出発
「叔父様、私、ちょっとラングレー領に行ってこようと思います」
翌朝、朝食の席で早速報告した。
「そう。ではすぐに兄上に手紙を出すよ」
「はい、お願いします」
やっぱり叔父様は何の疑問も持たずに、手配してくれる。
桁外れに頭の回転の早い人だから、実は全部分かってるのかもしれないね。最近気付いたけど。
「出発は、旅の準備ができ次第すぐに」
「今から手配すれば、明日の朝には発てるよ?」
「ではそれで」
「それだけ急だと、早馬の他に、伝書鳩も出しておこう」
叔父様は早速ジェラルドにいろいろと指示を出してくれた。
生物全般に言えるけど、こっちの世界の伝書鳩は、魔物のいる世界だけあって、強くて速い。朝に出したら、無事なら余裕で昼前には着いてるはず。
大体のイメージだと、この国の大きさって日本の本州より小さいくらいかな。ラングレー領までは多分200キロはないはず。道路の舗装状態も色々で、馬車で大体5日くらいかかる。
忙しい叔父様はいつも往復には乗馬で片道2日で行っちゃうけど、私には残念ながらそれは無理。体力的にも安全面でも。まだ11歳の貴族の超絶美少女だもんな。変質者やら人攫いやらが列をなしてやってくるよ。
海外遠征とでも思って、気長に行こう。
身内ってこともあるけど、行くと決めたらすぐ行けちゃう大雑把さがこの国の良いところだよね。形式とかより、とにかく動いとけって感じで私に合ってる。
トリスタンも細かいことは気にしない奴だから、多分いきなり訪ねたって喜んでくれるはずだけどね。
でもラングレーの城に住む家族は、トリスタンだけじゃないんだ。ランスロットの未亡人、イーニッド叔母様と、その息子、私の従兄弟に当たるマクシミリアンもいる。
イーニッドも私の教え子で、遠征で主人が留守になりがちな城を、彼女が実質取り仕切ってくれてる。私も年に一度は向こうに行くから、トリスタンよりよっぽど世話になってんだよね。
機が熟したというのは、このイーニッド。
彼女は学生時代からすごく真面目な優等生。格闘はできないけど、完璧なサポートをしてくれるしっかり者。まさに古き良き良妻賢母の鑑のような女性。
でも、昔からすごく心配な面もあったんだよねえ。
全くなんなんだろうあれ。しっかり者の女の子のデフォルトなのかなあ、あのダメンズ好きは。
私が支えてあげなきゃとかって思考になっちゃうのかなあ。どう見てもあれはダメだろ、って男に、よくよろめいちゃってて、見ててすごく危なっかしかった。
ハンター公爵家のバカ息子に行きかけた時には、あれ行くか!? って度肝を抜かれたもんだよ。
ハンター家は、通称海の公爵。西の海岸線辺りを領地にする、とにかく豪快な海の男達って感じかな。
ギディオンとこのイングラム家が頭のいいバカとすると、ハンター家は頭の悪いバカ。とにかくバカ。
よくもこんなにバカばかり量産できると感心するくらいの一族で、無神経さとガサツさは私を遥かに上回る連中だったけど、なんか私とはウマが合ったんだよね。理由までは言うまい。
まああいつら、友達としては面白いんだけど、恋人とか夫にはちょっと……ってやつらなのに、イーニッドは見事にそこに行きかけた。
学生たちの恋模様をニマニマ鑑賞してた私も、若気の至りにも程があるだろ! と、内心突っ込まずにはいられなかったよ。
卒業後、ランスロットと見合いで結婚したと聞いた時は、いいとこに落ち着いたと安心したんだけどねえ。うまくいかないもんだよね。
で、夫が亡くなって早8年。あのイーニッドが、トリスタンみたいなダメ男に惚れないはずがない。毎年、領地に行く度に予感はしてたんだけど、そろそろ頃合いだよね。
様子を見て大丈夫そうだったら、トリスタンと再婚してもらおう。私にも素敵なお義母さんができるし、実におめでたい。
ちなみにトリスタンは、そもそも誰かを愛せるタイプの人間ではない。支えてくれる人なら誰でもいいだろう。グレイスとの結婚も、跡継ぎを産むための政略だったし。
あの我儘娘を嫁にやるのに、ギディオンは相当苦心したらしい。あれで若さがなかったら、ホントにどこも引き受け手がないと慌ててたんだろうね。グレイスはグレイスで、学園入学回避のために早婚を目論んでたろうし、結婚相手の条件を気にしないトリスタンはさぞ都合が良かったろうな。公爵でイケメンで強くて干渉してこない。
おお、私が結婚したいくらいだよ。まあ、愛がないからパスだけどね。
とにかくこの計画が首尾よく運べば、イーニッドに領地の全権を任せられる。有能な補佐を付ければうまく回せるだろう。おまけにマクシミリアンという正式な跡継ぎまでできる。万々歳だね。
ちょっと気を付けないといけないのがマクシミリアン――マックスだよね。
私の一つ下の従兄弟で、今は10歳。他人にあまり興味のないグラディスが、弟のように可愛がったヤンチャな男の子。イーニッドの教育の賜物か、女手一つの母親を支えるしっかり者の少年だ。
私も昔から引きこもる性質ではなかったし、領地に戻った時にはリフレッシュするためによく外歩きもした。その時の遊び相手はいつもマックスで、都会ではできない遊びをよく二人でしたもんだ。
逆にマックスが王都に滞在する時は、私がおススメの場所に引っ張り回したし。
当然公爵家の男としての英才教育も受けてて、きっちり鍛えてもいる。
本来の跡継ぎである私が領地にまったく興味を持たないせいもあって、マックスはすでに跡継ぎ候補の最有力の一人として、周囲からも認められている。
伯父であり、領主でもあるトリスタンに憧れて、ずっと家業を手伝ってきてるし、跡を継ぐこと自体は自他ともに誰も異存ないはず。
私がでしゃばるより、間違いなく一族挙げて歓迎される。
でも子供にとっては、母親の再婚ともなれば大事件だよね。そこは私がお姉さんとしてフォローしてあげないと。実際姉弟になる予定だし。
あとはトリスタンだけど、奴にイーニッドはもったいないくらいだから、意見は聞かなくていいや。
それから今日一日かけて慌ただしく旅の準備を整え、予定通りに翌朝出発した。