女友達
「マックス、もう、大丈夫だから」
更衣室の前で、マックスの手を放す。
「ああ、もう顔色は戻ったな。じゃあ、すぐ着替えてくるから、ここで待ってろよ?」
「うん」
更衣室に入るマックスを見送って、傍のベンチに腰を下ろした。まったくマックスの心配性にも困ったもんだね。
まあ、心配させた私のせいなんだけど。でも、気分は戻ったから、もうすっかりいつも通り。
この待ち時間だって、実はすでにウキウキしてる。
この後、久し振りにマックスと街歩きをして、マダム・サロメに寄る予定だからね。
二週間後に迫った、ハーヴィー賞の授賞式に着ていくドレスを受け取りに行くのだ!
ラングレーから戻ったその足で、即座に持ち込んだデザイン。今日、出来上がり予定!
体型が女の子らしくなってきたこともあって、ちょっと大人っぽいラインにチャレンジしてるんだ。
ああ、早く試着したい。楽しみだなあ!!
ワクワクする私の前の扉が開いた。女子更衣室から、ソニアが出てくる。彼女も怪我は軽めだったから、ひと足先に治療を終えて着替えてたみたい。
「こちら、どうぞ?」
「ありがとう」
彼女も従兄弟待ち。私の隣に座る。間近で見たソニアの目は、きれいな緑色だった。
おお、黒髪にグリーンアイズ。ザカライアとお揃いだね。
「あなた、すごく強いのね。あの中に混ざっても、全然負けてなかった」
私の感想に、ソニアははにかんだように微笑む。
「強い女性騎士が、私の夢だから」
おお、モテモテを誉められた時とは、反応が全然違う! ソニアの自負がはっきり見えるね。
それから、アッと気が付いたように私を見た。
「私、自己紹介がまだでしたね。ソニア・エインズワースです。よろしく」
「よろしく、ソニア。私のことはグラディスと呼んで。同じくらいの年かしら?」
「ええ、グラディス。私もあなたと同じ11歳よ」
え、なんで知ってるの? と思う私に、ソニアはくすりと答える。
「あなたは有名人だもの。ずっと前から知っていたわ」
そういえば、前にノアにも似たようなこと言われたな。どういう意味で有名なのかが気になるとこだけど、まあ、どうせ、悪評だろう。
でも、ソニアの目には、はっきりと憧れの色があった。
「今日のドレスもとても素敵。――でも、私は……」
私を誉めた後で、ため息をつく。
「どうしたの?」
「あなたも再来週のハーヴィー賞の授賞式にはいくんでしょう? お身内が受賞者ですものね」
「ええ」
「エインズワース家からは、私たち家族が出席するんだけど、うちの一族はオシャレに無関心だから……」
ああ~……。なるほど。たしかにあの一族は男だらけの超ゴリゴリ脳筋体育会系。ドレスなんて、着れりゃ一緒だろ、って感じだろうなあ。目に浮かぶわ。思春期目前の女の子としては、いろいろ思うところもあるよねえ。
「授賞式のドレス、気に入らなかったのね?」
「でも、それは私の我儘だから……。そんな暇があったら、訓練に励まなきゃ……」
少し沈みがちに、自分に言い聞かせるように呟く。
まあ、11歳の女の子が一人で一族の方針に逆らうのは、勇気がいるよねえ。というか、無理か? あそこは家長が最強な家風だし。あれ? うちのトリスタン、一族に大分蔑ろにされてね?
まあ、子供としては、私みたいに好き勝手出来る方が珍しいんだよね、多分。
でも、好きじゃないドレスでパーティーとか、超テンション下がるよなあ。一周目の私と違ってこんなに可愛いのに、戦闘オンリーってのももったいない。
あの頃の私とちょっと似てるかもね。可愛く着飾るということは、とてつもなく高いハードルだと思ってた。私なんかにはとても無理だ、バカにされて笑われるだけだと。
好きに打ち込めるようになった今思うのは、なんでもっと早くやらなかったのだろう、ってこと。自分の気持ち一つの問題だったのに。人の目なんか気にしないで、自由に、好きなようにやればよかった。
「ソニアは、欲しいものは一つしか手に入らないと思ってる?」
私の質問に、ソニアは首を傾げる。何を当たり前のことを、とでも思ってるね。
「あなたの目標とするゴールは、強い騎士ね? で、それだけで終わり? 欲しいもの全部選び取るのが難しいことは多いよ? でも、訓練とオシャレは、両立できること。強くなるために諦めなければならないほど大層なものじゃないよ? 両方やればいいでしょ? たるんでるとか不謹慎だとか言う頭の固い男どもの押し付けなんて、気にする必要ない。女の子だもん。ほら、ロクサンナ公爵みたいな人もいるし。あの人、強いけど着飾ることにも目がないよ」
「え?」
私の言葉は、随分思いがけない考え方だったみたい。驚いて訊き返す少女に、畳み込む。なんか、堕落に誘うヘビみたいだな、私。
さあ、一緒にオシャレ道に堕ちようじゃないか!
「可愛くしたいなら、していいの。ふふ。鬼神の強さを誇る美しき女騎士なんて、最高じゃない。まるで物語の一節みたい。あなたの才能と努力なら、それは可能だよ?」
私の一言一言に、ソニアの緑の目が見開かれた。
「ただ強いだけの女騎士か。強くて美しい女騎士か。選ぶのはあなた。全部あなたの意志ひとつのこと。ソニアは、どっちを選ぶの?」
おっと。女友達へのアドバイスのつもりが、ちょっと預言者入っちゃったかな。まあいいや、11歳なら分かんないだろう。
一族の目を気にせず好きにする勇気がないならしょうがないけど、もしその気概があるなら手伝ってあげよう。
「わ、私、あなたみたいになりたい!」
勇気を振り絞るような叫び。燻ってたモヤモヤが、晴れたみたい。
「うん。じゃ、この後ヒマ? 一緒にマダム・サロメ行こう」
「え!?」
「この後ドレスを取りに行く予定なの。コネがあるから、授賞式までにあなたのドレスも用意できるよ?」
ソニアの顔が輝いた。
王都の女性の憧れブランド。最近では一流になり過ぎて、オシャレ最前線に立ってない女性には、なかなか敷居が高いらしい。一緒に行ってあげたら心強いだろうね。新たにティーンズブランドも欲しいとこだな。
「予定は大丈夫?」
「ええ! この後は兄様たちとの食事だけだから!」
おっと、兄様たちに恨まれそうだ。まあ、気にしないけどね!
ちょうど話がまとまったところで、更衣室から男子たちががやがやと出てきた。
「あ、マックス! 予定変更したから。ソニアと一緒に、これからマダム・サロメにお買い物! あんた達先に帰ってていいよ」
「「「「「え!?」」」」
少年たちの声が見事にハモった。不満そうな顔で口を開きかける少年に、圧力を込めた笑顔を向ける。
「まあ、まさかエインズワース家の殿方には、女子会に参加する趣味でもあるのかしら? お望みなら素敵なドレスを選んでさしあげましょうか?」
「うっ!」
言葉に詰まった少年の肩を、マックスが諦め混じりの顔でポンと叩く。
「諦めろ。勝てないから」
そうそう。戦略的撤退も作戦のひとつです。
そして初めて女の子の友達ができました。