ドレス
卒業式に関して、一つ心残りがある。
一周目の前世、私は大学の卒業式をすごく心待ちにしていた。
何故なら、憧れの袴姿に誰はばかることなくなれるから!
成人式の時も、堂々と振袖が着られて、超テンション上がった! たとえ残念なほど似合わなくとも!
兄ちゃんたちに「女装かよwww」と笑われようが、着付けを頼んだ親戚のおばちゃんに「胴体の補正が楽だわ~」としれっとディスられようが、かまわず浮かれたおした!
次は二年後の袴だと野望に燃え、それはそれは楽しみにしていたのだ。大正ロマン気分コスプレが味わえる、多分人生唯一のチャンスを逃してたまるかと。
念入りにカタログに目を通し、一目惚れして半年前にはしっかり予約していた袴――けれど残念ながら、卒業式を待たずに私は死んでしまった。
そんな心残りのせいで、卒業式のドレスが決まらないのかもしれない。何を見ても、ピンとくるものがない。
卒業式自体は制服での出席になるから、その前日の卒業準備日こそが私にとっては晴れ舞台の本番なんだけど。まだ送る側だから特別感は薄くとも、オシャレに気合を入れない理由にはならない。
むしろみんな一張羅を着てくるから、ちょっとやそっとのものじゃ埋もれちゃうんだよ。
おばかのダニエルですら、ハンター領軍の軍服を着てたらきっと凛々しさ五倍増しでかっこいいもんなあ。女騎士とか憧れるわ。
ヴァイオラなんて、次期公爵の正装だよ。冗談でなく王国民の憧れだから。もちろんマックス、ガイ、アーネストも。
そんなのがうじゃうじゃいる中、今更普通のドレス着てもねえ……。
ちなみにザカライア時代は、大預言者の正装だった。
そりゃ派手派手ジャラジャラだったけど、私が求めるのはそういうのじゃないんだよ! 目立てばいいってもんじゃないでしょ!? 十代のオシャレに威厳とかいらねえ!!
う~ん、今度こそはというこだわりが、強すぎるのかなあ?
息抜きにと庭の散歩に出たけど、結局何のアイディアも浮かばなかった。
「グラディス」
「叔父様!」
正直お先真っ暗な気分で屋敷に戻ったら、叔父様とばったり行き会った。
ああ、心の癒し。用もなく抱き付いて、そのままおしゃべりに突入して、気晴らし第二弾だ。
「入学してから、もう一年になるんだね。君が卒業するのもあっという間だろうな」
世間話の中で、叔父様が感慨深そうに私を見つめた。
「卒業後のことは、もう決めているのかい?」
子育ての面で一切頼りにならない父親に代わって、保護者らしい質問を投げかける。
「はい。本腰を入れて、服飾の事業に専念したいです」
悩むこともなく、表向きの回答を返した。
別に嘘じゃないんだけどね。今の仕事はずっと続けたいのは本心。
ただ、キアランとのことも考えると、仮にうまくいったとしても、専念は無理だろうなあという迷いがある。
縛り付けられるのが嫌なだけで、別に古巣の王城が嫌いなわけじゃないんだけどね。
好きな相手が王子様というのも厄介だわ。
どっちかを諦めるという選択肢はないから、どうにか両立の方向を探すしかないよね。
でも、その前には魔物の大侵攻なんて予測不可能なとんでもイベントがあるから、まずはそっちを乗り越えなきゃ何事も始まらないし――とか思うと、やっぱり先のことなんて分からないし……。
「…………」
数秒間だけ無言で、にっこりとしたまま私の顔を見つめた後、叔父様は言葉を続けた。
「グラディス。これだけは、常に心の片隅に留めておいて。私は……いや、ラングレー家は、全てにおいて君の意志を最優先するから。君は、遠慮なく君の本当の望みに突き進むといい。君の幸せが、私の幸せだ。君が悪い虫にさらわれてしまうのは、本当に、本当に不本意だけど……気持ち的には叩き潰して即刻排除したいところだけど……君が笑って歩いていけると、自分で信じられる人生を選んでほしい。君が望めば、私たちは万難を排して、その道を作るから」
「お、叔父様……?」
――ちょっと待って、どこまで知ってるの……?
一瞬漏れだした黒い気配に、冷や汗が流れる。
なんか、不穏なワードがちらほら聞こえたぞ! 一応キアランとのこと家族で知ってるの、マックスだけのはずなんだけど!?
いつもと変わらない笑顔が、逆に怖い。
いや、もう叔父様のことだから、全部知ってる前提で考えるべきなのか。私が秘密にしてるから、追及してこないで見守ってくれてるだけで。
そして王子だろうが、叔父様にとってはもれなく悪い虫なわけね!?
ちょっと引いたけど、嬉しくもなっちゃうのは、キアランごめん。
三百年ごとの侵攻とか、自分の不確かな立場とか、キアランとの未来とか、この先のことを考えたら時々不安になってたけど、すごく勇気づけられる。
私だけじゃどうにもならないことでも、全力で助けてくれる人たちがいつでも傍にいるんだ。
「ありがとうございます、叔父様。大好きです」
本当に叔父様は、私が必要としている時に必要なことをしてくれる。
いったん離れたのにまたギュッと抱き付くと、叔父様も優しく抱き締め返してくれる。
「ふふふ、最高のお礼だね」
「いざとなったら、思いっきり頼りますから」
「いざとならなくてもいいんだよ? さっきも何か困っているように見えたけど?」
いつでも私を見ていてくれているだけに、ぱっと顔を見ただけで分かっちゃうんだから、ありがたいけど怖いわ~。
「卒業準備日に着ていくドレスが決まらなくて」
迷いに迷って決まらないまま、なんとすでに来週に迫っていたりする。普通なら諦めて妥協案で進めなきゃならないところなのに、いまだに何の手も打てていないという体たらくだった。
「もう時間もないし、新しく仕立てるなら凝ったものは無理だから、今あるものをアレンジするしかないかなあ、なんて思ってたんです」
王都有数のファッションリーダーを自認する身として、下手なものは着ていけない! そう自分を追い込むあまりか、ますますドツボにはまったまま、とうとうタイムアウト間近となってしまった。
本当にこんなスランプは初めてだ。次善策すら用意していないなんて、ますます私らしくもない。
そんな私に、叔父様はまったく別の提案を示してくれた。
「だったら、グレイスの衣裳部屋ものぞいてみたらどう?」
「お母様の?」
ここで言っているグレイスとはもちろん、体を乗っ取られた魔物の方ではなく、私を産んだ前ラングレー公爵夫人のグレイスのことだ。
常に最新を追っている私には、まったくの盲点だった。
グレイスは、私に匹敵する勢いの衣装道楽だったという。今も保存状態のいいものが、当時のまま完璧に保管されている。
これもどんな人物であれ、母親を知らない私のために形見をしっかりと遺しておこうという叔父様の親心だ。親、他にいるのにね!
「物はいいんだし、今ならサイズもほとんど一緒だろう? 卒業のような厳粛な記念日に関わる場には、伝統の衣装や、先祖から代々譲り受けたものを纏うことも珍しくない。親の遺品ともなればなおさらね。前に君がファッションは二十年周期で繰り返すと言っていたし、君流のアレンジもしやすいんじゃないかな?」
「!!?」
うぉお―――た――――ああああっっ!!! 思わず心の中で叫んじゃうよ!
その手があったか、さすが叔父様! まさに目から鱗だよ!
そう、卒業式で袴を夢見ていた私には、今回に限っては“最新”よりも“伝統”が答えだったのだ!
グレイスの衣裳部屋にあるのはみんな古着じゃなくてヴィンテージ! 纏う場を選べば、どこに出しても恥ずかしくないものだ。
「ありがとうございます、叔父様! 早速見てみます!」
「うん、君の目に留まるものがあるといいね」
「はい!」
にこやかに見送ってくれた叔父様を後に、衣裳部屋へと一目散に向かった。
着付けしやすい体形=寸胴




