兆し
結局選ばれた仲間の3人と合流し、私たちは兵に連れられて王都に向かうことになった。
あの大取物で、子供軍を指揮した悪ガキの同行に、多くの兵隊さんが顔をしかめている。
まあ、全然気にしないけどね!
もう問題行動は、自分のためにも起こさないから、心配しないでいいよ! いい子でいるよ!
王都までは、100キロ近くあり、順調にいけば2日の行軍で着くらしい。
といっても子供の足では付いていけないから、騎馬の人たちに、それぞれ同乗させてもらう。小さな子供くらい大した負担でもないみたい。
私は偉い人の前に乗せてもらった。なんか他の大人たちは私にビビってるのかな。ホントにもういい子にするのに。
偉い人の名前はカトーさんと言った。なんか一気に親近感持ったね。心の中では加藤さんのつもりで呼んでます。
カトーさんが私に目を付けたのは、自分の甥っ子の付き人とか側近とかまで行かなくても、友達くらいの感じになって接してほしかったからなんだって。
私のイカレっぷりをちょっと説教してやろうと思って面会したのに、実際接した私は予想外に常識的だったものだから随分驚いたらしい。この子が『一連のアレ』をやらかしたのか!? ……と。
そりゃ、常時攻撃態勢の狂犬じゃないからね。不必要に威嚇も噛みつきもしないよ。純粋培養のストリートチルドレンと違って、前世ではそれなりの教育も受けてるしね。
で、これなら甥っ子にも会わせられそうだと判断したとのこと。
その子は血筋的に将来国の要職に就く予定の子なんだって。っていうか、カトーさんのお姉さんの嫁いだ相手が、現在の宰相だそうで、そうすると未来の宰相? そんな子に私を近付けようとか、カトーさん心臓に剛毛生えてね? 密集してね? お義兄さんに恨みとかある?
私より一つ年下の6歳だけど、すでにバリバリの英才教育を受けているらしい。
周囲の期待に応えて、早くも圧倒的な才能を発揮し始めているという秀才。ところが超優秀ではあるものの、あまりに真面目で融通が利かず潔癖な傾向がみられているとか。それは確かに心配かも。政治家のトップとか、きれいなだけじゃ無理そうだよね。
「そこでそれとは正反対の、狡猾で規格外で目的のためには手段を問わない猛毒のような同年代から、世の中の必要悪を身をもって学んでほしいんだ」
と、カトーさんは真面目に語る。それ、全然褒めてないよね。つーか、ほぼ全部悪口だよね。
まあ、生活がよくなるなら文句はないんだけど。
おしゃべりをしながら進んでいる時、不意に脳裏にないはずの映像が浮かんできた。物心つく前の、前世の記憶とは違う。本当にあるはずのない記憶。それも、二つ。
こんなことは初めてだった。
「今日は、野営するの?」
カトーさんに尋ねる。
その予定らしい。日が暮れるまで進めば、ちょうど森の入り口辺りまで行ける。そのあたりには民家もないから、野営になると。
「ダメだよ。次の集落で今日は終わりにしようよ」
私は確信をもって進言した。普通そんな子供の思い付きのようなわがままで、兵の行軍予定が変わるわけはない。
当然最初は相手にされない。
けれど私があまりに強弁するものだから、他の三人の子供たちが口をそろえて同意し始めた。
「ボスがここまで言うなら、絶対に従うべきだよ」
「悪いことは言わないから、きっと、言う通りにしてよかったって思うから」
「あたい、怖い。お願いだから、ボスの言うことを聞いて!」
口々に懇願しだす。ちなみに私は子供たちにはボスと呼ばれていた。私がまとめていた仲間は、私のカンの鋭さを身近で嫌というほど知っている。
シャレにならないほど深刻な様子の訴えに、大人たちの間にも不気味な空気感が広がり始める。
結局カトーさんは折れてくれて、次に差し掛かった集落に世話になる決断をしてくれた。私の絶対的な断言に、何か感じるものがあったのかもしれない。
まだ日も十分に高い中、みんなは休息前の段取りをそれぞれに始めた。村の周辺にテントを設営し、夜食の準備を始め、時間があるため馬の手入れも丁寧にしている。村の厩舎を借りて馬を休ませ、早めの夕食を済ませたところで、進む予定だった方角に突然雷が光った。
そのすぐ直後に響く轟音。大分近い。
ああ、私の前世は雷で死んだからかな。さっきから続いてたものすごい危機感の理由が、今分かった。
晴れ渡っていたはずの空には強風が分厚い雲を運び込み、広がった雲から降り出した雨は、あっという間に激しい雷雨に変わった。
一同は慌てて建てたばかりのテントを畳み、分かれて民家へと避難した。
あのまま進んでいれば、丁度森の入り口の野営予定地に到着していた頃だったろう。
子供たちは「さすがボス!」と無邪気に褒め称えるけど、大人たちはポカーンだよね。
まあ、私も思うよ。今日のカンの働き方はちょっと異常なくらい冴え過ぎてた。やっぱり前世の死因が近付いてたせいかな。
雷鳴はやんでも、雨は一晩降り続け、翌朝には何事もなかったかのようにカラッと晴れ上がった。