タイムカプセル
グレイスの衣裳部屋に勢い込んで行ってみた。
でも開かない。
なんてこった! 鍵を忘れてた!
おおう、逸りすぎだよと反省して引き返しかけたところで、メイドのヘレンが追いかけて来てた。叔父様がすぐに指示を出してくれたみたい。
「お嬢様、お手伝いいたします」
「ありがとう、ヘレン」
グレイスが嫁に来た時からグレイス付きになった古株で、この部屋の管理も任されてるという適任者だ。ありがとう、叔父様!
早速鍵を開けてもらう。
開かずの部屋に入るような気分で、ちょっとドキドキしながら、開いた扉から足を踏み入れた。
ここに入ったのは、前世の記憶を取り戻す以前のほんの数回。ファッションに興味を持ち始めた幼い頃、やっぱり叔父様に教えられてのぞきに来たきりだった。
子供心に、流行遅ればっかりだと思って、すぐに興味を失っちゃったんだよね。当時の私が生まれる直前の最先端じゃ、掘り起こすにもまだ時期が早すぎて、あまり参考にもならなかった。
普段は環境を暗く保つため締め切りになっているカーテンを、ヘレンが次々と開けていった。
明るくなった大きな部屋いっぱいに、ドレスがズラリと陳列された壮観な光景が広がる。
ヘレンの説明によると、ここにあるのは、全部グレイスが嫁いでから妊娠前までのものなんだって。妊娠中のものは、サイズアウトしたそばから処分してったせいでほとんど残ってないらしい。いっそ清々しいくらいの一人産めば十分だろ宣言だよね。
靴の棚、バッグの棚、季節やシーン別の仕分けと、下手なブティックより立派な品揃えだ。まあ保管目的だから、見せる陳列よりは、在庫置き場の趣もあるけど。
「大人になってから見ると、レトロ感があってときめくな~。サイズも今ならそのまま着られるよね」
「はい、現在はお嬢様もほぼ同じサイズかと存じます」
ウキウキしながら、吊り下げられた手近なドレスの寸法を確認してみる。ベルタとは能力の種類が違うけど、私だってその気になれば一目で正確な数値は測れるのだ。
「……………………」
言われた通り、サイズは私のものとほぼ同じだった。
ただし、やっぱりウエストだけ私より一センチ細かったけどね!!!
しかもどれもこれも、見渡す限り嫌味かってくらいきっちり同じサイズだし!! ケンカ売ってんのか!?
――くそう、こんなもん誤差の範囲だ!! 運動してる分、私の筋肉量が多いだけで、体脂肪率でならきっと負けてない!! いやでもこの勝負のステージは別にアスリートとしてじゃなくて、あくまでもスタイル!! やっぱり敗北宣言はいりますか!?
頭の中で「そんなことで張り合うな」と呆れ顔のキアランを思い浮かべながら、それでも心の中でつい叫んでしまう。
不毛な葛藤の最中、ふと上げた視線の先に違和感を捕らえた。
一番上の棚に、明らかに傾向の違う大きな箱があった。ブランドの標号の入った包みや化粧箱とかならたくさんある中で、立派な桐の衣装箱みたいなそれだけが妙に浮いている。
「あれ、何?」
「ああ、あれはグレイス様以外、誰も中身を知りません。屋敷に持ち込まれた時から一度も開けられていないので。そこにずっと保管しておくようにと、グレイス様に指示されたきりです。自分のものではなく、あとで持ち主が取りに来るから、そのまま触れないようにとのことで」
なにそれ? なんかツッコミどころ満載なんだけど。自分の服しか置かないこの衣裳部屋に、あのグレイスが、一体誰のために何を預かってたっての?
「結局誰も取りに来なかったの? お母様が亡くなった後も、中身は確かめなかったの? 保守点検もずっとしてないってこと?」
「それが魔術がかけられていて、開けられないのです。中の状態はずっと同じに保たれるから、管理もしなくていいとのことでしたが」
ますますなんだそれ! すごい好奇心が疼くんだけど! たかが保管にどんだけコストかけてんだって話だよ。よっぽどのお宝でも入ってんの!? まさかバレたらアウトの犯罪的なもんとかじゃないよね!?
でも見た目も、昔話の謎のつづら的な感じでテンション上がるわ。まあサイズ的に大きいやつなんだけど、さすがにお化けは出ないだろうし。出ないよね!? いや、今のグレイス自体がお化けそのものってのは笑えない冗談だけど。
「無理に解除して開けたりはしなかったんだ?」
「はい。遺品整理の際、ジュリアス様に確認したところ、いずれお嬢様が自由にするだろうから、全て今の状態のままにしておいて構わないと」
さすが叔父様、分かってる!! 私が生まれたばかりの頃から、もう私のためにお楽しみを取っておいてくれるとは!! ちょっとしたタイムカプセル気分だよ。
「じゃあ、早速開けてみよう。金庫破りじゃないけど、魔術を解ける人を呼ばないとだね」
とりあえず謎の箱を下ろしてもらう。
ホントに大きなつづらみたい。それか、ダンジョンで見つけた宝箱とか。
なんだか親の秘密を暴くような楽しみがあるな。そしてホントにヤバいものだったらこっそり処分だ。
あ~、今すぐ見たい! 叔父様に最速で人の手配をお願いしよう。
うずうずしながらつい蓋に手をかけると、すっと何の抵抗もなく開いた。
「あれっ!?」
「まあっ……」
二人で顔を見合わせて驚く。
「解除を頼む必要がなくなっちゃったね」
「この十数年、本当に開かなかったのに……」
ヘレンは目を丸くしながらも、まあ、お嬢様だから、と納得してた。
いやいや、いくら私でも、魔術的な細工に介入はできないよ。魔力ないんだから。
ともかく理由探しはあとでいいや。これで中身が見られる!
蓋を全開にしてみると、箱の中には、白い薄葉紙に包まれた何かが入っていた。
中の物を覆う紙を、プレゼントのラッピングをはがすようにワクワクしながら開いていく。
「――――っ!??」
そこにあったものが目に入った瞬間、言葉を失った。
――なに、これ……?
信じられないものがあった。




