襲撃
基本的にこの世界の人間は、大小の差はあっても、みんな魔術が使える。預言者以外は。
一歩学園から出れば、日常生活で魔術を便利使いしてるから、いざ必要な戦闘時にまったくの無力って状況は、結構な恐怖らしい。私なんかいつもそうなんだけど。
おかげさまで今回の召喚は、生徒たちにとって実に有益な試練になった。
普段の実力が出せない状況に置かれた途端、実力以前に、メンタルの脆弱さが浮き彫りになった感じだ。魔導師に限らず、ここにいる全員、非戦闘職ですらもそうだね。
自らの改善点をいやでも自覚させられてるだろうね。
一応気になって、幼児のいる辺りを確認してみたら、テンパる大人たちに囲まれたおチビどもは、初めて見る魔物に大はしゃぎだった。
お、おおう、楽しそうでよかったね。防御魔術もしっかり効いてるようで何より。そして発作で倒れていたはずのミランダも何食わぬ顔で復活している。あの班はある意味で襲撃に助けられたな。
訓練に協力してくれているボランティア一同には、厳重な防御魔術が施されている。今回予言されていたトラブルによって、万が一のケガもないように。
はっきり言って、敷地内で一番安全が保障されている人たちだ。まあ、あの程度の魔物だったら、被害を受けることはまずないだろう。
それにしてもあの子たち逞しいな。子供にとってはちょっとしたアトラクション気分か。いい教育してるね、ミランダ。ぜひ魔物サファリパークを楽しんで!
そして、事前にかけられていた防御魔術なら、問題なく効果を発揮するということがはっきりした。
他にも、事前に効力が設定された魔道具――私が所持してるものだと、方向感覚を狂わせる腕輪なんかは、今もきっちり機能している。
でも今この場で、防御魔術を使おうとしてもできないらしい。術に応じて必要な魔力を外に出そうとしても、途中で散らされて、術が完成しないみたい。
みんなは気付いてないけど、妨害電波的なものが、さっきから辺り一帯の空間を行き交ってるんだよね。これが、魔力を練ろうとする傍から打ち消しちゃってる。
だから攻撃みたいな大きな術ほど、発動は絶望的。
遠距離を狙い撃つような魔術も、知覚を遠くに飛ばす探査も、体を覆う防御壁も、全滅だ。起こす事象が術者から離れるほど、大きな魔力と、より精密な制御が必要になる。
となると根本の問題は、魔術がこの空間では作用しないってことか。
だったら魔力を自身の外に出さない類の魔術ならどうだろう?
隣のクライヴに訊いてみる。
「身体強化はできるの?」
「辛うじて、半分弱ってところか」
すでに試みていたクライヴが、苦々しく答えた。
優秀なクライヴでもその程度じゃ、他の生徒ならもっと落ちるか。でもないよりはマシだね。細やかな希望でも、大きなメンタルの支えになる。
「つまり効果は弱まるけど、自分自身に作用する魔術なら多少は使えるってことね。数は多くとも、敵はそれほど強くない。私の力でも防げるくらいに。今、自分にできること、できないこと、必要なこと、切り捨てられること――落ち着いて考えて。やりようはいくらでもあるから」
浮足立つ班員を冷静にさせるために、軽くヒントだけ出してみる。ちょっと言ってやり過ぎたかな。
「あ、ああ――そうだ、本部への通信は?」
頷いたクライヴが、連絡担当に問いかける。
そうそう。慌てず騒がず、今できることから一つずつ片付けていこう。
「できません!」
でも残念ながら予想通りの無情な返答。
非常用に持たされている遠距離通信用の魔道具も、やっぱり使い物にならなかった。本体から離れた場所に現象を起こす類の魔術は、魔道具ですら駄目みたいだね。
その直後、途切れ気味の放送が、学園全域に鳴り響く。
『――全学生―告ぐ。――校舎――西北地点にて、飛行――魔物を多数確に――――総力を――て、殲滅―よ。なお――習では――繰り返――これは演習―はない」
おお、出た! 「これは演習ではない」が!! 軍隊で一番聞きたくないセリフってやつだ。
そして間もなく、完全に放送が途絶える。終了したわけではなく、妨害が完璧に行き渡ったからだろう。多分事態が収束するまで、もう放送はない。
ただし、連絡方法には、不測の事態に備えてちゃんと予備の手段がある。
すぐにカンカン、カーンと、不規則な音が響き渡り始めた。火の用心で聞く、拍子木みたいな音だ。
物理的な音での暗号で、連絡の続きが通達される。特定の各機関に勤めた者に叩き込まれるモールス信号のようなもので、騎士や魔導師、国家機関出身の極一部の学園職員なら解読できる。
当然私も、ザカライア時代に覚えている。
ほうほう、なるほど。
警備担当への通達だ。
内容としては、イベント続行!!
魔物の脅威度が許容範囲だから、予定通り、極力学生自身に対処させよ、ってとこ。もしかしたら、預言者チームからの予言も届いたのかな。
はははは、今頃はファーガス、自分の決断に胃を押さえてそうだな。
ともかく学園本部からの連絡は、ところどころ聞き取れなかったし、暗号に至っては生徒には解読不可能なんだけど、最低限の必要な意味は通じた。
学園内の魔物を殲滅せよってね。分かりやすくていいね!
無言でクライヴを見る。オラ、どうすんだリーダーとばかりに。
この緊急事態の局面でも、デリンジャー先生たちは静観の姿勢を崩さない。周囲の騎士団員も同様に。
つまりは自力で切り抜けろってことだと、みんなも察する。
動揺を隠せない班員の視線を受けて、クライヴの顔つきが変わった。リーダーとしてなすべきことを必死で考えている。
そして、腹をくくって動き出す。
「よし、全員可能な限り身体強化をかけて、五感で攻撃を捉えろ。駆除対象は非力なスピード型だ。魔術がダメでも物理で十分撃退できる! 戦闘職で囲みながら、向こうの木の多い場所に移動する!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
自らと仲間の気を引き締めるように、指示を出し始めた。みんなも気合を入れて応じる。
これこれ。この緊張感、いいね。
おっと、でも注意事項があった。
「あ、さっき殴った感触に少し違和感があったわ。多分あの羽音で、感覚が狂わされて狙いに誤差が出るみたい。間違って同士討ちにならないように、積極的な攻撃よりも防衛主体にした方がいいかもしれないわ。どうせすぐには終わらないのだから、気長に気楽にね」
かかり気味の気負いを散らすように、あえてのんきな口調で補足した。
第一目標は、味方の被害を出さないことだからね。
始めから殲滅を目指すより、長期戦の戦い方が必要だろう。全力でやり通して自己満足で力尽きたら、後は護衛の騎士が何とかしてくれるなんて考えなら、甘えもいいとこだ。
最後まで自分の力でやり通さなければ意味がない。とにかく達成可能なことからだね。
「お、おう……」
燃え上がったばかりのところに水をぶっかけられて、どこか釈然としない表情でクライヴが応えた。




