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口止め

 授賞式も終わり、あとは完全に立食形式の社交パーティーになる。大半の貴族は、こっちの方が目的だ。


 食事をしながら談笑するもよし、パーティーの場を離れて散策するもよし、子供たちだけでまとまって遊ぶもよしだ。

 叔父様たち受賞者は、この後もいろいろ忙しそうで、当分解放されないらしい。


 本当ならこの後すぐ、ソニアと合流するつもりだった。斬新なドレスをまとった、趣の違う美少女二人のきゃっきゃうふふを、ぜひアピールしてみたかった。

 でもその前に、片付けておかないといけないことがある。


 イーニッドにイヤイヤながらも連れて行かれるマックスを激励とともに見送って、人混みからそっと離れた。


 広場から少し離れれば、いつもの落ち着いた森林公園の風景が見えてくる。木陰の石畳を、人気のないほうに向かって、初めから目的地が決まっているような足取りで進む。

 実際、向かう先は決まっている。


 人の気配が完全に消えても、まだしばらく進んだところで、足を止めた。一人分を除いて。


「待った?」

「とんでもありません。さすがですね。何の打ち合わせもなく、待ち合わせができるのですから」


 そこには立派なローブ姿の、20代後半程の女性。かつての教え子にして、弟子のエイダが待っていた。


「お久しぶりです。お師匠様。転生をお喜び申し上げます。まさか、ラングレー公爵家のあの悪名高い御令嬢がお師匠様だったとは。まさに、イメージ通りと申しましょうか」


 王国の筆頭預言者が、小さな少女に恭しく礼を取る。この姿って、傍目にも見られたらヤバイんだけど。


「頭上げて。私のことは絶対に黙ってて。それを言うために会ったんだから」

「え!? い、いえ、しかし、それはっ……」

「私は、ただの貴族令嬢として人生送るつもりだから、邪魔しないでね」


 きっぱりと言いつける。でも、相応の立場の自覚を持つエイダは、素直には頷かない。


「それは、国家の利益を棄損する行為です。筆頭預言者として、知った以上は、報告をしないわけには……」

「その報告をする方が、国家の利益の棄損になる行為だよ」


 エイダの目の前まで歩み寄り、その目を皮肉げにのぞき込む。


「もし報告するというなら、私はこの国を捨てる」

「お師匠様!?」


 思ってもいなかった宣言に、エイダは目を見張った。


 半分本気、半分ハッタリ。今まで築き上げてきた環境を捨てるのは辛い。家族とも離れ離れになってしまう。特にジュリアス叔父様。

 でも、結局王城に逆戻りすることになるなら、全部捨てるのと同じことじゃないか。

 転生してまで、また二周目の人生を繰り返すつもりはないんだよ。


「私はね、今度の人生は自分のために生きると決めたの。また国家と他人のためだけに生きることを強いるなら、今すぐにでもこの国を捨てる。幸い資金はうなるほどあるし、私なら、どこででも生きていける。大預言者を神聖視しない国に亡命するのもいいかもしれない。たとえ文無しでも、私の力は無限の金になる」


 かつての弟子の目を、見上げながらにっこりと微笑んだ。


「でも、もし黙っていてくれるなら、これから君が予言に困ったとき、いつでも手を貸そう。もちろん周囲には分からないように。全部君の手柄にすればいい。それとも、せっかく手に入れた筆頭預言者の地位を捨てる? 私は君より年下だ。上がれるチャンスは二度とないよ」


 反応が揺れてる。もう一押し。


「全てを失うのと、必要な時だけでも私の手助けが受けられるのは、どっちが国家のためになる? 君の判断に任せよう。賭けに、出てみるといい。この私との鬼ごっこに、君が勝つ自信があるのなら」

「……本当に、生まれ変わっても、全然変わってないんですね――ザカライア先生」


 エイダが溜め息をついた。よし、押し切った!


 私に嘘が通用しないことは、お互いよく分かってる。エイダは、何も気付かなかったことにする決断をしてくれた。


「ホントに、困ったときには教えを請いますよ? これでも若くして筆頭になったことで、苦労してるんですから。お師匠様が相談相手になって下さったら百人力です」

「それはいいけど、絶対にばれないようにね? 身元が分かるような手紙なんて出さないでよ?」

「分かってます」


 そこで、私たちは言葉を切る。人の気配が近付いてきた。相手も、私たちの気配に気が付いている。只者ではないことが直感で分かる。不自然に慌てて離れるより、このまま自然さを演出しよう。

 ボロ出すなよ、と目配せしたところで、その人物と遭遇した。


 あー、また、教え子だ。


 オルホフ公爵ロクサンナ。世間ではロクサンナ公爵の方が通りがいい。

 南に領地を持つ、通称砂漠の公爵。ダークブロンドの長い髪を横に流した、琥珀色の瞳の美人。王国中でアイドル並みの人気を誇る、五大公爵の紅一点だね。


「あれ~、エイダじゃない。こんな人気のないとこでなにしてるの?」


 気さくに話しかける。そういえば二人はバルフォア学園で同級生だった。


「散策よ。自然の中はインスピレーションが湧くの」


 エイダも当たり障りなく答える。


「その子は?」

「迷子。広場へ戻る道を教えていたところよ」


 ロクサンナは私を頭からつま先まで眺めて、面白そうに笑った。


「あなた、トリスタンのとこのお嬢さんね? 噂通り、とっても素敵ね。妖精みたい」


 おお、さすがファッション通! 分かってくれるか! 今日のテーマは妖精なのだ!


「オルホフ公爵、お会いできて光栄です。グラディス・ラングレーと申します」


 内心のサムズアップなどおくびにも出さず、令嬢の鑑かのような挨拶を返す。こう見えても礼儀作法は完璧なのだ。見てくればかり飾り立てても中身がお粗末なんて、グラディスの美意識に反するからね。エイダの無になった視線なんて気にしない!


「よろしく、グラディス。あなたもマダム・サロメのファンなの? 私もそうなのよ。でも、今日のはちょっとお付き合いのある所から提供されたドレスで、どうにも気が乗らなくて。最低限の式だけ出席して、さっさと帰るとこなの」


 初対面の少女に、なんともダメな大人像を見せつけるロクサンナ。まあ、気持ちはわかるけどね。珍しくいまいち似合わないドレスを着てると思ったら、仕事上の関係で仕方なくだったわけね。大人は大変だね。

 学生時代のこの子とは、よくオシャレ談議に花を咲かせたものだったけど。

 ザカライアからヒネクレとワルノリと人の悪さを少しだけ抜いて、代わりに常識と品の良さと落ち着きを少しだけ足したような子。あくまでも少しだけ。小型ザカライアというなかれ。もちろん気が合ったけれども。


「マダム・サロメのドレスを着た公爵は、いつもとても素敵ですものね」


 さりげなく追従と宣伝をかますと、我が意を得たりとばかりに頷く。


「そうなのよ! あそこのデザイナーは天才ね! 私が一番好きな服、私に一番似合う服を、私より完璧に把握してるのよ。サロメさんに会ってみたいって頼んでも、企業秘密だって会わせてもらえなくて。きっと素敵なお話が聞けるのに」


 ああ、満足してもらえてるようで、なによりです。これからもあんたの気に入るドレス作ってくから、広告塔はよろしくね。

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