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フラグ

「うん、これならもう大丈夫だね」


 今日は『マダム・サロメ』で、アクセサリー関連の仕事。

 目の前に並んだアクサセリーの数々を一つ残らず検品してから、太鼓判を押した。


「十年かかって、やっと一人前になったってことね~。長かったけど、あっという間だわ」


 サロメも感慨深げに頷いた。


 ここにある作品は全部、『マダム・サロメ』お抱え職人の手によるものだ。ようやく私の求める水準に応えられる職人が育ってきた。


 起業家兼デザイナーとして華々しくデビューしている私も、彫金師のアイヴァンであることは公表してない。

 だって学園に入学したら、生産量が確実に落ちるのは初めから分かってたからね。


 デザインや企画、計画書の作成とかなら、最悪授業中でも内職できるけど、さすがに職人作業は無理。道具一式持ち込んで、教室でカンカンやるわけにはいかないし。貴重品の管理も学園内じゃ難しいし。


 学園に時間を取られる以上、どうしても削るしかない部分はあるわけで、私は一番影響の少ない彫金作業を減らしていた。

 そんなわけで入学後、アクサセリー作りに関しては、特別な依頼以外ほとんど受けていない。

 おかげでますます幻の作家としてプレミアついちゃったけど、それは狙っての結果ではなくて、妥協の産物。


 もともと私がアクセサリー作りを始めたのは、私の求める商品を作れる職人がいなかったせいだ。縫製はサロメのおかげで手を出さなくてすんだけど、こっちでは残念ながら出会いがなかった。というか、必要な技術そのものがなかった。

 だから、否応なく自分で作り始めたのがきっかけ。


 基本の手順を一通り学習してから、いざ自分流で作ってみたら、幼いながらいきなりとんでもない傑作が出来上がった。


 こっちの職人作業は、魔術との併用とか普通にあるけど、魔力のない私は手作業オンリーで進めるしかなかったのだ。

 でも逆に言えば、手作業でしかできない繊細な技巧というものが無数に存在するわけで、私は独自に「アイヴァン流」ともいうべき技術を次々と編み出していった。

 まさに天才の所業!


 なにしろ普通なら何十年もかけて身に着ける職人のカンを、大預言者の私は最初から持ってたからというのが、『天才』の種明かしなんだけどね。

 経験する前から、職人歴うん十年みたいな微妙なさじ加減まで、工程や技術の最適解がいきなり分かっちゃうのだ。

 これこそチート(ズル)もいいとこだ。


 自分の思い描いたものを自由自在に作り上げられるというのは作り手としては相当楽しいもので、デザイン同様にハマった。趣味としてならこれからも続けていきたい。


 でも時間は有限。

 できるなら、私はデザインに専念して、手間のかかる製作は人に任せられるといいなあと思ってもいた。選べる選択肢は多い方がいい。


 だからアイヴァンとして自作するのと並行して、職人の育成にもずっと力を入れてきてた。十年かかってやっと一から任せられるまでになって感無量ってとこだね。


 ただ、なんというか――同時に、何とも表現しにくい複雑な気分になってもいる。


 一つ、私の手から責任が離れ、嬉しくもあり、ちょっともの寂しい気もする。

 卒業する生徒の立派な後ろ姿を見送った時のように。


「なんか、一つ一つフラグが立ってくみたい」


 そんな感想が、思わず口から出る。

 アクセサリー作りに限らず、『インパクト』や、そこから派生した事業も、大きくなるにつれて、少しずつ形を変え、成長している。

 企業の規模が成長していく以上は当然だけど、それに比例して私が直接関わる部分が、どんどん減っていく。

 それが少しだけ、素直に喜べていない。


 サロメが不思議そうに首を傾げる。


「あら、どういう意味?」

「私がいなくてもそれなりに仕事が回るようになってきてて、楽だけどちょっと寂しい気もするなあって」


 日本時代の感覚になっちゃうけど、ここ一番の戦いの前に、将来の夢とか家族のこととか語るのと同種のヤバさを感じちゃうんだよね~、気分的に。

 近い例えだと、師匠が弟子に、もうお前に教えることはない、と満足しちゃったら終わりというか。別に弟子のために命を投げうつ展開なんて、私は絶対やらないけど。そもそも専門ジャンル、バトルじゃなくて経営とか工芸だからね!


 予言の春を前にして、ちょっと弱気になってるかな?


「ふふふ。他の人にできることは全部任せちゃえばいいのよ~。グラディスちゃんにしかできないものっすごく大事なことが、他にあるでしょ~!?」


 センチメンタル気味な気分を吹き飛ばすハイテンションで、サロメがぐいぐいと来る。


 私にしかできないことって、ぶっちゃけ予言なんだけど。

 サロメまで私に戦いに専念しろと!? いやいや、サロメ、私の正体は知らないはず!


「私にしかできないことって?」


 一瞬ヒヤリとしたところで、楽しくて仕方ないといった顔で叫ぶサロメ。


「恋よ~~~っ、ときめく恋愛に決まってるでしょ~~~っ!?」


 それ以外に何があると言わんばかりに断言する。


「あ~、それね~…………」


 目下一番の懸案事項だよ。

 確かに人生における超重要案件。キアランの牙城を前に、どう攻略しようかと四苦八苦中だよ。

 お年頃真っ盛りな今こそ、できるものならそれに専念したっていいとこじゃない?


 でもどう考えても今やると、それこそフラグ建設ランキング一位と言ってもいい話になっちゃうでしょ~?

 戦地にいる兵士が「故郷に帰ったらメアリーにプロポーズするんだ」的な。隣で聞いてる主人公のトラウマエピソード五分前みたいな。


 私としても突撃したい気持ちはやまやまだけど、縁起が悪すぎてどうにも気が乗らない。それはもう、オネエの恋バナのテンションの高さにもつられないほどに乗らない。

 馬鹿馬鹿しいとは思うんだけどね……。


「も~、隠さなくても分かってるんだからね~! 後でちゃんと紹介しなさいよ?」

「まあそういうのは、国が落ち着いてからね」


 本当ならサロメには一番に相談に乗ってもらうとこだけど、とりあえず否定も肯定もしないで流す。

 まだ秘密にしてるってこと以上に、それどころじゃないし。


 今は現実問題の方が重要なご時世なのだとばかりに、念のための確認をしておく。


「残念だけど、今は浮かれてる場合じゃないからね。みんなの安全と、店と倉庫は大丈夫?」


 せっかくここまで築き上げたものを、王都大侵攻で台無しにされちゃかなわない。

 私の心配を吹き飛ばすように、サロメがいい笑顔で頷く。


「ええ、もちろんよ。この区画は稼いでるだけあって、近隣で団結してばっちり結界張ってるから、少しくらいの衝撃じゃ破壊も侵入もできないわ。従業員の避難所と訓練もばっちりだし、いつでもどんと来いよ」


 との頼もしいお返事。もうどこの町やら組合やらも、大体似たり寄ったりで対策ができている。

 もちろん私の『インパクト』やその他いろいろも同様に。


 王都中の備えが整って、後は本当に迎え撃つだけなんだなあと、店や町の様子を見て改めて実感していた。


 なのに、ここ最近、周囲の災厄に立ち向かう機運を感じるほどに、心のどこかにもやもやしたものが蠢き出す自覚があった。


 理由は分かってる。


 この感覚には、覚えがあるから。

 一周目のアスリート時代、国を背負った大一番に挑む感覚。


 負けたらどうしよう――その恐怖は毎回心に付きまとう。


 自分一人が負けて悔しいですむわけじゃない。本当に、いろいろなものを背負って大舞台に立つものだから。


 負けるイメージがあるようじゃ話にならない。勝利しか考えられないとこまでメンタルを作り上げてから、勝負の場に臨むのだ。


 今回の戦いは、王都民の安全と命すらかかっている。魔物たちの王都侵攻を防ぐなんて、できて当然な最低限の目標。

 今回は更に最終段階として、二度とゲートが開くことのないように、完全に穴を塞ぎきるまでを想定している。


 それができなければ、きっと――いや、まず間違いなく、また三百年後の転生があるのだ。


 ――気が、遠くなる。


 それを思うと、失敗した時の恐怖に、じわじわと蝕まれていくような気がする。


 準備ができてないのは、私の覚悟だ。

 

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