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別行動

 ノアはここまで一人でよく頑張ってた。


 ノアの班で事態が起こったのは、異変が表面化する前だった。

 魔物の密かな待ち伏せを受け、まだ何の警戒もしていない無防備な状態のところ、精神撹乱系の魔術に一気にやられた。

 その魔物は戦闘力の劣る一撃離脱タイプで、仕掛けた後はすぐに去った。同士討ちを始めた人間たちを残して。


 ノアは周囲の仲間たちが錯乱状態と判断した瞬間、お得意の隠密技術で不完全ながらも気配を消した。

 手持ちのいくつかの武器の中から、なんとか作動する麻酔針攻撃をかまして、死角に隠れながら隙を縫い、着実に全員の意識を絶っていったのだ。


 辺りには先生や警護の騎士・魔導師を含めて、何人もがほぼ無傷で倒れている。ちなみに初めから防御魔術がかけられているボランティアさんたちは、マインドコントロールにはかからず、争いが始まったこの場からいち早く逃走して、今は他の班に保護されている。


 ノアは大混乱の中で一人残って、仲間の被害を最小限に抑えるために孤軍奮闘していた。

 必殺の飛ばし針というロマン武器を活用して! ちょっと羨ましい。さすが某少年探偵も愛用のツールは、実に優秀だ。あとで貸してくれないかな?


 これはまあ護身用武器としてギリ許容範囲としても、それ以外にルール上持ち込み禁止の魔道具類、えぐいくらい持ち込んでるし。

 精神が正常だったのも、もちろん密かに身に着けてる違反品のおかげだ。備えあれば憂いなし!


 明らかなルール違反でも、必要と判断すれば躊躇わずやるのが、ノアの偉いとこだね。 

 これだけやらかしててもバレないって、私でも無理だわ。ここまで自重なく反則上等だといっそ清々しい。

 ゲームやスポーツと違って、正々堂々戦って負けるより、どんな手を使ってでも勝たなきゃいけない立場の人間ってのはいるからね。

 ノアは自分の目指すべきものを、本当によく理解して、覚悟していると思う。おかげで、こうして緊急時にガッツリ役に立ってるんだから、ズルイとかいう次元の話じゃない。

 生真面目なキアランの相棒としても、すごく心強い。


 ノアが雪を払いながら立ち上がる。


「助かったよ。ギルだけは、どうやっても仕留められなくて、本当にピンチだったんだ」

「ふふふ。ハンターの野生のカンは侮れないからね」


 いくら不意を衝いても、ギルにだけは簡単によけられて、手の打ちようのないまま絶体絶命になっていたところで、私が颯爽と現れたわけだ。スポーツ新聞があったら、私の華麗なドロップキックが一面に飾られてもおかしくないのに。


 ちなみにギルは現公爵であるヒュー・ハンターの末の弟。ガイの年下の叔父さんだったりする。自由人だらけのあの家では割とよくある話で、下手すると末っ子が孫と同世代なんてこともある。そして細かいことは気にせず、みんなまとめて育て上げる。親族が多いのも結束の固さも納得の一族だ。

 最近は同い年の姪っ子に当たるガイの妹ジェイドと張り合い、来年のハンターチームのトップ争いをしているらしい。


 そんな強敵相手に、戦闘職でもないノアは本当によくやった。

 私だって予知全開で、奴の盲点になる角度を完璧なタイミングで攻めて、何とか隙を作るのがやっとだったくらいだ。


 ただそれは、どうやっても私が怪我をするコースでもあった。


「いたっ」


 左の足首に痛みが走って、立ち上がるのに失敗する。

 あ~、やっぱやっちゃったなあ。

 いくら運動神経に自信があっても、私の肉体の強度は一般人並みだ。気を付けはしたけど、やっぱり足を痛めるのは避けられなかった。


 その時、上の方から大声が降ってきた。


「グラディス、大丈夫か!? すぐ行くからそこを動くな!」


 クライヴの声だ。他の班のみんなも、予定通りとはいえ、心配させちゃってごめんね。


 すぐさま救助活動に入ろうとする仲間を、私も大声で制する。


「大丈夫よ! 別のグループがあったから、ひとまずここに入るわ! 私のことは気にしないでそっちの活動に専念して!」


 私の仕事をするためには、別行動が必要なのだ。協力者が身内ならなお望ましい。


「15班だ! うちで引き受けた!」


 すかさずノアもフォローを入れ、ニッと笑う。素晴らしい察しの良さだね。


「分かった! 下でまた会おう! 気を付けろよ!」


 上もまだ油断できる状況じゃない。クライヴも断腸の思いで提案を受け入れた。まさかその15班が、現在ノア一人になってるなんて、思ってもいないだろうからね。


 やがて8班の仲間たちの気配が、慌ただしく離れたところで、ノアが改めて私をニヤリと見る。


「で、次は何をするのかな?」

「ふふふ。話が早くて助かるね」


 非戦闘職二人きり、しかも私は足を痛めて歩けないという、普通なら絶望的な状況。あえて選択した意図を瞬時に汲み、頼む前から協力を申し出てくれる。


「目いっぱいあてにしてるよ。だからあんな無茶できたんだしね」

「あまり期待値が高くても困るんだけどなあ」

「大丈夫。私を運ぶだけの簡単なお仕事だから」

「力仕事かあ……」

「失礼な! この場合の社交辞令は『羽根のように軽そうだから問題ないよ』でしょ!」

「いやいや、僕は正確な情報を重視する人間だから。で、どこまで?」

「じゃあ、第二用具室まで」


 タクシーのノリで目的地を告げる私に、ノアは少し考えてからいたずらめいた表情を浮かべる。


「この前ベルタの大騒動があった場所だね。もしかして、学園七不思議と関係ある?」

「かもね」


 笑ってはぐらかした。

 さすがの情報通。この状況から関連付けたか。

 

 それ以上答えるつもりのない私に肩をすくめ、ノアは思い出したように周囲をうかがった。


「おっと、急いだほうがいいね。隠密行動なんでしょ? 早ければあと5分くらいで覚醒する人が出てくるよ。雪山での対人を想定してるから、短めの設定なんだよね、これ」


 憧れのロマン武器を示して促す。

 なるほど、そんなところまで細かく考えて調整しているとは、さすが準備の鬼。確かにこの状況下で長く昏倒させてたら、普通に凍死しかねないもんね。


「分かった。お願い」

「オッケー」


 伸びてる15班及び周辺警護の面々に見られないうちに、ささっと適当な書き置きをノアに残してもらって、急いでその場を発つことにした。


「悪いけど、他の人みたいに華麗に横抱きってわけにはいかないから」


 荷物を地面に置いて、私の前で背を向けてしゃがみ込む。


「いやいや、騎士と比べてもしょうがないでしょ」


 答えながら、私もリュックを捨てて、ありがたくノアの背中にしがみついた。ちょっと力を入れただけでも、左足首が痛む。やっぱり歩くのは無理だね。


「じゃ、しゅっぱ~つ」


 私を背負って歩き出すノア。昔は線の細い女の子みたいだったけど、その足取りは見かけによらず力強かった。


 おお、さすがこの国の男子。非戦闘職のヒョロガリ君と見せかけて、女の子一人背負って山道を下るくらいの力は持ってましたね!


「すごいじゃない。全然ヒヤヒヤしないよ」

「褒められたと思っとくね」

「もちろん褒めたんだよ」


 確かにグラディス・ラングレーとして生を受けて以来、誰が何と言おうとも、私の運び方はお姫様抱っこがデフォルト!


 でも人一人背負って雪山歩けるなんて、一般人としては山岳救助隊並みの鍛え方だって。ただでさえ身体強化も不十分なのに。

 成人後も細身の外見は変わらないけど、そもそも貧弱なお坊ちゃんに有能スパイの真似事なんて無理だしね。

 そういえばアイザックもあの負けず嫌いの性格で、子供の頃から文武両道目指して頑張ってたなあ。あいつの剣の稽古を見学しては、随分冷やかしてやったもんだ。


 それにしても、たまにはおんぶというのも新鮮だな。一周目以来だけど、こんな感じだったっけ。背負われる方も結構大変だなあ。いつもみたいに相手に全部お任せの安定感がない。油断してると、すぐずり落ちてくる。


 不安定になるたびに、よいしょと、体勢を立て直して必死でしがみつく私をよそに、ノアが怪訝そうに周囲を見回した。


「さっきから、全然魔物の接触がないんだけど」


 あちこちから派手な戦闘音や怒号が聞こえる中、私たちの道中は何事もなく実に淡々としたものだ。通りかかった魔物の群れが、普通に素通りしていく。


「そう? 不思議だねえ」


 私の場合守護石があるから、むやみに騒ぎたてない限りは、この程度の魔物に襲われることはないんだよね。

 実はさっきの班行動での襲撃も、私個人を狙ってくる個体はいなかったのだ。

 今はその効果が、私と接触しているノアにも発揮されている。


「――まあ、今更追及してもしょうがないか」

「だね」


 ノアは、それ以上の追及はしてこなかった。


 あえて確かめようとは思わないけど、ノアは確実に私が預言者であることには気付いている。もしかしたら、アイザックの筋から調べて、ザカライアまで行きついているかもしれない。


 それでも今までとまったく変わらない態度で、何も訊かずに付き合ってくれてるんだから、本当に得難い友人だなと、改めて実感する。


 頼りになる姿に、なんとなく懐かしい幼馴染みの顔が重なって見えた。

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