動揺と本音
「ちょ、ちょっと待って。そんな話、どんな本でも読んだ憶えないよっ!?」
600年前の初代大預言者も、毛虫がダメだった!?
いやいやいや、そんなの初耳だよ!?
内心の動揺を隠せないまま、胸倉を掴む勢いで訊き返す。
前世も含めて、私の歴史書読書量は尋常じゃない。
初代国王ハイドやその他の賢臣とともに、国を作り支えた大預言者ガラテア。
国家の創世記なんて、特に美味しいイベントやエピソードが盛り沢山の時代。その辺りは、史書でも物語でもジャンル問わずで王城中の書物を読破してる。
そのどの文献にも、そんな記述は見たことがない。見てれば絶対覚えてるはずの内容だもん!
「既刊の本にはないかもな」
慌てる私は相当不審なはず。でもキアランは追及せずに答えてくれた。
「俺が読んだのは、王家所有の古文書だ。建国時のできごとを調べていた時に、当時の先祖の日記にあった。ガラテア様が巨大な毛虫のような魔物に襲撃されたとか。間一髪で事なきを得たのはいいが、胴体を一刀両断された魔物の切断面から、体液と内容物が津波のように」
「いやああああああああああっ!!!!」
説明を遮る。もう無理、限界!!! 想像力が私を殺す!!! そんな目にあったら、本当に死ねる!!
もう、足がガクガクです!!!
「あ、ああ、すまない」
キアランが取り乱して崩れ落ちそうな私を、慌てて抱えるように支えてくれた。
「気分のいい話ではなかったな。――まあ、そういうわけで、それ以後同様のものがトラウマになった、という内容だったが……」
核心を避けつつ、律儀に最後まで説明してくれた。
なるほど、確かに個人的な日記の内容なら、そのエピソードが知られていなかった理由も分かる。まして物体Xまみれなんて、ガラテアの外聞にも関わる話だし、気軽に吹聴できなかったのかも。
でも、それどころじゃない。
ちょ、ちょっと、待って……。
今、私の中で、恐ろしい一つの仮説が……。
いや、待て待て待てっ! これ、ダメなやつだ。これ以上掘り下げたら……。
――マズイ……!!
メンタルだ、メンタル!! これ以上考えるな!!! これ以上は、足元が崩れ落ちる!!!
いつもの自分を保つんだっ、私にはできる!!!
頭の中のマイナスイメージは、全部追い払え!!!
「……え?」
悪い空想に頭を支配されかけた私の背中が、いつの間にか優しくトントンと叩かれていた。
「グラディス、落ち着け。大丈夫だ」
キアランが、赤ちゃんをあやすように私を包み込んでなだめていた。
ちょっ、王子様が子守りっ?
ああそういえば、たくさんいるエインズワース家の小さい従兄弟たちの面倒も、向こうの本家に行ったらちゃんと見てるらしい。目の行き届くしっかり者だから、いい子守だろうな……って……。
「あ、あれ……?」
気付いた時には、素っ頓狂な方向に思考が飛んでいた。
気持ちが切り替わってる。
「は、はは、は……」
体から力が抜けた。
は~、危なかった。もうちょっとでシリアス面に堕ちるとこだったよ。私がシリアス入ったら、シャレにならないでしょーよ。
気楽に適当に刹那的に。
それでいい。いい加減がいい。
この世界での私の唯一絶対の処世術。それでしか、きっと生きていけない。
深く考えたらダメなんだ。
本質は、多分私もトロイと同じ。ただ、あの子と違うのは思考放棄したことだけ。だって考えたって、どうにもならない。命がある限り、ここで生きていくしかない。
得意のメンタルコントロールで、ポジティブに、楽しいことだけを見て、今を面白おかしく生きられればいいと。
だから私は、生きている間は今だけを楽しむ。人生はそれでちゃんと、死ぬまでは続くから。
本当は、後のことも先のこともどうだっていい。前向きな自暴自棄で、いいじゃないか。それで二周目は乗り切れたのだから。
一息ついて、キアランから少し体を離した。紫色の瞳が、心配そうにのぞき込んでいる。
「ありがとう、もう大丈夫。落ち着いたから……」
キアランは、私が自分を取り戻すまで、ずっと静かに支えながら待っていてくれた。
「悪かった。そんなにショックを受けるとは思わなかった」
「キアランは、気を遣いすぎ。私が訊いたんだよ?」
私の方が謝らなきゃいけないくらいなのに。
「……グラディス、お前……」
「グラディス!?」
何か口を開きかけたキアランの言葉を、後ろからの叫び声が掻き消した。
戻ってきたマックスだ。
「どうしたんだ!?」
今にもキアランに詰め寄りそうな顔で驚いてる。
顔面蒼白で王子様にしがみついてたら、そりゃ心配させちゃうね。そして何か誤解もしているね。とりあえず睨むのをやめなさい。
まだ本調子とは言えないけど、なんとか笑顔を返す。
「大丈夫。ちょっと、毛虫……」
「あ、ああ……」
それで理解してくれた。キアランから離れた私の腕を支えてくれる。
「本当に大丈夫か? 顔色が悪いぞ。早く行こう」
「うん。……じゃあ、キアラン。ありがとう。またね」
「……ああ。また」
軽く別れを告げて、マックスとその場を後にした。
キアランが言葉の続きを言わなかったことに、少しほっとしていた。