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直視

 ダンスの足は止めないまま、キアランの肩に顔を埋める。

 これじゃチークダンスだ。


 でも、今は顔を上げられない。


 周りには陽気な音楽が溢れてて、みんな楽しく笑ってるのに、それだけに余計、世界で自分一人しかいない気がしてくる。


 キアランは黙ったまま受け入れてくれていた。


 そういえば、人前で泣いたのなんて、いつぶりだろう? 少なくとも、二周目の覚醒以降、記憶にない。


 キアランの忠告は、核心の正しくど真ん中を突いてる。


 私がずっと目を逸らし続けてきたもの。考えても仕方がないと。

 見ないでいる時間が長いほど、もう視線を送ることすらできないほどに、際限なく膨らんだ恐怖。


 今を、目の前を、好きなことと楽しいことだけで埋め尽くしてきたのは、それ以外が入り込む隙間をなくすため。何かに夢中になって泳ぎ続けていないと、入り込んできた余計なものに足を掴まれて、溺れてしまいそうだから。


 どんなに必死で、全力で逃げ続けても、()()は私の少し後ろを、距離を保ってずっと付いてくる。振り切ることができない。


 熱中はしても真剣になることはない。ただ面白おかしく今を生きるだけ、っていうのはきっと、本当に人間らしい生き方とは違うんだろう。でも、()()に目を向けたら、生きていける気がしなかった。

 心の奥底に、ずっと張り付いたまま、引きはがせなかった思いがある。


 ――なぜ、私だけが、と……。


 二周目の人生の終わり間際、トロイに出会えて嬉しかったのは、私も同じだった。


 考えるのをやめて、目を逸らし続けて……これは自分の今の人生なんだと、無理に自分に言い聞かせながら、実際にはまるで、ゲームのキャラクターを俯瞰で見ているかのような生き方……。会社を作って、お金を稼いで、仲間や家族を増やして、フラグを立てて……ホントにゲームをしてるみたいだ。私の心の一部分しか、そこには置いてないから。


 全部適当でその場限りでいい加減。やりたいことだけやればいい。あとのことなんて知らない。重苦しくてめんどくさい感情なんかいらない。深刻になんてなってたまるか。

 だから私は、轢き逃げで殺されてすら、怒りも嘆きもしない人間なんだ。


 異常だなんて分かってる。でも、半分他人事にでもしないと、きっと怖くて動けなくなる。


 だけど三周目に入って、それはもっと重く、ひどくなった。


 私はどうして三周目を生きていているのだろう?


 その疑問を持った時に、当然のように気が付いた。

 もしかしてこの先、四周目、五周目――もしかしたら、ずっとその先まであるのだろうかと。


 怖くなって考えるのをやめたのに、キアランにガラテアの話を聞かされて、足元が崩れ落ちる思いだった。


 ――本当に、これは三周目?


 600年前の大預言者ガラテアは、まさか、私?

 じゃあ、300年前のデメトリアは? それよりもっと先、600年以上前の、この国の歴史が始まる前の時代は?


 私は一体いつから私を繰り返して、いつまで続いていくの?


 無限に続いていく恐怖に苛まれないためには、ただ、目を逸らすしかなかった。たとえどこかが蝕まれていくとしても。


 ああ、もう……キアランのせいで、結局シリアス面に堕ちちゃったじゃないか。どうしてくれるんだ。

 まだ、涙が止まらない。この先も、人生は続くのに。


「……今からでも、間に合うのかな……」


 思わず、呟いていた。

 ああ、私が誰かに相談するなんて。でも、どうしたらいいか分からない。顔を上げられない。責任を取れ、コノヤロウ。


 ただ黙って私に付き合ってくれていたキアランは、問われて口を開く。


「少なくとも、直視し続けていれば、いずれ選択肢を見出せるはずだと。そうすれば、変化は起こせる……師匠の受け売りだが」

「その師匠って、誰?」

「元王立騎士団長のダグラス・アッカーソンだ」

「……ぶっ!」


 思いがけない名前すぎて、シリアスなとこなはずなのに吹き出しちゃったじゃないか。


 同級生だ。


 学園時代、チートじみた私とギディオンに続く、常に万年三位の優等生。圧倒的な実力差にも決して諦めることなく、いつでも闘志むき出しで、ライバル視して挑みかかってきた。卒業するまで、あいつが私たちに勝つことは一度もなかったけれど。


 ああ、でも、そうだね。あいつならきっと、辛いことでも現実を直視しながら、一歩ずつ進んでいたんだろう。進路が違い過ぎて、卒業後の接触はほとんどなかったけど、目に浮かぶ。


 私が立ち止まってる間にもずっと、成長してたんだ。私以外のみんなが。


 私も、地に足を付けて歩き出せるようになれるかな……?


 キアランが言った通り、実態のないそれは、ほんの少し目を向けた今、増殖を止めた気がする。少しずつでも見て、整理していって、いつか――この人生の終わりまでにでも、受け止められるように、できるだろうか。


 もし四周目が来たとても、新しい一歩を踏み出していけるように。


 少なくとも、涙は止まっていた。


「師匠を、知ってるのか?」


 私の反応に、キアランが当然の疑問を投げかける。


「ううん。()は、会ったことないよ」


 答えながら、やっと顔を上げられた。上げられるようになるまで、待っていてくれたキアランに感謝だ。


 キアランのことだから、見れば私が何とか立ち直ったことも分かるんだろう。黙ったまま、微かな笑みが返る。


「あ……」


 目の前にあるキアランの肩が濡れている。王子様の礼服をハンカチ代わりにしちゃってた。


「ごめん、キアラン……」

「何のことだ?」


 キアランが素知らぬ顔で言う。

 ふふふ。いつかの逆だね。自然に笑顔が浮かんだ。


「ううん。何でもない」

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