結婚式の日
「叔父様!」
「グラディス」
ラングレー城の正面玄関で、到着したばかりの叔父様に抱き付いた。
「君は、本当にやってしまったね。グラディス」
叔父様は私の頭を撫でながら笑った。
今日はお父様とイーニッド叔母様の結婚式。忙しい叔父様は今日に合わせて馬で駆け付け、式が終わったらまた王都にとんぼ返りする予定。
もっとゆっくりできればいいのに。
でもこれからは、領地の仕事を公式にイーニッドお義母様にお任せできるから、負担はだいぶ減るよね。叔父様がすごく嬉しそうにしてくれてて、私も嬉しい。
領主の結婚はすぐにラングレー領中に触れが出された。一族一丸となって段取り良すぎる。よっぽどイーニッドを逃がしたくないんだろうね、みんな。
トリスタンは、やると決めれば行動が早い。直ちに王都へ上り国王への報告も済ませ、あっという間に準備を整えてしまった。あれからまだたった1か月くらいで、今日という日を迎えることになった。
式はあまり大袈裟なものではなく、領地の身内だけを集めてのささやかなものにするということだけど、それでも招待客は100人を超える。プロポーズをしたあの大広間が、今日は結婚式の会場へと様相を変えている。正式なお披露目はまた後で。
私は今日までずっと領地に滞在し続け、日々散歩したり、ピクニックしたり、遠乗りしたりとアウトドア三昧の休暇気分を満喫してた。弟マックスをお供にして。
もちろん日課のエクササイズとか、ダンスと形の練習も怠ってないし、持ち込んだ仕事は、きっちり進めてたけどね。
中でも採算度外視で、急ぎの仕事があったわけだ。部屋に引きこもってはコツコツと、なおかつこっそり進めて、昨日やっと完成したばかり。作業の音が響くから、ホントに気を使った。あ~、肩凝った!
式の直前の、ごく身近な家族だけでのひと時を過ごすため、叔父様を連れて早速居間へと向かった。もちろん密かに完成品を持って。
中ではお父様とイーニッドとマックスがいた。
一通りお祝いの挨拶のやり取りを済ませてから、私は手の平サイズの箱を取り出した。並んで座る二人の前に差し出して開く。
「お父様、お義母様、おめでとうございます。これ、私からの結婚のお祝い」
「まあ、素敵! ありがとう、グラディス」
イーニッドが驚いて目を見開き、嬉しそうに微笑んでくれた。トリスタンも興味深そうにのぞき込む。
「君の手造りかい?」
「はい!」
中には二つ並んだお揃いのリング。
この国に結婚指輪とかはないけど、夫婦や恋人がお揃いのアクセサリーを身に付ける慣習ならある。私は迷わず指輪を選んだ。
私のは、そんじょそこらの子供の手造りとはわけが違う。持ち込んだ工具で、鍛造から彫金まで一通りやり上げた、彫金師として魂込めた渾身の芸術作品だ。
「アイヴァンのペアリングは、まだこの世界でこれだけよ!」
「ありがとう、グラディス」
トリスタンは早速イーニッドと自分の指にはめてくれた。
「……ますます腕が上がってるな」
イーニッドの傍に立っていたマックスが、その職人芸に唖然と呟いた。ふふふ、王都で売ったら結構すごいはずなんだよ、コレ!
家族のひと時を終え、私とトリスタンは部屋を出た。ジュリアス叔父様はまだ領地の今後の相談があるとかで、イーニッドの元に残ったから、ひと足先に二人で花婿側の控室へと向かう。
私の今日のドレスは、いつもと違ってちょっと控え目。花嫁より目立たない良識くらいあるからね。でも、シンプルながらも細かい意匠を凝らしたお気に入りのやつ。ちゃんとこういうこともあろうかと、しっかり持参していたのだ!
一方のトリスタンはさすがに主役だけあって、領主としてのきらびやかな正装。やっぱりビジュアルだけは超格好いい。何考えてるかさっぱり理解できないし、掴みどころのないダメ人間だけど。
今更ながらだけど、人間として欠陥の多いこいつがイーニッドをちゃんと幸せにしてくれるか心配になってきちゃうよ。
「お父様。新しい門出よ。今まで以上に重い責任を持ったんだから、しっかり叔母様を支えてあげてね。自分一人の身じゃないんだからね」
トリスタンの腕を掴んで、念を押す。トリスタンは歩みを止めないまま私を軽々と持ち上げて、微笑みながら片腕で抱っこした。
「ふふふ。懐かしいね。学園の卒業式の日にも、君に同じ注意を受けた」
さらりと、信じられない発言をする。
「……はあっ!!?」
瞬時には理解できず、一拍置いてから聞き返した。
学園の卒業式!? 確かに説教したけれども!!
それは、ザカライアとしてだ。学園を巣立つ問題児に、教師として最後の言葉をかけた。
「な、なんでっ……いつから!?」
「ん? 何が?」
「だから、私が――っって……!?」
「ああ、君が先生だって?」
「ちょっ!?」
慌てて周りを見回す。幸い通路には誰もいなかった。
「いつから、気付いてたのっ?」
「初めて見た時からだよ」
「はあっ!?」
事も無げな返答に、ただただ唖然。
初めて見た時から!?
出産が終わり、グレイスが死んだのと入れ違いで、トリスタンは駆け付けたらしい。
つまり、生まれた直後の赤ん坊の姿を見て、すぐに気付いたわけか!? あり得ない!! 私だって10年かかったのに!!
「な、なんで、分かったの……?」
私の質問に、トリスタンは不思議そうな顔をする。
「なんでって、そりゃ、見れば分かるよ。いくら俺が勉強苦手だったからって、あれだけ世話になった人はさすがに忘れないよ?」
何、その当たり前だろとでも言いたげな感じ!? 記憶を取り戻す前から、私の魂がザカライアだって気付いてて、それで普通に娘として接してたの!?
「まあ、前のことなんてどうでもいいよ。今は俺の娘なんだからね。こんなダメ父の下に生まれてきてくれてありがとう、グラディス。愛してるよ」
トリスタンは、父親として私の頬にキスをした。
ああ、ああ、何というか……突き抜けたバカって、スゴイ!!!
「私も、大好きだよ。お父様」
抱っこされたまま、トリスタンの頬にキスを返した。
私は本当に、周りの人間に恵まれている。幸せ過ぎて、怖くなるくらいに。
この日、ラングレー領主トリスタン・ラングレーと、その義妹だったイーニッド・ラングレーの結婚式は、一族に盛大に祝われて無事終わった。