社長なのだ!
やっぱり叔父様の意向を受けて、最低でも成人するまでは表舞台には出ない予定だけどね。
店名はそのものズバリ『インパクト』。これまでにない衝撃で、王都女性の脳とハートを揺さぶってやるぜ!
高級志向のマダム・サロメとは客層がかち合わないから、問題はない。むしろサロメには応援してもらってる。今ではお互いの成果をフィードバックし合うような関係を築いていた。
客を選びすぎるマダム・サロメとは違って、そこそこ気軽に出入りできるお店を、前から作ってみたかったんだ。流行を作るなら、貴族よりも、絶対数が多く購買意欲もある中流以上が効果的だと思ったから。
どうせやるなら、ちまちまは性に合わない。有り金全部注ぎ込んでやる勢いで、郊外に工場を建て、お針子さんを数十人単位で雇って、分業制による大量生産の体制を整えた。
これ、私的には当たり前の発想だったけど、この世界では画期的だったらしい。叔父様に相談したら面白がって、どんどん計画の後押しをされちゃった。
そこそこの値段で買える、可愛いお洋服。それが、あり得ないほど多数のデザインで取り揃えられた、オシャレなショップ。この世界では革命的。
女の子に受けないわけがない!
おかげで服がどんどんできて、どんどん売れる。そもそも私が、受けるデザインの方向性を外すわけないからね。予言さまさま! おかげで投資資金の回収がえらい勢いで進んでます! 別に金儲けが目的ではないんだけど。あくまで趣味で、やりたくてやってるだけだから。
結果、庶民の方が実験的なデザインへの食いつきがよくて、膝丈スカートとノースリーブは、けっこう抵抗なく浸透し始めた。販売数の絶対量が多い分、売れてる中でも、人気不人気の結果が、売れ行きですぐに出てきたりして面白い。このスピード感は、一般向けの既製服ならではのメリットかな。
私もお忍びで街歩きをする時は、『インパクト』の服を着ることにしている。時には露出多めのファッションも楽しみながら。
庶民層で流行り出したデザインを、これから上流に、更に洗練された形で持っていく。そっちは『マダム・サロメ』での仕事。
自分の店を持ったら、やれることが増えて、すごく楽しいね。ちょっと思いついた私個人の服なんかも、手軽にパパっと作ってもらっちゃったりして、オーナーの特権を乱用中。別にいつも高級ドレス着てるわけじゃないからね。
そして、私が『インパクト』で、今一番力を入れているのが、ランジェリー。もっと言っちゃえば、ぶっちゃけ、ブラジャー。
これは私にとって、割と緊急課題。というのも、12歳時点ですでに、前世に匹敵するサイズに育ってしまっているのだ!
それは喜ばしいことなんだけど、この世界、いい感じのブラジャーがない!!
スタイルを極めるためには、下着も極めたいのだよ!!
幸いこの国には、コルセットという女性を縛り付ける悪習はない。きっと、強いものが正義で、ほぼ男女同権の社会だからじゃないかな。動けてナンボのこの国で、わざわざ動きを鈍らせる非合理的なものを流行らせる発想があるわけもないし。戦わない女性にだけあんな拷問具を強制したら、完全に差別だしね。
それはいいんだけど、現状ではホールド感がいまいち頼りないビスチェタイプの下着が幅を利かせている。あとは締め付けるだけの補正下着タイプとか。
これでは、私の理想とするバストラインが実現できない! そもそもこれ以上育ったら、既存の下着ではいい感じで支えられなくなってしまう!
せっかく順調に育ってくれている以上、最良の状態を保ちたいじゃないか。
そういうわけで、まだ猶予のあるうちに、一周目のような完成度の高いブラジャーを開発した。一先ずの雛形は出来たから、あとは質を上げていく戦いになるね。時間との競争になんとかギリギリ間に合った感じ。
ワイヤー入りを作ろうとした時には驚いたね。なんと、魔法技術で生地の固定が可能とは! これは嬉しい誤算だった。ファンタジー世界に感謝!
それこそ金物屋とか鍛冶屋とかに部品を発注するもんだと思ってたもんな。完成品は軽くて柔軟性もあって、素材的には一周目をも上回るかもしれない。
もちろんすでに王都中の巨乳女性の圧倒的な支持を受け、生産が追い付かない状態! 私はこの世界の巨乳女性の救世主となろう、わはははは!!
そして今現在、軌道に乗り始めてイケイケ状態の『インパクト』本店へ向かう途中、私は強敵と対峙している。
それは、睡魔!!!
いくら忙しくても、生活リズムは崩さないように細心の注意を払ってたんだけど、昨日だけは、急ぎの仕事があって徹夜しちゃった。今日の朝イチで、店長に渡さないといけない書類があったから。それを基にした打合せにも出る予定。
徹夜明けのテンションのままで朝食の席に着いたら、叔父様に心配されちゃった。それで余計にガッツリ無問題アピールして、そのまま『インパクト』のある中流向け商店街に馬車で来た。
商店街は、日中は歩行者優先。夜間以外で乗り付けると、他の商店主から大ひんしゅくを買う。お客様の安全が第一だからしょうがないね。
でも笑えることに、キックボードがそこかしこに稼働し始めている。気軽な自転車替わりな感じ。一周目にどこかの外国であった自転車タクシーならぬキックボードタクシーが始まるのも、時間の問題だろう。ますます需要が増えそうだな。
でも魔法が使えない私は、馬車から降りて街中に入り、お店までの10分くらいを普通に徒歩で移動。
でも今は、その10分が、果てしなく遠い! ああ、子供の体って、睡眠不足がダイレクトに来る! 徹夜で遊び倒してた時代を基準にしちゃダメだね。さっきまで平気だったのに、なんか急にフラフラに。
普段規則正しく健康的な生活してるだけに、たまに無理するといきなり祟るわ。
おぼつかない足取りのせいで、何かにつまずいた。あ~、でも、足が出ない。
倒れかけたところを、後ろから誰かに支えられた。
「大丈夫ですか? お加減でも……えっ? 先せっ、グラディス!? どうしたんですか!?」
ルーファスだった。
「グラディス!? しっかりしてください!!」
ルーファスが、朦朧とする私を支えながら、焦って声をかけてきた。
「あ~、ルーファス、久し振り~」
「久し振りじゃありませんよ! どこか具合でも悪いんですか!?」
「眠い~」
知った顔があったおかげで、安心して急激に意識が遠ざかりかける。
「ちょっ、こんな往来で寝ないでくださいよ! 連れて行きますから、どこに行かれるんですか!?」
「インパクト~」
「インパクトって、こんな時まで洋服ですか!? グラディス、しっかり!!」
「道に迷ったら、左に~」
そこで、完全に意識が飛んだ。