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防衛

 不格好な斬撃で、特攻してくるトンボもどきを撃退しながら、魔導師のノーラが愚痴を漏らす。


「もっと剣術と体術磨いとくんだった!」

「ふふふ、新しい課題が見つかってよかったわね」


 戦闘職に守られている輪の中から、私が気楽な激励をかけた。


 まだまだひよっことはいえ、さすがは学園のエリートたち。中途半端な身体強化ながらも、しばらく続けるうちに攻撃のコツも徐々に掴めた。


 近くで警護に当たる騎士団員や魔導師は、学生たちの戦闘をフォローする体制に努めて、ほとんど手出ししてこない。本当に危険な瞬間だけ手助けする形で、あくまでも学生の訓練が第一の姿勢。まるで野生の獣が、子供に狩りの仕方を教えるように。

 そうでなければ、あえてイベントを強行した意味がないもんね。


 そして、もはやルーチンと化した迎撃もようやく終盤。


 ただ守られていて手持無沙汰だった私も、次の行動に手を付ける。

 

「ライアン、地図を出して。()()の方の地図よ」

「は、はい」


 準備に抜かりのないライアンは、予想通り本来の裏山の地図も持参していた。山に入るなら当然なんだけど、毎年学園からイベント用の特別な地図を事前に配布されてるから、意外と少数派だったりするのだ。


「現在地がどこか分かる?」

「――この辺り、ですかね?」


 ライアンが、広げた地図の一点を指差す。


 おおっ、惜しい! 

 木に覆われた山の中で、しかも今は一面雪化粧。どこも同じようにしか見えない。そんな状況で、ライアンは百メートルほどの誤差に収まる個所を指し示した。


 方向感覚が狂わされてるなりに、歩いた歩数とか時間、太陽の位置とか、植生の分布とか、その他色々な前提条件から推測したようだ。

 多分ベルタなら天才にしか分からない謎理論で一発正答なんだろうけど、これだって十分大したもんだ。

 むしろ難解でも理解し得るアプローチの方が、再現性があって一般人には有用なんじゃないかな。


「残念。もう一段上のここよ。これからここを起点にして、常に位置を把握しておいて。違和感を持ったらすぐに報告して。心構えだけは、いつでもリーダーにとって代われるつもりでいて」

「おい、勝手に俺を退場させるな! 縁起が悪い!」


 手を休めないままで、苦情の声を上げるクライヴ。

 緊張感が続いていたみんなの空気に、弛緩が混ざる。ずっと気を張ってたらいろいろと持たないから、程々がちょうどいい。


「数もいい感じに減ってきたし、そろそろ移動してもいいんじゃない?」


 警戒は続けながらも、提案する。

 この場に留まっていたのは、動いた方が危険だからで、動ける状況なら、より有利な場所に移るべきだ。


「そうだな。トンボの脅威はひとまず凌いだ。ここまで減れば、守りながら動けそうだ」


 まずは、各個撃破されている状況から抜け出す必要があると、クライヴも同意する。数は力。なんとか他のチームと合流したいところだ。


「だが、あちこちで戦闘の音は聞こえるが、お前たちを連れて参戦はできない。まずは平地に降りたほうがいいだろう。戦えない者を避難させてからなら、もっと有利に戦える」

「そうね。他の班も、まずは建物のある場所を目指して移動してると思うわ。魔物のタイプによっては、開けた場所の方が戦いやすい場合もあるし」


 高い可能性の一つとして、私も賛同する。

 実際には視えているから、ここの直近ではすでに二つの班がそうしていると知ってるけどね。そのうちの一つはキアランのとこだ。

 異常に隠密性の高い光学迷彩系の魔物に遭遇したため、かなり早い段階で遮蔽物の少ない場所に移動している。ナイス判断! プレデターと密林は混ぜるな危険だからな!


「目標になりそうな場所で一番近いのは、第2運動場でしょうか。倉庫もあります」


 ライアンが地図で確認してから提案する。


「よし、警戒しながらそっちに移ろう」


 クライヴが移動の決断をしたところで、他のメンバーから懸念が出た。


「で、でも、時間がかかりませんか?」

「道に迷ってしまうかも……」


 魔道具のせいで、方角がまともに掴めない。そんな状態で、下手に動いていいのかと。


 ――まったく、何のために本物の地図を出したと思ってるんだ。


「何の問題もないでしょ。こうすればいいのよ」


 そしていとも容易く、私は認識阻害用の腕輪を外してみせる。


 避難するのに方向感覚が狂わされるとか、足かせにも程がある。もっとも、本気の私には効果ないんだけど、そこは言う必要はない。


 その行動に、クライヴが少し焦った声を出す。


「お、おいっ。終了前に外したら失格だろう!?」

「そうね。で、それは正しい判断? これは実戦よ?」


 その場その場で、より有利になる状況を一つずつ着実に積み重ねていくことこそが、勝利を引き寄せる。

 たった一つの判断ミスで、そのすべてがひっくり返ることだってザラ。行事で失格になる心配と、命の危険は、そもそも天秤にすらかけられる問題じゃない。

 

「無事切り抜ける可能性を少しでも高めるために、今、一番必要な選択をするべきだわ」


 私の一言で、クライヴの顔つきが変わる。仲間の命を背負う立場としての決断。


 そして、間を空けずに号令をかけた。


「全員腕輪を捨てろ! 補習になった時も、このメンバーで協力し合うぞ!」

「「「「「はい!」」」」」


 腹を決めたリーダーの命令に、即座に全員が従った。いっそ晴れ晴れとした表情で。


 おお、ボランティアさん含む大人たちの視線が、なんとも生暖かい。私もうっかり同じ目をしちゃいそうだ。気を付けねば。


 ちなみに、生徒はあずかり知らないことだけど、()()()()()が発令された瞬間から、イベントの密かな特別ルールが適用されていたりする。


 実戦において最も評価されるべきなのは、勝つため、生き抜くために、最大限に正しい選択をすることだ。目の前の問題解決のために必要なら、取り得る対処はすべて取っていい。


 夏の森林サバイバルで予期せず蜘蛛の魔物が出た時も、ガイやアーネストなんかは、危険性を判断した瞬間、即座にイベント制覇を捨てたらしい。目標を、『優勝』から『生存』に切り替えて。

 それこそが学園不動のツートップというものだ。マックスだと個人戦は強くとも、こういう戦局での判断はまだ甘い。


 実は今回も、真っ先に腕輪を外したのはガイの班。っていうか、放送前からフライングでやらかしてたし。

 さすがの嗅覚というか、なんかヤバイものに囲まれる前に少しでも有利な地形へと、号令一下最速で下山した。

 今は非戦闘職を倉庫に押し込んで、そこそこ戦闘に専念できる状態になっている。もちろんキアランの隙の無いフォローの上で、無事達成できたことだけど。


 ガイの野郎、こまごまとした面倒ごと全部キアランに押し付けてやがる。まあ、キアランもこなせちゃうもんだから余計アテにされるんだけど。


 ともかく、グレイス侵入の事前情報を得ていたアドバンテージもあってか、すべての班の中であそこは決断がぶっちぎりに早かった。


 この辺の的確で迅速な判断力が、一流とそれ以外を分けるのだ。


 私たちの班は今、遅ればせながらもきちんとそれをした。採点役の先生もしっかり見ている。

 だから実は、みんなが心配したようなルール違反での失格にはならない。


 むしろルールに縛られて、実戦ですべきことをしない方が減点対象だったりする。

 後日の補習で教官から「命を懸けてでもルールをしっかり守って立派だなあ、クソ真面目君!」とかネチネチ嫌味を言われたりする。視野の狭さってのは致命的だからね。死にかけてまで守るべきゲームルールなんてそうそうない。生きてさえいれば、後で叱られればいいだけなんだから。


 本当にいろいろな意味で、今回は生徒を一番成長させるイベントになると思う。


 それにしても、知ってて黙ってるのが、大人組の人の悪いとこだよね。先生や協力者の皆さん、さっきから何があっても知らんぷりしてるし。

 ――もちろん私も含めてだけどね。


「よし、出発するぞ! 戦闘職はこのまま囲んで壁役を維持しろ! グラディス、お前に先導を任せていいか?」

「もちろん」


 クライヴのご指名を、すんなり了承する。


 この場で一番冷静で、現在地も正確に把握できてる私にナビ役を任せるのは、リーダーとして正しい判断だ。私なら不意打ちにも強いしね。

 納得できる指示なら、素直に従うに決まってるでしょ? だからそんなちょっと不安そうな顔で頼むんじゃない! 自信を持ってしっかり命令せんか!!


 まあここまでの流れでは、私に誘導された部分も否めないけど、危機的状況で悩みながらもきちんと自分で決断を下せた。貴重な経験だ。まだまだだけど、リーダーとしての意地を見せようと頑張ってるのは認めてるよ。


 出発直前、クライヴが前を向いたまま、私に話しかけてきた。


「最初は気が重かったが、お前と同じチームになってよかった」


 思わず噴き出す。


「何のフラグよ。本番はこれからだから。しっかりしてよ、リーダー!」

「当然だ」


 発破をかけられ、クライヴは力強く頷いた。


 とはいえ、せっかく立派なフラグをいただいたことだし、ライアンにも引継ぎはした。そろそろ次の段階に入るか。


 この戦いを収める上で、私がやるべきことを。

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