湧水
前世の記憶を取り戻して、すでに8ヶ月が経つ。
ルーファスにはバレちゃったけど、それ以外では大した問題も起こっていない。今の暮らしにもすっかり馴染んだし、毎日こんなに好き勝手に生きてていいのか、心配になっちゃうくらいだね。
一周、二周と、かつて残念なほどささやかだった部分も順調な成長を見せ始め、なかなか将来有望と言える。
是非このまますくすくと育っていってほしいものだ。お前ら、頑張れよ!!
そして最近の私は、よく別荘に行く。
さすが公爵家と言うべきかね。
まずラングレー領に本宅……というか、まんま城! 領主の館だからね。で、王都での本拠地となる別邸。更には、別邸から馬車で2時間程の郊外に、別荘まであるってんだからねえ。きっと他にもいろいろあるんだろうなあ。
別邸は、重厚だけど洒落てて、公爵邸としての威容を備えた感じ。別荘の方は、自然が豊かで牧歌的なあったかい雰囲気。
こっちはこっちで好きだなあ。
煩雑な王都の中心から離れてゆったり過ごすのに、最高な場所だね。
で、何をするのかと言えば、乗馬の練習。
前世でもすごくやりたかったんだけど、危険だからってとうとう許してもらえなかった。
私がごり押しすればできたとは思うけど、やっぱりとんでもない人数が動くことになるから、さすがに諦めたんだよね。
ちょっと馬に乗るために、数十人からのスタッフに注視されなきゃならない状況なんて、イヤすぎる。当然警備はもちろんとして、医師団と治療術師も完全常備だよ。それがどっと私一人を追いかけてくる様子とか、想像するだけでげんなりでしょ。数十人のストーカーを引きつれた乗馬とか、誰トクだよ!?
大体この世界、移動手段が馬車か徒歩って、極端過ぎない? あまりに不便だよ。ドラゴンはいるけど、珍しいし飼い慣らせないから、ドラゴンライダーとかもないのはガッカリだった。
せめて自転車とかあれば便利なのになあ。キックボードくらいなら私の知識程度でも作れないかな。どこかの工房に頼んでみようかなあ。アイディアを伝えれば、プロの職人なら何とかしてくれる気がする。
ちょっとその辺とか、10キロ圏内程度なら普通にジョギングで行けるんだけど、さすがにそれは令嬢として自粛してる。スケボーとかキックボードでも、人前がムリ目なのは同じか。
でもプライベートで乗ってみたいし、玩具として試してみようかな。
とりあえず現時点で、令嬢として何とか体裁が保てる手段が乗馬なんだよね。毎回馬車は面倒くさい。
なにしろ大預言者時代と違って、今の私はその気になれば独り歩きも可能だから、余計やる気出るんだよ。自由に好きなとこ行ってみたい。
それで叔父様におねだりしたら、ここでの練習を許された。もちろん一流の指導者付き。
持ち前の勘の良さと運動神経で、あっという間に乗りこなせるようになった。
それ以来よくここに来ては、練習とか遠乗りしてるわけだけど、自由に運動してストレス発散するのにも都合がいいとこだよね、ここって。
特に、別荘から歩いてすぐの所に広がる広大な林がお気に入り。元々水害を防ぐために作られた林で、植林した人の名を取ってメサイア林と呼ばれてるけど、もう100年以上は人の手が入ってなくてほとんど原生林化してる。
この辺りは、ずっと北に見えるカッサンドラ山の裾野に当たる。
あの辺の山岳地帯一帯はアヴァロン領で、その隣の峡谷を含んだ一帯がラングレー領になるらしい。今もあの辺で、トリスタンは魔物を狩ってるんだね。頑張れ、お父様!!
ここは景色もきれいだし、一周目の時、家族でよく行った湖畔のキャンプ場みたいな感じで楽しいんだよね。
別荘の近くにある湖畔はうちの私有地だから、釣りに船遊びに水遊びにと、アウトドアにも最適な環境!
あ~泳ぎたい~~~!
林間サイトにテントを張って、みんなでバーベキューやった思い出がよみがえるね。
いつか友達と一緒にキャンプとかできる日が来たらいいなあ。現時点で友達がキアランとノアしかいないんだけど。サロメはこんなとこ来ないし。
でもここの人たちって、そういうの、娯楽じゃなくて鍛錬と捉えちゃいそう……。好き好んでサバイバルするようなもんだからなあ。いや、キアランなら喜ぶのかな? 鍛えるの好きそうだし。でも王子様誘うのは面倒くさそう。
どっちにしてもキャンプって、現代人ならではの趣味だったんだね。
乗馬を終えて、昼食を済ませたら、午後は腹ごなしにメサイア林をトレッキング。毎回コースを変えて、2~3時間くらい林の中をガッツリ歩いてくる。私が道に迷うことはないからね。
普通、人の手の加わってない大森林とかって、魔物が湧きやすいらしいんだけど、なぜかこの林は全くいないから気楽にフラフラできる。
ザラを始めとする家人も慣れたもので、私を一人で送り出してくれるから、自由にのびのびと散策し放題なのだ!
もちろん身にまとうのは、空前のヒット作となったマダム・サロメの女性用トレーニングウエア。王妃様もご愛用の逸品だ! ついに王室御用達ブランドに成り上りました!
ふふふ。まさかアレクシスも、自分が着てるウエアのデザインを、私がしているとは気付くまい。ちゃんとあんたのイメージで作ってるんだからね!
さあ、今日も新しいコースを開拓するため、林間をグングン進みますよ!
あっ、沢を発見! よし、これを辿ってみよう!! ああ、楽しいなあ!
今日の目標を定めて、沢をさかのぼっていった。チョロチョロとした細い流れが、だんだん合流して太くなっていく。
水の流れが遠くから聞こえてきた。おお、これは期待が高まるね!
スタートから1時間以上歩いたところで、足が止まった。
「うわあっ!」
思わず声が上がる。それくらい凄い絶景があったんだよ!
前に富士登山の帰りに寄った、湧玉池みたいな風景!!!
泉だか湖だかみたいな水面が、空間一面に広がってる。
「これ、湧水ってやつ? スゴイスゴイ!! きれーーーっ!!!」
どえらいパワースポット発見しちゃったよ!!?
水に落ちそうなほどに近付いて、中を覗き込む。遠くまで見通せるくらいの透明度には、もう感動しかないね!
落差2メートル足らずだけど、小さな滝まである! おお、修験者ごっこができそうだ!! 打たせ湯とも言うけども!!
木漏れ日の中できらめく風景は、人の手が加わっていない分、とても幻想的で、私は一瞬で心を奪われた。
美しいものは好きだけど、風景でこんな気持ちになったことは初めて。
これは、何かの予言だろうか。
ここは、私の特別な場所。