受賞
「叔父様、今日のお客様は何の御用だったの?」
帰宅早々、私は叔父様の書斎に押し掛けた。こんなに気になってるのに、いちいち空気は読まないよ。
「とりあえず、食事にしようか? 説明はその席で」
はあ! 叔父様は、ご飯も食べずに私を待っててくれたのに!?
「――はい……」
素直に従い、叔父様と並んで食堂へと移動した。私の帰宅は普段の夕飯の時間より大幅に遅かったんだ。少しは空気も読まねば……。
席について、早速食事を始める。と言っても、寝る前の食事はNGだから、私はごく軽食にしてもらって、会話に専念する態勢だ。
「それで確か、お客様の話だったね」
「はい」
すぐに話を再開する。私がどこから客の話を聞きつけたかとか、全然聞いてこない。気が付かないはずがないのに、そういう細かいことを、叔父様はいつも私に聞かないんだよね。不思議にも思わないみたい。
私が物心ついた頃から、ずっとそうだった。私が何をやっても、いつでも穏やかに受け止めてくれる。記憶が戻る前も今も、私にとっては、叔父様こそが、兄であり父なんだよね。
おい、トリスタン。出番がないぞ。
「今日いらしたお客様は、ハイドフィールド総合大学の方たちだよ」
その説明で、あっと思う。
そうか、あの二人、サイモンとパウエルだ! どっちも教え子だよ。おっさんになってたから気付かなかった。どっちもブートキャンプ色の色濃かった時代の学園生だ。ガリ勉タイプで苦労してたのを、大分フォローしたぞ。
その分学術研究に秀でてたから、学園を出た後は、国内最高学府のハイド大に進んで研究者になったんだ。11年前と同じなら、二人ともそこで教授をやってるはず。
「そんな方たちが何の御用で?」
ちょっとワクワクしてきた。予想通りなら、とんでもないことだ。確か二人とも、ある組織の選考委員会に名を連ねているはず。
「私が去年発表した論文が、ハーヴィー賞を取ったそうだ」
イエス!!! やった!!! すごいよコレ~~~!!!
ハーヴィー賞は、その年最高の評価を受けた論文に与えられる賞。
授与式は国王陛下御臨席の下で行われ、私も大預言者として毎年列席してたほどの名誉ある賞だよ!
普通は名門大の教授とか、王立研究所に所属した研究者とかが取るもの。
叔父様は個人的な研究施設を開いて農業研究に打ち込んでるけど、そういう研究者が取ることは本当にまれなんだ。それも弱冠22歳で!!
「6年前にラングレー領でやった大規模栽培実験の成果を評価してもらったんだ」
「すごいです、叔父様! おめでとうございます!!」
本当にすごいことだよ!? ただでさえ叔父様は専業研究者じゃない。豊富な資金で自由に研究できる強みはあるけど、ラングレー領の運営をほぼ担いながらの偉業だからね。
「来月にはお父様たちも王都にいらっしゃいますし、授賞式は家族みんなでお祝いに行けますわ」
「うん。ありがとう」
お礼を言う叔父様は、けれど少し困った顔をした。
「何か問題でも?」
「今まで特別講義で教壇に立つことはよくあったんだけどね。正式に、ハイドフィールド大の教授に招聘されたんだ」
「まあ! 素晴らしいことではありませんか! 叔父様の研究所は叔父様個人のものですから、ペースを落として続ければよろしいですし、叔父様が年上の学生たちに教授として敬われる姿、ぜひ拝見したいものですわ!」
私は大袈裟に賛成する。
叔父様の困惑の理由が分かった。今の生活を続けようと思ったら、そのありえないほど素晴らしい要請は、断らざるを得ないんだ。
ただでさえオーバーワーク気味の叔父様に、領地運営を続けながら教壇に立つなんてできるわけない。
「君は、賛成してくれるんだ?」
「もちろんです!」
当然応援する。本来の叔父様の志向は研究職なんだよ。立場上ラングレーを守るために、本格的にその道に進むのを諦めてしまった。今も個人的な研究は続けているけど、本当は学術研究の最高峰の中心で、研究だけに埋もれていたい人なのに。
戦闘力や内政ではなく、その飛び抜けた頭脳で領民を支えられる人なのに。
その意志も能力もあるのに、環境がそれを許さなかった。
本来進むべき道に戻るチャンスをつかんだ叔父様に、二度も諦めさせるわけにはいかない。
叔父様は、そちらに進むべき人なのだから。
叔父様が学園を卒業した頃には、私はまだ6歳で、大好きな叔父様の力になることができなかった。
でも、今は違う。できることはある。6歳当時の私は、無力でも、ちゃんとこの事態への予感はあった。いつか必ず時は来ると。
今、その時が来た。
時間も環境も状況も、やっと機が熟したんだ。
「叔父様は、叔父様が一番に望むゴールへと向かうべきです」
私の断言に、叔父様はとても嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。君がそう言うなら、後先を考えるのはやめるよ。研究者が私の夢だ。私はこの要請を受けることにする」
「当然です」
私も最高の笑みを返した。
さて、しばらく忙しくなりそうだ。