事件現場
幸か不幸か、私にも悪い虫が寄ってきてくれました。
でも、すっかりチャラくなった元教え子でした。はあ~あ……。
かつての教え子、同じ日本からの転生者のトロイが、ニコニコしながら私の隣の席に勝手に座った。
「ねえねえ、君、すごく可愛いねえ。天使がいるのかと思って、お兄さんビックリしちゃったよ」
ははは、私もビックリだよ。内心で乾いた笑いが出る。
記憶に残る6歳当時のトロイは、前世の記憶に振り回されてノイローゼ寸前のほぼ引きこもり状態だった。それがなんとまあ、ある意味完全に吹っ切れたというか、立派になって……。
あの繊細な少年が、まさかこんなんなってしまうとは。ルーファスも、すっかり明るくなったとは評してたけど、ねえ……こっち方面に? まあ人生を謳歌していらっしゃるようで、けっこうなんだけれども。
ごく自然な調子で私の手を取ろうとするけど、断固拒否してスルっとかわす。ナンパ野郎に握らせる手の持ち合わせはないのだ!
深追いはしてこないけど、全然気にした風はないな。実に逞しい。
「あー、ホントに可愛いなあ。5年後に会いたかった。絶世の美女になるのは間違いないよね。君がよければ、ぜひ今からでもお付き合いしない? 光源氏は男の夢の一つだもんなあ」
おい、欲望がダダ洩れてるぞ。お前好みの女に育てる気か? 知らないと思ってんだろうけど、こちとら同郷だからな。原作は知らなくとも漫画なら読んでんだよ。死ぬほどイラつく男だったよ。
それにしても、12歳の少女をガチで口説く18歳の男……。絵面からすでにヤベーな。スルーしたルーファスが正解だったと認めざるを得ないようだ。ちくしょ~!
「悪いけど、私、可愛い男の子二人と待ち合わせしてるの。オジさんの入る隙はないわ」
気位の高い生意気な女の子の口調で、ピシャリと撥ね付ける。う~ん。いくら美形でも、君とは恋愛できる気がしないわ。当然だよね?
「うん、分かる分かる。君くらい綺麗な子だったら、彼氏の10人や20人いても当然だよ。一人くらいオジさんをラインナップに入れてみてもいいと思うな」
めげずに口説いてくる。コノヤロウ。10人や20人とは、お前の話か。
「じゃあ5年後に覚えてたらね」
絶対に守るつもりのない口約束で適当にあしらっても、まだ諦めない。
「ホント!? 約束だよ?」
「多分忘れてるわ」
「いやいや、僕は覚えてるから! この出会いは運命なんだよ!」
本当に、昔の姿が思い出せないほどの不屈のファイターに育っているのだけは、認めようか。褒めればいいのか、ガッカリすればいいのかは分からないけど。
「じゃあ、約束だよ! あっ、ミリアム! じゃ、またね!」
そこであっさりとトロイは引き上げていった。別の知り合いが通りかかったようだ。もちろん女の子の。
不撓不屈の男は、彼女に果敢に挑み、調子よく付いていった。
おいおい、またねって、名前も聞かれてないぞ。運命だからまた会えるってか。
「……」
う~ん。トロイのやつ、実に愉快な方向にはっちゃけちゃったもんだなあ。
私が刹那的な生き方を選んだように、あの子は享楽的な生き方で、この世界での人生を乗り切る道を選んだんだろうか。それで幸せに生きていけそうなら、口出しする気はないんだけども。
まあ、将来刺されない程度に頑張れとだけ、言っておこう。
「あれ、知り合い?」
ちょうど入れ替わるように、ノアとキアランが到着する。ノアの言う『あれ』とは、何度でも立ち上がるあの女の敵のことだろう。
「ただのナンパ男」
「あ~、一応君、黙って座ってれば超絶可愛いもんねえ。口開かないうちは」
ノアが一言多い褒め方をする。
「大丈夫か? 一人歩きはやめた方がいい」
キアランはちゃんと心配してくれる。この前思い切り泣いちゃって、ちょっと照れ臭い。
「そうだね。次は気を付けるよ」
笑って頷いた。それを見て、ノアが意味アリげな視線を向けてくる。
「ねえ、何かあった?」
「「何も」」
答える声が重なった。
「ふ~ん」
追及はしてこなかったけど、なんかカンに障るニヤけ顔だな。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
キアランに促されて席を立ち、バッグと花束を抱えて歩き出した。
「それにしても、今日もやっぱり目立つね。座ってるだけですぐ見つけられたよ」
隣を歩くノアの言葉に、首を傾げる。
「今日は大分地味目にしたつもりだけど」
「服装だけじゃないから。その容姿じゃ人目引くでしょ。この先もっとああいうのが寄ってきて、大変になるんじゃない?」
「そんなのどうしようもないじゃない。私は可愛くて綺麗なのが好きなんだから、わざと質を落とすとか、絶対しないからね。っていうか、更なる高みを目指すから」
「キアランに虫除け頼めばいいんじゃない? 王子様最強」
「今お忍びじゃない。いい加減なことを」
「おい、着いたぞ」
キアランの声で、会話が中断した。おっと、キアランがノアをちょっと睨んでる。余計なことを言うな、ってとこだね。心配しなくても王子様を虫除けになんて使いませんよ。
去年と同じく、邪魔にならない大通りの端に花束を供えて、祈りを捧げ、振り返って十字路の中央を見る。
あそこに、少女の惨殺された遺体が寝かされていたという。
1年前の惨劇などすっかりなかったかのようだ。ただ、今日に備えて市街に増やされたという警備兵が、数名いるだけで、あとは普段通りの風景だった。
けれど、一般人には見えないようだけど、うっすらと一帯に蔓延する黒い靄のような瘴気を感じる。この場所に来ると、やっぱり私の勘の働きが、ねっとりと纏いつくような瘴気に、妨害される気がする。
ただ、あの魔法陣のあった場所に開いた瘴気の穴は、やっぱり塞がってはいなかったと分かる。少しずつ、染み出すように噴き出している様子が、はっきりと目に見える。
この1年間ずっとかと思うと、それだけで不吉な予感が背筋を震わす。
「あれ?」
去年、魔法陣が描かれていたちょうど中心に当たる場所に、ささやかな一つの花束を見つけた。




