友人
順調な道のりも半ばを過ぎたところで、巡回中のルーファスを発見した。
決まった場所にはとどまらず、遊撃的に動いて、必要に応じて各班に手を貸してるようだ。
ルーファスも私に気が付き、目が合った。
ノアに背負われてる私を見て、ぎょっとしてる。
あ、まずい――と、制する間もなく、瞬時に私の元まで駆け付けられた。
「こんな状況下で何やってるんです!? 二人だけですか!? どこか怪我を!?」
慌てるあまり、いつもの素の態度で問いただしてから、ノアの視線に気付いて「しまった」という顔をした。
あ~あ~、やっぱそうなるよなあ。
後ろからでも、ノアの生暖かい笑みが見えるようだわ。
まあこうなることも承知の上で、最善のコースを通ってきたわけだから、許容範囲だ。今更こいつ相手に取り繕ってもしょうがない。
「問題ないよ。それよりあっち行って。ちょっと戦況がよくないから」
私もいつも通りの言動でルーファスに応じる。
「しかし、動けない状態のあなたを、この危険な状況下で放置するわけにはいきません!」
開き直った態度で察したようで、ルーファスも完全に本来の口調に切り替えながらも、反論した。
「負傷しても今は治癒もかけられないのですから、私が護衛するべきです」
私の安全に関わることだけに、強硬に主張する。
もうあからさまに一生徒に対する態度じゃないわ。
確かに魔物が徘徊する場所で、預言者が護衛なしなんて、彼から見たら狂気の沙汰なんだろうけど。
「こっちは大丈夫。あっちの方が危ないと、私が言ってるの。フォローしてあげて」
明確に含みを持たせて、お願いではなく、命令する。
数秒苦渋の表情で迷ってから、ルーファスは不承不承に頷いた。
「――分かりました……。でも本当に、気を付けてくださいよ! ノア、死んでもグラディスを守るんだぞ!」
「は~い」
こらこら、いくら何でももう少しは取り繕いなさいよと言いたくなるレベルの教師の理不尽な指令に、何事もないように飄々と答えるノア。
ルーファスはものすっごく不本意そうな表情を隠しもせず、それでも後ろ髪をひかれるように指示された方角に走っていった。
「ルーファス先生に乗り換えなくてよかったの?」
再び歩き出したノアが、他意もなく疑問を呈してくる。
なんかお前の言い方!!!
それにしても本人もタクシー感覚か。いや、この世界ならさしずめ馬とかかな?
まあルーファスタクシーに乗り換えたら、鈍行がノンストップの新幹線くらいになるのは間違いないんだけど、現状での必要性は低いかな。
「最大戦力をただの足に使うのは、運用として間違ってるでしょ?」
ただの足をさせられてるノアからしてみれば失礼な言い草かもしれないけど、そこは明確な役割分担だから。そもそも信用あってこそのことだし。
今日学園にいる全騎士の中で間違いなく最強の戦力を、差し迫った危険もない私のお守のために戦闘から外すなんてありえない。
近くに危なっかしくて面倒見てほしい班があったし、必要とされる現場に行ってもらう方が遥かに有効活用できるというもの。
「ああ、なるほど。何故か僕らだけ魔物の脅威にさらされてないもんね。危険なとこに回してあげないとね」
ノアはからかうような口調で納得し、ニヤリと続ける。
「ただの生徒に文字通り顎で使われる次期公爵の図も面白いしね。ほんとに君は退屈しないなあ」
「…………」
もう、ちょいちょいつついてくるなあ! 探るというよりは遊びの感覚で。
もうこいつには、全部バレてる体で相手してちょうどいいくらいな気がするわ。信頼はしてるから別に構わないんだけどね。
「でも、ちょっとほっとしたかな。ルーファス先生だと完全にアウトだろうからなあ。まあ、僕でもギリアウトなんだけど」
ノアが面白そうな調子で、唐突に意味不明な話題転換をする。
「何の話?」
「役得なのは嬉しいけど、もうちょっと力緩めて、って話」
体勢を立て直すために、またぎゅっとしがみついたばかりの私に、ノアが苦笑混じりのクレームをつけてきた。
「おお、この緊急事態中に冗談が出せるなんて立派なものだね。余裕があるのはいいことだよ」
背負われる以上は不可避な、私の必殺できない必殺技が炸裂してるのを、少しは気にしてたらしい。可愛い顔してても男の子だな!
「いや、けっこう真面目に言ってるんだけど。キアランが気にしたら悪いから」
「それは、気を回しすぎじゃない?」
確かに前に、アーネストに抱きかかえられて医務室まで運び込まれた時、キアランに似たようなことは言われたけど。
だけどそもそもおんぶって、私的にはお姫様抱っこのような特別感は皆無なんだよな~。
むしろ一周目のアスリート時代、二人一組でやった基礎トレとかの汗臭いイメージしかない。あと5セットとか勘弁して~っ、なんてものにロマンなんぞあろうはずもないじゃないか。
いくら相手が男子でも、いやむしろ男子ほどむさ苦しさ倍増。どこを切り取ろうがときめきなんて欠片も拾えない!
どうせ私の必殺技なんて、大した威力ないし! 当然根に持ってるぞ、キアラン! ――って、そんなんばっかりか。
「今は仕方ないでしょ。不可抗力ってものだし、他にもっといい手段がないもん」
緊急事態でどうしようもなかったことで、うだうだ言ったりはしないよねえ、あのキアランが。ちょっと想像がつかない。
「分かってないなあ。そういうの、理屈じゃないからね。態度に出さないのと、気にしないのとは別物だからね」
手が空いてたらちっちっちっ、とやりそうな調子でノアが返す。
「多分ルーファス先生とのことも気にしてるからね? なんでも見抜けちゃうのも考えものだよね」
おうっ、思わぬ方向から流れ弾が飛んできた気分だ。
やっぱりただの教師と生徒なんかとは違う空気感があったのかなあ。
思い返せば私、再会初日にいきなりルーファスに逆プロポーズしてたわ。あっさりフラれたけど。
そのあとは反対に、私がプロポーズされて、断った経緯がある。
でも、自分が袖にした相手のことをいちいち吹聴するほど悪趣味じゃないからね。これは内緒にしてるのとは違うと思うんだけど、キアランからしたら黙っていられるのも複雑なとこなんだろうか。
そして今更なんで知ってんだよなんて、ノアには言う気も起きない。
「そうそう。一時期、どうしてだかキアランが君から距離を置こうとしてたことがあったよね」
私が言ってこなかった情報を、ノアは更にこれでもかと続けざまに出してくる。
「――うん」
さすがに親友はよく見てるなあ。
私がザカライアだと気が付いた時、キアランは友人の位置から動かない決断をした。私の新しい人生を、また国に縛り付けないために。
「あの時も、意地でも態度に出さないように振る舞ってたね。あいつはちょっとやせ我慢しちゃうとこあるから、何も言わない時ほど、こっちで気が付いてあげないとなんだよね」
いろいろと考えてたんだなあと感心しながら、私は背中に張り付いて興味深く聞いていた。
ノアのこういう腹を割った話は、初めて聞くかもしれない。
「で、やっぱり相手が僕でも、いい気はしないだろうと思うわけ」
「ノアとは、最初から友達以外の空気になったことなんてないのにね」
「あはは、初めて君を見た時から僕、君はパスと思ったからねえ」
「――――」
だから、言い方!! 結果としては結構なんだけど、さらっと言われるとなんか腹立つな。こんな美少女を捕まえて、一体どういう了見だ!
「それはそれで失礼じゃない!? まあ、馬車で轢かれかけた相手に好意を持てとまでは言わないけど」
確か私が乗ってた馬車と、ノアが接触しかけたのが、ザカライアの記憶を思い出したきっかけだったんだ。
「いやいや。そのもうちょっと前だよ。お茶会で君を見たって言ったでしょ」
というと、まだザカライアの記憶が戻る前だね。あれはあれで、つんつんしたワガママお嬢様として、身近でない人からは誤解されがちのタイプだった。
そういえば、誰からの批判も悪口も聞く耳持たず気にも留めなかったあの時点での私が、出会ったばかりのキアランの苦言にへそを曲げたのは、今思えば、まあそういうことだった、ってことなのかな。
「窓越しにね、見てたんだ。君とキアランの出会いを」
私が思い返していたのとまさに同じシーンをノアが語り出して、少しはっとする。
「時が止まったみたいにお互いずっと無言で見つめ合っててさ。なんとなく誰も入っていけないような空気を感じた」
おおう、こののぞき屋め! そんなとこからすでに目撃してたのか。その記憶、私ものぞきたいわ。もちろん永久保存で!
「その時から、もう予感はあったのかもしれないね。だから僕は、パスしたんだ」
どこか懐かしそうに、おかしそうに、ノアは続ける。
「王子なのに――いや、王子だから、何も思い通りにならないキアランでも、公爵令嬢なら望めば手に入れられるかなあ、なんて思ったりしてね」
そんな思い出話を聞きながら、ふいに気付いた。ノアとのフラグが折れた瞬間はそこだと。
死神をのぞけば、ノアも私に深く関わる存在として、ザカライアの最期に予言で降りてきた四人のうちの一人。
だけど、よく考えたらこいつだけは最初から今まで、色恋絡みの雰囲気になったことは一度たりともない。フラれるも何も、お互い一貫して友達ポジションだった。
なるほど。ノアとはフラグが立つ前から、私の知らないところでぽっきりと折れてたわけだ。
本当に、決定した未来なんてないんだなあ。
まあ予言なんて、無数にある起こりうる未来の一つ、ってだけだからね。
直近の未来ほど、予知は確実性が高い。逆に、視る未来が遠いほどに、ゴールまでの分岐点は無限に増えてズレが生じやすくなる。たった一つの些細なズレが、やがてその先の展開を大きく変える。
十年以上先の予知なんて、それこそ無数にある未来の可能性の一つに過ぎなかった。
私にも読み切れない運命があることは、逆になんとなくほっとする。
「結果が出た今ですら、相変わらず感情を露わにすることなんてほぼないんだけどさ。君が僕におんぶででも抱き着いてたら、キアランだって絶対に気にするからね」
「絶対なんだ?」
「うん。絶対。そしてやっぱり絶対に、そういうことは言わない。それが君のためだと思ってるから」
「ふふ。なんか、目に浮かぶね。だから、こっちで気付いてあげてってことだね」
「付き合いが長いとね、意外と分かりやすい奴だよね」
その言葉に、二人で声を合わせて笑った。
「キアランは、いい友達を持ったね」
もちろん私も、とは、わざわざ口にはしない。
「さあ、どうだろうねえ? 人が悪いとはよく言われるけどねえ」
冗談めかしてニヤリとはぐらかすノア。
ふふふ。キアランに悪態をつかせること自体が、その証明でしょ。
態度がどうだろうと、私は知ってるよ。
性格は全然似てないのに、芯のところは本当にあいつとそっくりだ。あのクソジジイに。
狭いけど深い、一生モノの友情を大事にする奴なんだ。




