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決壊

 ロクサンナと、マダム・サロメの素晴らしさについて思う存分語り合ってから、和やかに別れた。

 今の私でファッション談議に応じるのはあまり望ましくはないんだけど、まあ、基本大雑把な子だから大丈夫だろ。私も意識的にお高くとまったお嬢様モードだったし。

 さりげなく来店を誘導しといたから、今行けばあの新作の数々が目に留まるはず。ふふふ、憂さ晴らしに何点お買い上げしてくれるかな。


 落ち着いた風景の中をぶらぶらしながら歩いて戻ったら、広場がすっかりパーティー会場に変わってた。

 壇は片付けられて代わりに楽団、公園の所々に軽食の乗ったテーブル。貴族ばかりの夜会と違って、招待客には平民の名士とか、子供もたくさんいるから、雰囲気も大分砕けた感じ。洋物の映画とかで見た陽気で楽し気なフェスティバルみたい。堅苦しくなくてこっちの方が好きだな。


 ソニアはもういなかった。ロクサンナ同様、用事が済んだら、付き合いのある父親以外はさっさと帰されちゃったみたい。ホントにあの一族は身を律しすぎだよね。もっと楽しんでけばいいのに。そんなだから、女の子なら当然のオシャレに、ソニアが罪悪感を持つようになっちゃうんだよ。


 あの子のドレス姿が会場の注目を集めてるとこを堪能したかったなあ。周囲の反応も、第三者的な立ち位置から観察したかったのに。いつもは私が注目される側だから、意外とそういう機会がないんだよね。


 前のグラディスは興味のないことは全スルーだったけど、こういう堅苦しくないパーティーならぜひ参加したい。何の立場も責任もなく参加できるって、今思うとすごく気楽でいい。さすがに今日は家族で来たから、私一人で帰るわけにもいかないしね。


 ところで、こういうパーティーで、子供はどう楽しめばいいんだろう? この知り合いだらけの環境で、あまり悪目立ちするのも得策じゃないし。実際エイダにはバレちゃったもんなあ。まあ、あれはトリスタンと同じく特殊枠か。あんなのそうそういるわけがない。

 知り合いだらけといっても、グラディスとしてはほぼ知人ナシ。

 前世なら遠慮なく飲み食いに走ったけど、今はきちんと節制してる。パーティーの高カロリー料理なんて、恐ろしくて気軽に手が出せないよ。


 広場の中央で、楽団の曲に合わせて踊る人たちが目に入る。気取った感じじゃなくて、すごく楽しそう。パートナーがいれば、私の鍛えたダンスが披露できるんだけどなあ。

 誰か、知り合いいないかな。


「グラディス、一人か?」


 きょろきょろしてたら、人混みを割って声をかけてくれる人が!

 相変わらず気遣いの人というか、キアランだった。私が一人だから、気にかけてくれたんだね。


 雑然とした様相のパーティーのおかげで、王子様だからと目立っている様子がない。きっと気付いてない人も多いね。キアランも気楽そう。


「キアラン、ダンスしよう」

「いいぞ」


 出し抜けの申し込みにあっさり承諾。

 おお、さすが王子様。慣れた様子でセットし、音楽に合わせて踊りだした。


 ここでキアランにダンスを申し込んだのは、楽しむためよりも、この前の中途半端な別れ方が気になってたから。変なとこ見せちゃったもんな。誤魔化すなりとぼけるなり、ちゃんと決着付けないと、なんか落ち着かない。


「さすがにダンスで鍛えたと豪語するだけあるな」


 踊りだしてすぐにキアランが褒めてくれる。


「キアランもね。リードがすごく上手だね」


 お世辞でなく答える。本当に踊りやすい。そもそもいつも大人とばかり練習してるから、身長の釣り合う相手と踊ること自体珍しい。でもそれだけじゃなくて、すごく呼吸を合わせてくれる感じがする。相手や状況をよく観察する性格だからかな。

 体格の合う上手な相手と踊るの、すごく楽しい。本題を忘れちゃいそう。このまま有耶無耶でもいい気分になる。


「ジュリアス殿の受賞、おめでとう」

「ふふふ、ありがとう。キアランは毎年臨席してるの?」

「今年からだ。参加する式典が年々増えてる」

「王子様は大変だね」

「だが、この受賞式は格式張ってなくていいな。父上に楽しんで来いと放り込まれた」


 前回のことなど何もなかったかのような、何気ない世間話の応酬。

 思わず私の方が痺れを切らしてしまう。


「この前のこと、どうして聞かないの?」

「触れられたくないから、ダンスに誘ったんだろう?」


 ああ、ホントによく見てるなあ。完全に見抜かれてる。


「言いたくないことを無理に言う必要はない。ただ、心配にはなるが」

「心配してくれるんだ」

「そうだな。何があったら、人間がここまで変わるのだろうとは思う」


 さらりと聞き捨てならない言葉が返ってくる。


 私が変わった?


「それは、猫を被るのをやめたからでしょ?」

「本質的な部分のことだ」

「……」


 何を言ってる? まだ会ったことだって数えるほどなのに。基本的な行動や振る舞い方だって変えたわけじゃない。そもそも記憶覚醒前の私をろくに知らないはずなのに。


「どう、変わったと思うの?」


 気になるから一応確認。あてずっぽうに決まってるけど。

 キアランは物静かなアメジストの瞳で、私の目を見返す。


「初めて会った日のお前は、心までがすごく自由に見えた。今は、そう見えない。行動は自由でも、心が不自由だ」


 その言葉に、思わず息を呑む。冷水をかけられたようだ。続きを、ただ無言で聞くしかできない。


「今のお前を見ていると、俺の剣の師匠に言われたセリフを思い出す。恐れや不安から目を逸らすなと。実態を持たないそれは、逸らしている間に、自分の想像力で際限なく大きくなってしまうから。目の前の事実だけをよく見定めて、冷静に対処しろと」

「……」


 ああ、本当に……本当に君は、人をよく見ている。


 この私に、アドバイスを? 何十年ぶりのことだろうね。涙が出そうだ。


「……っ!?」


 あれ? なんだ、これっ……嘘!? 

 本当に、視界がぼやけ出してる。


 咄嗟に、キアランの肩に顔を押し付けた。

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