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ジュリアス・ラングレー(叔父)・2

 王都の別邸で、グラディスはすくすくと、そしてのびのびと自由に育っていった。

 誰も彼女を縛らない。


 令嬢として恥ずかしくない教育はするが、それ以外ではすべて彼女の望むまま。


 聡明にして奔放。相反する性質を持つ彼女は、どんな陰口を叩かれようとも、気付いていながら全く気にしない。私もすべてを本人の判断に任せるのみ。進むべき道を大預言者に助言するなど、おこがましい話だ。


 小さな姪にそう思えるのは、結局のところやることが全てうまく回ってしまうからだろう。


 勝手気ままに見えても、他人に過ぎた迷惑はかけない。言葉は遠慮なくとも、嘘や不当なことは言わない。仮に何か言うなら、必ず本人の前だ。

 馬鹿正直なくらい、どこまでも真っ直ぐに育っていると思う。


 中傷の代表的なものに浪費が挙げられるが、彼女の浪費は、母親のグレイスとは違う。全て自分の才覚で稼ぎ出した資金で賄われ、さらには利益まで上げているのだから、文句の付けようもない。むしろ、可愛い姪にもっとプレゼントを贈らせてほしいくらいだ。


 屋敷の一同はみな同じ思いで、小さな愛らしい我儘姫を、温かく見守りながら育てていた。


 グラディスが5歳の時、大きな予言が出た。


「叔父様。今年はダイエットのために、シクラ麦を主食にします。みんなもそうするといいわ」


 思わず、ローワンと顔を見合わせた。

 ローワンは領地を運営するための補佐として雇った私の秘書で、もちろんグラディスの選別を潜り抜けた人材だ。彼もグラディスの言葉の不吉さにすぐ気が付いた。


 小麦では駄目で、シクラ麦ならいい理由。小麦は育たないが、強いシクラ麦なら育つ状況。おそらくは天候による災害だろう。地震や洪水、虫害なら大差はない。


 私はまだバルフォア学園の学生だったが、しばらく休学し、領地に戻って飢饉に備えるための対策に奔走した。セオドアおじい様の全面的な助力のおかげで、私の奇妙な方策は大きな混乱もなく実施された。


 領民の生活を守るための活動の一方で、農業は私の専門。やってみたい実験があった。


 台風か、水不足か、酷暑か、冷夏か、あるいは別の何か――どれかは不明だが、とにかく何かは起こるのだ。

 過酷な状況下における各穀物、野菜、果実の育成状況を、完全な同一条件下で行い、比較検証する大規模栽培実験。それにより、その環境下において最も効率的に収穫できる対象を割り出す。それが私のやりたかったこと。

 人手も資金も桁違いにかかる。闇雲にできる実験ではないが、今年は必ず何かが起こるのだ。

 私は迷わず実行した。


 結果は冷夏。グラディスの予言通り、冷夏において最も効率良く収穫できる作物はシクラ麦だった。しかしその他にも、何種類かの想定外の作物が飛び抜けた成果を残し、目新しい発見を成すに至った。

 その膨大なデータの統計を取り、分析して、3年がかりでまとめた論文が、研究者として最も価値のあるハーヴィー賞を取った。

 研究者の道を諦めようとすらした私がだ。


 しかし賞以前に、領民、国民の生活のために、この研究成果がどれだけの価値があるか――それができたことが、何よりも嬉しい。

 この天使は、愛らしいだけでなく、私が諦めようとした道へと足を進める勇気をくれる。

 私はこの誰より愛おしい姪の幸せを、何としても守らなければいけない。


 そのグラディスは、8カ月ほど前のお茶会以降、明らかに様子が変わった。


 それまでの彼女の行動は、全てが好き嫌いと直感のみによるものだった。しかしそれ以降の行動には、明らかにその根底に、深い知識と思考が読み取れる。


 彼女の中で起こったこと――それが天の啓示なのか何なのかは、私には分からない。


 確かなのは、グラディスは今、自身の大預言者の力を自覚しているということ。

 それを黙っているのは、普通の少女としての人生を選択したからだ。


 ならば私はその選択を、全力でサポートする。

 普通の少女として友人を作り、学園へ通い、恋をするなり、好きなファッションの仕事に打ち込むなり――いずれにしても、普通の女性としての人生を送れるように。


 いつか結婚する時がきたなら、私が花婿の元へ届ける役目もやるつもりだ。なんとか兄上を丸め込む算段を立てないといけない。


 そのグラディスが、ラングレー領へ発つと言い出した。

 今頃はすでに領地で、ひと騒動起こしているのかもしれない。

 おそらくは私の教授就任を応援するために、動いてくれるつもりだろうから。


 彼女が動けば、必ず事態は動く。領地で何をするつもりなのか、目的は大体予想が付く。ラングレー家での問題が、一番丸く収まる方法。けれど、そのためにどうするのかは、やはり分からない。人の心は難しいものだから。

 それともあの先を見通す青い目には、全てが見えているのだろうか。


 いずれにしろ、その結果がどうなろうと構わない。私はグラディスのする全てを受け入れる。


 私の人生の全ては、とうの昔に彼女にベットされているのだから。

 あの天使が今度は何をやらかしてくれるのか、楽しみに待つとしよう。

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