遠乗り
晴れて婚約が調い、大人たちは早速いろいろな準備で忙しいらしい。
私とマックスは二人で、トリスタンに勧められてた遠乗りに行った。天気も良くて、風も気持ちよくて、絶好のピクニック日和な感じ。初お披露目になる私デザインの乗馬服で、気分も超上がる!
「お前、ホントに乗馬習いたてか? 完全に乗りこなしてるじゃねーか」
「ふふふ、すごいでしょ」
借り物の馬を見事に操る私に、マックスが感心してくれる。鍛えすぎてないこの体、腕力と体力は劣っても、運動神経には自信があるからね。さすがにラングレーのDNAだ。
「あの辺りで休憩しようぜ。いい景色なんだ」
「うん」
景色のいい場所で馬を休ませる間、その辺を散策といこう。牧歌的な風景、色とりどりな草花が咲き乱れている中の散歩も乙なものだね。インスピレーションも湧くというものだよ。
「今後の予定、どうなったの?」
並んで歩くマックスに聞いてみる。私としては王都で盛大な結婚式をと思ってたのに、再婚同士ということもあって、なんか地味にいくっぽい。ウエディングドレス、作りたいのに。
「もう、一族の念願だったからなあ。気が変わらないうちに、ちょっとした式をこっちですぐ挙げて、あとで王都でも式なしの披露宴って話になったみたいだな。来月には社交シーズンだし、家族全員で王都行きになるな」
「やっぱりそうかあ。つまんないなあ」
「いや、さすがに公爵の結婚なんだから、王都でのパーティーはそこそこ派手にするだろ? 多分」
「じゃあ、授賞式用の他に、披露パーティー用のドレスが必要だね!」
「ブレねえな、お前は」
「マックスは、次期公爵としてのお披露目にもなるんじゃない? 正式にはまだ先としても、周りはそう見なすよ?」
「次期公爵かあ……」
呟いて少し無言で考え込んだマックスは、立ち止まると私の手を掴んだ。
「公爵は俺がなるから、お前、公爵夫人になることも考えてくれよ」
「はあ?」
ちょっと考え込んで、意味を咀嚼する。
「それは、プロポーズってこと?」
「そうだ」
「姉弟になったのに、まだこれ以上の繋がりって必要?」
両親同士の結婚で、もう十分だと思うんだけど?
でもマックスの目は真剣に私の目を射抜いてきた。
「お前を姉と思ったことはねえし、これからもねえ」
へ? 何? どゆこと?
「まさか私に惚れてるとでも?」
「そうだよ」
「はああああああああ!? 初耳なんだけど!?」
「このまま黙ってたら、手遅れになるまでスルーされそうだったからな」
マックスがここでぶっこんできた!!?
え!? もしかしてこれ、私、人生初の告白されてますか!? 弟になりたての男の子から!?
ちょっと待て、これは予定になかったぞ!?
そもそも私はその辺の鈍感系ヒロインとは違いますよ!? カンの鋭さが売りの大預言者様ですよ!? イーニッドの気持ちの変化だって何年も前から読んでたのに、こんな身近なとこで、気付かなかったなんてことがあり得るの!?
あああああっ、やっぱり二周目のせいか!?
私はその辺の感情だけは、二周目で完全にシャットアウトしてた。だって下手に好かれてるとか気付いても、応えられるわけもないし、どうにもならないし、無駄に動揺するだけだから。他人の恋愛事情には平気で首を突っ込んでも、自分のことは完璧にノールックを決め込んでた。
何十年もそれをやり過ぎて、この三周目でも、加減が分からなくなってるのか!?
ああ、それとも考えようによっては、それでいいのっ? 相手の気持ちが分からないことこそ、恋愛の醍醐味な気もする。何でも分かり過ぎちゃうより、全然アリ!?
とにかくマックスにフラレ予定の予言は、早速外れて……って、あれ?
あっ!!!!! ……なんか、とんでもないことに気が付いたぞ。
私、銀髪青年の予言だけ、すっ飛ばしてる。死の間際の苦痛と混乱で、ちゃんと見てない!
じっくり思い返してみると、なんか、私壁ドンされてた気がする!
マックスルートなら、私恋愛できるのか!?
よくよく考えてみれば、マックスはジュリアス叔父様によく似た私好みの美形。私のワガママも聞いてくれるし、私を理解してくれてもいる。愛するより愛される方が幸せとも聞く!
これは想定外の拾い物じゃないっ!? 幼い頃からの許嫁パターンの夢再び!!?
「ちょっと実験」
両手を広げ、ハグを要求してみる。
マックスはすぐに私の意図を読んで、私を抱きしめた。
明らかにいつもの感じとは違う。力強い抱擁。マックスの鼓動が急激に早まったのが分かる。
私、ホントに女の子として好かれてる?
私はどうだろう? 記憶が戻る前からずっと、弟のように思ってきた。大好きだけど、恋愛感情かと聞かれれば、多分違うんじゃないかな。よく分からないけど。
例えば一周目。筋肉兄貴たちに惚れるかと言われれば、100パーセントないと断言できる。筋肉兄貴はナシでも、筋肉弟ならアリになるんだろうか。血の繋がりも従兄弟どまりだし。
だけどこんなに強く抱きしめられてても、ときめく気配がない。この先、そういう気持ちになる想像がつかないな。
そもそも元格闘家としては、ちょっとやそっとの身体的接触では何とも思わないのかもしれない。関節技とか寝技の度にときめいてるわけにもいかないしな。関係ないけど、そういえばボクシングのクリンチって、普通に半裸の敵を抱きしめてるな。
「苦しいっ、マックス、強すぎ!」
「ああ、悪い……」
さすがに騎士見習いだけあって、すでに尋常じゃない力だよ。緩んだ隙に、体を離した。
とりあえずの結論。
「ごめん。現時点では、弟にしか思えない」
「別に、焦ってねえよ」
マックスは特にがっかりした様子もなく、私と手をつないだ。
「成人までまだ時間はあるしな。俺も、候補に入れとけって話」
そう言って、私の手を引いて歩き出した。
おお、私の弟、スゲエ男前だ!! でも、ときめかない!!
……ああ~、なんだ、この惜しさは。私自身が、もの凄く残念だ……。