ライナス・デリンジャー(担任教師)・2
今年の新入生は、王子や次期公爵はじめ、学園の歴史上例を見ないくらい注目の人材が目白押しだった。
そういう時は、別クラスに散らすのが通例だが、今年度は上の学年にも劣らないレベルの大物がひしめいていて、予期せぬ衝突も予想された。
幸い新入生の注目株同士が親しい間柄ということもあって、一年生の目立つ生徒は、全員まとめて同じクラスにする方針に決まった。集団でいた方が個別攻撃の標的にされにくく、不用意なトラブルに発展する隙を減らせるだろうと。
そして担任として、俺に白羽の矢が立った。騎士団の隊長時代に、クセのある新人を数多く教育してきた経験を買われたためだ。
ある程度仕上がってからやって隊に入ってくる新人と違って、学園では未完成の人間を育てるやりがいがある。意気込んで臨んだ。
しかしグラディスという生徒は、最初から実に奇妙でちぐはぐな印象だった。
入学直後の新歓サバイバルでの派手なデビューで、頭の固い連中からは芳しくない評価もあったが、俺に言わせれば、戦闘において非常に合理的で理性的な思考の持ち主だと感心した。
結成一週間足らずのパーティーの仲間を完全に掌握し、その能力を最大限に発揮させた老獪な指揮。イベントの傾向を詳細に分析した上での作戦立案。戦闘中の敵を一時的に手駒に変える胆力と扇動力。勝率の高い環境を整え、勝てる戦いしかしない、勝利への徹底した効率化。
世間では派手好きな評価ばかりが表に立つが、現状の戦力で最も実現性の高い手を積み重ねた堅実な現実主義者というのが、俺の率直な評価だ。
むしろ派手な立ち回りを好みがちな未熟な戦闘職ほど、目から鱗が落ちたことだろう。
それにしても、何の経験もない少女が、机上の空論であそこまでできるものなのだろうか。
今回の雪中行軍、実際に目の当たりにして、その疑念は深まるばかりだ。
たとえば罠に関する講義――本質は技術的なことよりも、戦いに向けての心構えに重点が置かれているように思える。俺が騎士時代に、配下に指導してきた内容と重なる部分が多い。
意外だったのは、非常識の塊の如き前評判と違って、実際はグラディスが完璧な優等生だったことだ。
新年度が始まるまでは神経をとがらせていた学園上層部からは、あれほどの警戒感が突然掻き消えた。
――確か、最初の学力試験が行われる頃からだったか。まるで手のひらを返したかのように、放任に変わった。今ではほとんど野放しだ。
本来このバルフォア学園は、常識を叩き込む場でもある。
地方によって大きく異なる規格や慣習を、王国の統一ルールにそろえる必要がある。
集合時間一つとっても、一時間程度は遅刻のうちに入らないという価値観で育っている大雑把なハンター家などのような家もあり、五分前行動から指導しなければならない生徒が少なからずいる。
事前に学んできている貴族ですら、多くが自身の領地での価値観ややり方を引きずり、王国の標準的規則などは、学園生活で身に着けていくということがむしろ普通なのだ。
その辺りの常識が、グラディスは最初から完璧に身についていた。新入生どころか、上級生とすら比ぶべくもなく、学園でのルールを完全に熟知している。
それこそ俺のように、ここの卒業生ではない現場からの叩き上げなどよりもはるかに。
不自然なほど、彼女の振る舞いはあまりにも正しい。指導すべき部分が見出せない。バルフォア学園非戦闘系学生としての、一つの模範解答かのように。
違和感の正体は分かっている。視点や立ち位置が、生徒ではなく明らかに教師寄りなのだ。
彼女だけは、生徒としての成長が感じられない。初めから完成されているためだ。
教師として俺に手を出させる未熟さの余地が見出せない。
王子のキアランもそれに近いものはあるが、常にそうあろうと自分を律する強い意志の元の行動であって、やはり若さゆえの戸惑いや余裕のなさというものは、ある程度付きまとう。それが当然だ。
だが、グラディスには、そう言ったものが一切読み取れない。迷いがない。
そして自分自身がほとんど完璧でありながら、完璧主義とは対極にある。他人の失敗を責めも呆れもせず、面白がって受け入れてしまう度量は、とても十五~六の少女とは思えない達観ぶりだ。まるで大人がヨチヨチ歩きで転ぶ幼子を、おおらかに見守っているかのように。
天才ながら問題児の一人としてうちのクラスに振り分けられていたベルタすら、学園に馴染ませてしまったのも、間違いなく彼女の手腕だ。果たしてアレが、俺にできただろうか? まったく自然にやってのける。
あれだけの結果が、まぐれや偶然であるはずがない。すべて狙って、表立たずに誘導している。
学園内で良くも悪くも目立つ生徒のほとんどは、グラディスと関わりを持っていると言っていい。
始動当初は予測不能な衝突が懸念がされていた学園内の人間関係が、拍子抜けするほど穏やかなのも、グラディスによって絶妙にコントロールされているのではないかとすら思っている。
去年と比べて、反目し合っていたハンター家とイングラム家の衝突はほとんどなくなった。いや、一つのチームに、あの二家の者を引き入れてしまうこと自体が、異例のことなのだ。
「今までで一番大変でしたけど、楽しかったです」
「だな」
「次はもっとうまくやれるぜ」
「次があったらな」
グラディスに感化された班のメンバーが、清々しい表情で各々大変だった出来事を振り返って、楽しそうに感想を漏らす。
そしてそんな生徒たちのやり取りを、傍で笑って眺めているグラディス。
いったいどこまでを予測して動いているのだろうかと、ぞくりとしたのは、戦闘の真っ最中の途中離脱だ。
事故を装ってはいたが、どう見ても目的を持っての自発的な行動だった。追いかけるのを、俺に思いとどまらせるほどに迷いがなかった。ティナの邪魔だてすら、最初から計算の内のように。
何が本当の目的だったのかは知らないが、少なくともあれで、班の生徒たちの覚悟がはっきりと強まった。
ある意味精神的支柱であった強い存在が一瞬で消え去って、全員に目的と自覚が芽生えた。特にリーダーのクライヴ、案内役のライアンに。
それから間もなく、なぜか突然魔術が妨害なく使えるようになって一気に形勢逆転したが、その前からこの班の士気の高さは、他班とは比べ物にならなかったはずだ。
まさに、鮮やかとしか言いようがない。その過程を逐一目の当たりにしながら、一教師として、感動すら覚えた。
全面的に表に立つわけでもないのに、要所要所で生徒たちをまとめ導く。
それでいて、判断を本人にゆだね、自分で考えさせ行動させる。
俺も騎士団時代は、新人が失敗すると分かっていてもあえて口出ししないことがよくあった。口で繰り返し叱るより、一度の失敗の方が、はるかに人間を成長させるからだ。
それと同じようなことを、明らかにグラディスもしている。
成功でも失敗でもいいから、とにかくやってみろと。最後の最後に勝てばそれでいいのだと。
それはまさに、この学園の指導理念そのものだ。
本当に、グラディス・ラングレーとは、何者なのだろうか。ただの天才では収まらない何かがある。
関われば関わるほど謎が深まる存在だが、今もまた、新たな発見をした。
学問分野での能力が高い一方で、ラングレー家では考えられないほど魔力の才が乏しいことでも知られているグラディス。
実際、魔術使用可のイベントごとでも、彼女の魔術を見たことは一度もなかった。
ところがこの片付け作業において、必要に応じて魔術を使っているのだ。それも、他のメンバーでは難しい場面のみ、かなり高度な魔術を。
魔力の保持量が高ければ、ラングレー家として何の遜色もない魔導師になれただろうに。
だが、これで一つはっきりした。預言者の可能性すらうっすらと疑っていたところだが、それは違ったようだ。もしそうなら、どんな細やかな魔術も使えないはずなのだから。
おかげでまた、では何者なのかという謎が深まったわけだが。
行軍演習の裏で起こっていた、バロウズ副校長の救助の件も、何か尋常ではない出来事があったと睨んでいるが、結局うやむやなままだった。校長、ティナ、ユーカ、クローディア――誰一人、それに関しては口をつぐむ。
一教師の裁量では収まらない何か。学園の上層部ぐるみでの――あるいはもっと上すらも関わってくるほどの何か、ではないかとすら思える。
いや、今の俺は教師だ。何者であろうと、教師として、生徒のよりよい未来のために尽力する以外にはないと分かってはいるが……。
しかし、卒業するまでには、真相を見極めてみたいものだ。
ザカライアと直接面識がなかった教師サイドの視点。グラディスに異質さは感じながら、いい線まで行っても真相までは届かず。(グラディスが魔術を使えたのは、キアランから守護石を預かっているから。デリンジャー先生に怪しまれているので、疑いを払拭するためにここぞとばかりに魔術を使用)
章立てはしていませんが、学園での一年を終えて、これから最終章となります。ようやく……。
伏線を回収しつつ、ラストスパート。書きたかったエピソードだけは部分的に、下書き段階で(ボツ予定含め)六万字ほど溜まっていますが、場面ごとの間を繋ぐ作業だとモチベーションが上がらず、時間がかかるかもしれません。マイペースで行きます。




