玩具
結婚式も無事終わり、1ヶ月以上になった滞在を終えて、明日はラングレー領を発つ。
また馬車で5日かけての旅程になるけど、今度は家族揃っての初めての旅行。行きのような退屈はしないはず。
とは思ってたけど、私以上に堪え性のないトリスタンに、そんなのんきな旅なんてできるわけがない。昨日ひと足先に、一人で乗馬で出発しちゃった。ホント気まぐれで勝手な奴だ。多分今夜中には、王都の別邸に到着してるだろうね。
というわけで、イーニッドとマックスと三人での旅になるわけだね。
ラングレー城でのお泊りは今日で最後。そんな私の隣を歩くマックスの手には、ものっすごく懐かしさを覚える品が抱えられている。
ははははっ! やっと、届いたぞ! 出発に間に合わないかと思った~。
その名も、ちゃらららっちゃら~ん! キックボ~~ド~~!! っだ!
前にちょっと思いついたやつ。 こっち来て暇だったから、城下の鍛冶屋に発注してたのが、ギリギリ昨日の夜に私の手元に届いたのだ!
部屋でちょっと乗ってみた感じでは、問題なく前に進んだ。
やっぱりここの技術でも、このくらいの物なら私の説明程度で出来るんだね。馬車が造れる技術があるんだから、その簡易ミニチュア版みたいなもんなのかな。
合金とか素材的な技術が劣る分の強度は、魔法技術的な何かでカバーされてて、見た目の造りは大分華奢な感じ。棒のてっぺんに自転車みたいなハンドルが付いてて、足元にはスケボーみたいなタイヤ付きの板がある。
早速試してみたくて、朝食後すぐ、城の中庭に持って行った。
「それで何なんだよ、これ」
荷物持ちのマックスが物珍しそうに、自分の手から謎の商品を地面に置いて訊いた。
「ふふふ、これは、こう使うのだ!」
両手でハンドルと握り、ボードに片足を乗せて、反対の足で地面を蹴ってみる。
「……あれえ?」
何度かやってみて、恐ろしいことに気が付きましたよ。
これ、舗装道路でないとまともに進まない!!!
「思ってたのと、なんか違う~!」
ガッカリして、地面に降りる。土がむき出しのデコボコ地面じゃ、ひと蹴りで30センチ進むかどうか。しかもガタガタ揺れて乗れたもんじゃない。
この世界に舗装道路なんてない。せいぜいが石畳。これじゃ、全然楽しくないや。
「ちょっと俺にも貸して」
「うん、でも、全然進まないよ」
私の手から渡されたキックボードに、今度はマックスが興味深そうに乗ってみた。
ひと蹴りで、いきなりのロケットスタート。
「おー、こりゃいいなあ、おもしれー」
段差なんて何のその、面白いくらい滑らかに中庭いっぱい乗り回してる。ってゆーか、最初の一回しか、地面蹴ってねー!!
「あーっ、魔法! ズルい!!」
風魔法だ。タイヤと地面との接地面に何ミリかわずかな気流を発生させて、滑らせてる。
う~~、悔しい~! 私には絶対できない乗り方じゃん!!
快調に飛ばして戻ってきたマックスを、八つ当たり気味に睨む。
「も~、つまんない!」
「後ろ乗ってみるか?」
「っ!? うん!」
そうか、その手があった! さすがに気が回るぞマックス!!
「しっかり捕まれよ」
「うん」
ボードの後ろ側に両足を乗せ、マックスの腰にぎゅっとしがみついた。
「いいよ」
「いくぞ」
私を後ろに乗せて、今度は安全運転で飛び出した。
おおっ、これはなかなか楽しい! 馬車とも乗馬とも違って、上下の揺れが少なくてなめらか! 自転車の後ろに乗った感じかも。
「ねえ、これって、誰でも乗りこなせそう?」
マックスにしがみつきながら訊いてみる。
「そうだな。二人乗りはコツがいるかもな。一人だったら、ちょっと練習すりゃ、生活魔法程度の魔力で行けると思うぜ。まあ、スピードと持久力考えると、実用遣いはそれなりの魔力がいるだろうけど、遊具なら十分だろ」
「どっちにしても、私ダメじゃん!」
くっそ~! 自分だけ乗れないもん造ってどうすんの!? そしてなんでお前は練習なしでいきなり乗りこなしてんだよ!
しょうがない! 悔しいけど、これは可愛い弟に進呈しようか。
一通り遊んでから、自分で使うのを諦めて城に戻った。
癪に障ったから鬱憤晴らしにツルツルの城の通路を爆走したら、大人たちに凄く怒られた。
スンマセ~ン。
こうして一か月以上にわたる滞在を終え、翌日、私たちは王都へ向けて馬車で、ラングレー領を後にした。
ちなみにこのキックボード、王都に戻ってからも、別邸の敷地内でたまにマックスと遊んだりしてた。それを見た出入りの商人が、叔父様を通して商売の話を持ち掛けてきたから、全部叔父様にお任せしといた。
そして忘れた頃に、王都で空前のブームを巻き起こし、私のへそくりを激増させることになる。