出会い
その日、王城の厨房で殺人事件が起こった。
これは後から知ったことだけど、料理人と配膳係の殴り合いの喧嘩だって。もともと仲が悪かったのが、ついに爆発したらしい。配膳係は近くにあった包丁で、突発的に刺してしまった。
捕まったら死刑――配膳係はパニックになり、その凶器を手にしたまま、逃げ出した。
衛兵に追われながら、とにかくやみくもに走り続け、やがて人気の少ない庭園の方へと来た。
私たちのいる方へ。
まあそんなこと、私たちが知るわけもない。記念すべき、初対面の場なんだから。
私はと言えば、想定外の二人の美少年とのフラグの予感に、ハイテンション真っ盛り。
うっひょ~っ、なに、この子たち、可愛すぎ~!! ああ、お育ちのよさそうな雰囲気が何とも言えないわ~!
手に持った剣のお稽古用の木刀まで、コミで愛らしいんですけど!
まさかのハーレムイベントの開始っすか!? 年上のお姉さんは好き!? 恋の逃避行アリですか!?
脳内でひとしきり大はしゃぎしながら、二人の少年と、ちょうど見つめ合った時のこと。
遠くの方から、何か騒がしい叫び声が聞こえる。
みんな一斉に視線を送り、唖然とした。
何だアレ!? 血まみれの包丁を持った男だ! 不審者だよ!? すごい形相で、こっちに走ってきてるよ!
まあ、スラムではそれほど珍しい光景でもないけどね。温室育ちの坊ちゃんたちには、刺激の強い光景でしょうなあ~。
そのどう見てもまごうことなき危険人物は、みるみるこちらへと距離を詰めてくる。
あ、こりゃヤバイ。人質コースかな? もう完全に視線が私の方に向いてるんだけど。
そう思った瞬間、3パターンのビジョンが頭に浮かんだ。
例の記憶にないはずの脳内映像。
もうほぼ、未来の予測映像と断定していいよね。何しろ大預言者だし。最近ではよく起こるから大分慣れてきてて、ビジョンなんて呼んでる。
で、パターン1。私が素早く逃げると、矛先が赤い髪の子に向く。
パターン2。私に向かってきた犯人に空手技を繰り出すと、ウエイトとパワーが足りず、私は怪我をした上に人質にされる。
というわけでパターン3で行く。
私は棒立ちのまま突進してきた男に掴みかかられそうになった瞬間、その胸元の服を掴んで、相手の勢いのままに巻き込んで飛び込むように前転した。
背負い投げいっぽぉんっ!!
ふはははは! 私には前世で筋肉ゴリラ4頭から授けられた柔道技もあるのだよ!!
デカい相手には慣れてるし、子供の身でも隙を突けば素人くらい転がせるのだ!
流れるような勢いで、男の上でくるんと回転して立ち上がる。さっと距離を置いてから、会心の一本に悦に入りつつ男を眺める。
男は受け身も取れずに背中から地面に叩き付けられ、更には軽いとはいえ私の全体重がお腹に直撃し、とどめを刺されて悶絶していた。
あー、分かるわー。あれ息、止まるんだよねー。受け身なしで砂利道に落下とか、アリエナイわ~。
男はすぐに追いついた衛兵に取り押さえられた。
ハイ、一件落着!!
私は何事もなかったように、視線を元に戻した。
少年たちは、ぽかんと私を見返していた。
まあそうか。見ず知らずの小柄な女の子が、いきなり目の前で凶悪犯を軽く投げ飛ばして平然としてたら、そりゃビックリはするよね~。スラムの子たちなら、大歓声なんだけどな~。
褒めてくれていいんだよ、ホラ!
私の隣を見ると、カトーさんが苦笑いしてた。カトーさんは知ってるもんね。私と敵対した側だから。
とりあえず気を取り直し、私は笑顔で少年たちに話しかけた。
「私、ザカライア。大預言者だよ。よろしくね!」
これが後の国王コーネリアス・グレンヴィルと、後の宰相アイザック・クレイトンとの出会いだった。
この時、私には見えてたんだよね。
二人とも親友……というよりは悪友として、私と続いていく深い縁が。