対策
さて、まず何から手を付けようか。
広い寝室で、夜のエクササイズをしながら今後の予定を考える。
そもそも叔父様は三男。本来なら、もっと自由が許される身だったはずなんだよね。
でも、三人兄弟の真ん中、ランスロット叔父様が、8年前に戦死しちゃったんだ。
ランスロットも当然私の教え子だけど、グラディスとしての私は当時3歳で、彼のことはほとんど覚えてない。聞いた話では魔物狩りの際、本来ラングレー領に現れるはずのない種類の強力な魔物が現れたそうだ。
かつてザカライアがした魔物の凶悪化と増量の予言と、何か関わりがあるのかもしれない。
トリスタンとランスロットだけなら対応できたはずだった。少なくとも、トリスタンが側にいて弟を失う失態を犯すはずがない。
配下や領民たちは、想定外の事態への対応ができなかった。散らばった彼らを保護するために二手に分かれざるを得なかった。結果、彼らは守られたけど、ランスロットは犠牲になった。
分かる気がする。前しか見ないトリスタンと違って、視野が広くて責任感のある子だった。本当に、惜しい人を亡くした。
トリスタンが物理的脅威を取り除き、ランスロットが補佐をしつつ領内を実質的に治めることが、本来は一番理想的な形。
ランスロットを失った結果、比較的自由だった三男のジュリアス叔父様が、進路の変更をするしかなくなったのは、可哀想だった。
本来戦いに向く人じゃないのに、物騒な方の世界に片足を突っ込んだまま抜け出せなくなってしまった。
ジュリアス叔父様は、いわゆる天才ってやつなんだよね。
日本人だった頃、テレビでたまに見たってレベルの。一瞬見ただけのものを写真みたいに記憶しちゃったり、複雑な計算の答えが瞬時に出せたりとかするやつ。
私はザカライアの時から今も、記憶力だけはいいけど、研究して新しい発見をするとかいうタイプじゃない。でも叔父様は、自力で歩けるようになった1歳の頃から、領内をフラフラしてはいろんな観察に励んでたという筋金入りの研究者タイプ。
領内を守れる力を持った長男と次男がすでにいたから、学問への傾倒が許された。
だからその経歴もかなり特殊。
普通は学園卒業の後で、希望に応じて更に上の教育に進むものだけど、叔父様は逆。
6歳から飛び級でハイドフィールド総合大学に入って既定の5年で卒業し、そのまま大学で研究を続けて、15歳になってからバルフォア学園に入学した。
大学卒業してから高校に入り直したようなものだけど、学園の3年間は貴族の義務だからね。
バルフォア学園入学までは、ラングレー公爵家の義務として、年の半分くらいは領内に戻って魔物狩りの手伝いもしてた。それがなければ、大学だってもっと早く卒業できてたはず。
ラングレー家ではすでに叔父様という超変わり種の前例があったから、私みたいに好きなことに熱中しすぎる変わった子供も普通に受け入れられたのかもね。本来跡取り娘のはずなのに、本家や一族の干渉もなく、大分ゆるゆるに育てられたもんな。
ラングレー家の本来の方針なら、私は領地住まいになるはずだった。でもグレイスが田舎嫌いで王都の別邸に住んでたおかげで、私も誕生後そのままって感じ。母親を失った私は、むしろ安全な王都でのほうが育てやすいと判断されたらしい。
大学寮に入ってた叔父様がすぐに戻ってきてくれて、それから一緒に住むようになった。叔父様も当時まだ11歳だったのに、今までずっと保護者代わりしてくれてる。
ある程度育ったら領地に戻す予定だったみたいだけど、成長した私はそれを拒否した。私も田舎暮らしは嫌だったんだよね。
だって田舎じゃ、流行の最先端ができないもん! 王都から離れるということはオシャレを妥協するってことでしょ? 私のやりたいことは、都会でないとできないんだよ。サロメと出会ってますますファッションにのめり込んだし、彫金の仕事も素材の仕入れとか顧客とか、王都でないと都合が悪いもん。
そもそも私にとって家族の感覚って、トリスタンより叔父様の方が断然強いから。とにかくいつもの我儘で王都住まい継続を断固押し通した。
もう一族の方ですら、グラディスは手に負えない我儘娘という共通認識で、諦められてすらいるみたい。多分グレイスと同じ目で見られてるんだろうね。勝手にしろ、迷惑だけはかけるな、って感じで。
叔父様はやっぱり私の味方で、全面協力してくれた。
普通の貴族はバルフォア学園に入学するまでは、それぞれの家風の中で独自の教育を受ける。王都住まいか領地住まいかも各家庭それぞれ。学問寄りの学生は主に王都住まいかな。武闘派なら領地住まいでガンガン戦ってるし。
私は王都で、叔父様に育てられてきたようなもの。正直、領地の方にはあまり愛着もない。
でも叔父様を元の道に戻してあげるには、まずラングレー領の方を何とかしないとだよね。
「よし、いったん領地に行こう」
一応本拠地だけど馴染みがないから、ちょっと小旅行気分でいいかもね。
「善は急げだ。明日早馬を出してもらって、準備ができたらすぐに発とう」