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ソニア・エインズワース(親友)

 私は、グラディス・ラングレーという人が好きじゃなかった。


 噂でしか知らないけれど、とても好きになれるタイプじゃないもの。

 武の最高峰、責任ある公爵家の一人娘でありながら、鍛錬には見向きもせず、贅沢三昧だなんて。


 私は今日も血を吐く思いで修練に臨み、実戦の狩りに出る。最近は、私一人の力でも魔物を倒せるようになってきて、手応えを感じている。努力は、確実に私を強くしてくれる。

 おじい様、叔父様たち、お兄様たちはとても厳しいけれど、結果が出るなら付いていかない理由がない。

 女性騎士だったアレクシス叔母様は、現場を退いて王妃としての務めを果たしているけれど、私は将来騎士と結婚して、夫とともに戦っていけるようになりたい。

 

 貴族には義務がある。戦えないならば、それ以外の方法で領民を支える方法はいくらだってあるわ。なのに義務を果たさず、権利だけ行使する人を、私は軽蔑する。


 ああ、でも会ったこともない女の子をこんなに意識してしまうのは、きっと羨んでもいるからだわ。

 明日のお茶会に着ていくドレスを見ると、溜め息しか出ない。


 お母さまが私に用意してくれたドレスは、好みとは違うし、あまり私に似合うとは思えない。背の高い私には、可愛らしすぎるわ。

 本当は自分で選んでみたいけれど、「あなたは訓練に専念していていいのよ。それ以外はお母さまが全部引き受けるわ」と、献身的に支えてくれるお母さまに、何か言えるはずもない。

 だから、高級ブランドで、好きなファッションを思いのままに楽しんでいるというグラディス嬢を、余計不愉快に思ってしまうのかもしれない。

 自分は自分で頑張ればいいだけなのに、人を妬んでしまうなんて、まだまだ心が弱い証だわ。

 こんな風だから、いつもお兄様方にも、厳しく叱責されてしまうのよ。


 お茶会の当日も、やっぱり自己嫌悪してしまうことが起こった。

 数人の令嬢が、一人の女の子に意地悪をする相談をしている。関わるのが嫌で、思わず距離を開けてしまった。でも気になって離れすぎることもできず、中途半端な距離を保つしかできない。

 彼女たちは集団で、歩いてきた女の子に絡みだした。


 私は目を奪われた。完璧な人形みたいにきれいな子。でも、何より目を引くのが、その装い。


 昼間のお茶会で、それも、王子のキアランと知り合う機会のこの席で、黒のドレスだわ!

 でも、キラキラ光る白金の髪にとてもよく映えてる。それにピンクのリボンやフリルの装飾で、インパクトのある黒地が、逆に可愛らしく見えるほどだわ。


 その子は、場の空気が変わるくらいの注目を浴びている。とても素敵だけど、あんなに目立つから、目を付けられてしまったのかしら?


 ああ、数人で注意を引き付けて、後ろでドレスの裾にお茶をこぼしている!?


 止めに行きたいのに、怖くて動けない。どうしてこんなに心が弱いの!

 魔物相手なら立ち向かえるのに、女の子同士の諍いに飛び込んでいく勇気がない。


 でも、驚いたのはその続き。

 あの子は女の子たちに囲まれながら、怯むどころか、歯牙にもかけなかった。きっと意地悪されていることにも気付いていないままで、無自覚に撃退してしまったわ!


 ああ、こっちに来る! 慌てて目を逸らす。私の傍を、颯爽と通り過ぎて行った。格好いい!


 その堂々とした姿をつい目で追ってみると、キアランの前で立ち止まった。

 と思ったら、さっさと立ち去ってしまう。あの子、キアランすら眼中にないのね!


 なんて印象的な子なのかしら。お友達になりたかったけど、声をかける勇気もない。ただ、見送るしかできなかった。


 でも、再会の日は早く訪れた。


 イングラム公爵家での武道大会。呆気なく負けてしまった。

 相手の子の気迫に押されて、実力も出せないままに。戦闘力では勝っていたはずなのに、この弱気のせい。

 兄様たちも私の心の弱さを心配して、一生懸命導こうとしてくれているのに、私もどうしていいか分からない。


 そんな時に、あの子は現れた。相変わらずとても目立つ、でも素敵な衣装。

 その美しさと、何よりも強い眼差しに、みんな射抜かれた。


 この子があの、悪名高いグラディス・ラングレーなの!?


 これは醸し出す雰囲気のせい? 人並外れた意志の強さ? それとも頭の回転の速さ?

 剣の一つも振るえない華奢な女の子が、私より強い兄様たちを圧倒してる。


 誰にも揺さぶられない、こんな強さがあるんだ。人の目なんて何も気にしない、自分を貫く強さ。

 私も彼女のようになりたい。


 その出会いから、私は戦闘に関してだけでも、自分の意志をはっきり表明するように努めた。兄様たちも、これまでのように頭ごなしではなく、私の意見に耳を傾けてくれるようになった。きっと兄様たちも、彼女との出会いで感じるものがあったのね。他人への影響力が尋常じゃないんだわ。


 そして三度目の出会い。

 強くなるためには、余計なことに気を取られている暇はないと思っていた私の思い込みを、グラディスは吹き飛ばした。直線上しか見えなかった視野が、突然に開けたよう。


 彼女は言ってくれている。

 私が選んでいいのだと。全ては私の努力次第だと。


 グラディスに背中を押されたら、家族相手にも勇気を出せる気がする。

 あんな風になれるなら、私は頑張れるわ。努力なら得意だもの。


 ああ、そして今、私は憧れのマダム・サロメにいる!

 

 そこで更に驚く事実を知った。

 友達になった私に、とっておきの秘密の話。


 彼女は、一族の資産をただ食い潰すだけの浪費家じゃない。

 私とは打ち込む分野が違うだけ。好きなものに対する信じられないほどの行動力。

 誰にも負けない情熱と才能を持ち、努力を努力だと気付かないほどにのめり込める人。


 他人に何と言われようが、気にも留めずに。


「あの子の初めての女の子のお友達ね」と後でこっそりサロメさんが教えてくれた。


 お友達! なんだか、頬が熱くなる。

 私にとっても、初めての――。


 私にはこの日、尊敬できる親友ができた。

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