親友
通いなれたマダム・サロメ本店の正面入口に、ソニアを連れて入る。
「わあああ……」
ソニアがきょろきょろと店内を見回した。店内に展示された数々の衣装や小物。王都の最新ファッションがここで分かる。
普段は落ち着いた感じなのに、年齢相応に緊張してる様子が、とても可愛い。そうだよね。女の子の夢と憧れが詰まってるでしょ。
「グラディス様、ようこそ。お品がちょうどご用意できていますよ。ご試着されますか?」
ある意味同僚でもあるスタッフたちが、一斉に迎え入れてくれた。私の常連っぷりにソニアが目を丸くした。もちろん店のトップから見習いまで顔見知り。
「ありがとう。それは後で。今日はちょっと別の用事があるの。サロメ、いる?」
「はい、作業場に」
「そう。じゃあ、私もしばらくこもるから、あとよろしく」
「はい、畏まりました」
勝手知ったるスポンサー。店内を通り過ぎてスタッフルームの扉を抜ける。
「グ、グラディス?」
ソニアが戸惑っている。そりゃそうだ。明らかに客の領分を超えてる。
「もともとここは、私が資金提供していたの。立ち上げ時から関わってるわ」
「ええ!? で、でも、え!? 何年前っ?」
「5歳の時からだから、6年前ね」
「……」
ぽかんとするソニア。そりゃ、魔物狩りに参加する5歳児の貴族子弟は山ほどいても、企業経営にゼロから手を出すとかまず聞かないよね。記憶覚醒以前の知識なし時代のことだから、純粋に私のファッションに対する情熱の結果だね。サロメと出会ったことも大きいけど。
「奥に作業場があるの。周りの物は触らないでね」
「え、ええ……」
訳も分からず頷くソニアを連れて、サロメの広い作業場に入った。
「サロメ~」
作業用ボディーの前で立体裁断をしてる美女に声をかける。
「あら、グラディスちゃ~ん。ドレスの仕上がりはどうだった?」
「それは後でのお楽しみに取ってあるの。その前に別のお楽しみがあってね」
「あら、今度はどんな楽しいことがあるのかしら?」
いたずらめいた瞳を、私の後ろのソニアに向ける。
「あら、可愛い子。お友達?」
「ええ、彼女のドレスを大急ぎで仕立ててほしいの」
「納期は?」
「10日!」
「あらあら大変ねえ。でも何とかしてあげましょう」
「ふふふ。ありがとう」
サロメは早速スタッフに指示を出し、ソニアの採寸を取らせる。
その横で、私とサロメは内容の打ち合わせ。
「2週間後のハーヴィー賞の授賞式に着ていくの。今製作中の私のドレスの中から、サイズを仕立て直したら間に合うでしょ?」
「ああ、そうね。それなら十分うちの名に恥じないものがお渡しできるわ」
二人そろって、作業場の一角へと向かう。そこには私専用のスペースが設けてあって、常時10体を超える私サイズのトルソーが、作りかけの衣装を纏っている。
「ああ、ほら、これ! 絶対ソニアに似合うと思うの」
その中から、一着のドレスを選ぶ。チュールレースを重ねたスレンダーラインで、デコルテを広めに出した可憐かつちょいセクシーな薄いブルーのドレス。
今現在、この程度の露出は、王都では最新ファッションとして受け入れられてる。私たちの数年来の努力の結果だ! 次は肩を、その次は二の腕、そしていずれは背中まで丸出してやるのが目標。
私はまだ若すぎてそっちのジャンルでの広告塔になれないから、ロクサンナ公爵に大活躍してもらわねば! すでに私の中では勝手に、ロクサンナがお色気担当の宣伝要員として任命されているのだ。
「いいわね。長身で細身だし、あの子の雰囲気に合うわ」
採寸が終わったソニアを呼び、デザイン画を見せて確認してみた。
「これ、どう?」
見た瞬間に、ソニアの目が輝いた。よし、よさそうだ。
「……素敵。でも、大胆過ぎて、私に着こなせるかしら……?」
「私たちは、似合わないものは絶対に勧めないよ」
不安を吹き飛ばすべく、絶対の自信を持って断言する。着たことのないジャンルの服は、物怖じしちゃうからね。まあ、無理強いはしない。答えも分かってるしね。
「私、着てみたい」
「よし、決まり! じゃあ、最終デザインを詰めちゃうから、ちょっと待ってて」
サロメと二人で、ソニア用のデザインに改編する話し合い。クールな天使系の私と違って、ソニアは凛々しくも初々しい雰囲気。きっちりそれに合わせて仕上げてあげないとね。
「そうするとここはどうなるのかしら?」
「え~と~」
本棚の一角を丸ごと埋めるデザイン帳の中から、目当てのナンバーを取り出してめくる。どこにどのデザイン画が入ってるかは全部記憶してる。
「このパターンで行こう。表面は凛として気高く、内面はナイーブで純真。ソニアのイメージにぴったり」
「なるほど。さすがグラディスちゃん」
30分くらいで固まったイメージを手早くデザイン画に起こして、依頼人の確認を取る。ソニアはデザインよりも、私を見て驚いていた。
「グラディス、デザインもできるの?」
「あら、グラディスちゃんは、うちの専属デザイナーなのよ?」
「ええっ!?」
私より先に答えたサロメは、ソニアの反応を満足そうに眺めてから、私にいたずらっぽく微笑む。
「隠すつもりもないから連れてきたんでしょ?」
「まあねえ」
ソニアが秘密を守れる子なのは分かってるからね。同い年の親友、欲しい。
「その棚のデザイン帳は、全部グラディスちゃんが描いたのよ? ここ4~5年の王都の最先端の流行は、ほとんどグラディスちゃんが生み出してるんだから!」
「どうしてサロメが自慢してるの」
「自慢したかったのよ~お。だって、誰も知らないなんて、もったいないじゃない。あなたはこんなに凄いのに!」
30近く年上の親友が、もどかしそうに答えた。ああ、彼女なりに全力アシストしてくれてるのだな。その気持ちが嬉しい。
デザイン画と私を見比べながら、ソニアがキラキラと瞳を輝かせていた。
「グラディス。こんなに、素敵なドレスを考えてくれて、ありがとう」
声を詰まらせながら、お礼を言われる。その顔が見れただけでも、デザイナー冥利に尽きる……ってのは、建前だね。友達になりたくて動いた結果だから、ただのグラディスとして嬉しいんだね。
「どういたしまして」
初めてできた女の子の友達は、その日のうちに親友になりました。