発覚
「初めまして、ですね?」
ルーファスがにこやかに挨拶してくる。私も平然と微笑を返す。
「まあ、ルーファス様。先程の決勝戦は、おじい様相手に大変な健闘でいらっしゃいましたね」
「ええ、いい経験をさせていただきました」
私の手を取って、並んで歩きだす。
「いつからそこにいらしたの?」
「実は初めから」
ルーファスは困ったように笑う。
「あの子たちをどう仲裁しようかと考えている間に、あなたが収めてくれましたので」
「まあ、ルーファス様にも恐れるものがあるのかしら?」
「子供とはいえ、他家の方針への口出しは勇気がいりますよ。助かりました」
昔と変わらない素直な笑顔で、年下の私にお礼を言ってきた。
あー、ホント、変わらないなあ。昔は私が見下ろしてたのに、こんなに大きくなって。まだ学生とはいっても、アヴァロン公爵家の跡継ぎとして、年少の指導とかに苦心してるのかもね。
まあ図らずも今世での再会を果たしちゃったね。完璧な令嬢を演じて、ザカライアとは正反対の今のグラディスを印象付けときましょうかね。
「あの方たちとはお知り合いで?」
「ええ、エインズワース家の子たちは、バルフォア学園の特別授業によく参加しますから。たまに授業で立ち合うこともありますよ」
楽しく世間話をしながら歩く。よしよし、いい調子だ。我ながら素晴らしく優雅な立ち居振る舞いだぞ。これなら気付かれるはずがない。
その私に、この時あり得ない事態が起こった。
ぼとっ。
はて、何でしょう? 軽い衝撃を覚え、スカートの裾の方へと視線を落とし、そこで硬直した。
毛虫さん、こんにちわ。
「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
ええ、あげましたとも、令嬢にあるまじき絶叫を!!
私の唯一と言っていい弱点だよ。大嫌いなんだよもう、魂の底から!!
唖然とするルーファスに何も考えずにしがみついてた。
「無理無理無理無理!! 私毛虫ダメだって言ったじゃんっ!! 早く早く!! 早く取って、ルーファス!!!ホント、マジ無理だから!!!」
ものすごく驚いた顔をしたルーファスは、毛虫を素早く払った後で、輝くくらいの笑顔を見せてくれた。
「先生。転生されたんですね!!」
何その絶対的な確信の断言。イヤイヤ、普通そんな思考にすぐたどり着くものですか? 君に常識はないのですか? 先生そんなのは認めませんよ。
「ああ、申し訳ありませんわ、ルーファス様。こんなに取り乱してしまって」
「いえ、そういうの良いですから。絶対ザカライア先生ですよね。またお会いできて嬉しいです!」
だから、人の話を聞きなさ~~~~い!!
って、もう無理か……。何でそんなに自信持ってんの? 私の毛虫嫌いエピソード、魂にでも刻んでんの? あんた、ザカライア崇拝しすぎだよ。もう何言っても無駄っぽい。さっきまでの礼儀正しい仮面を投げ捨てて、子犬のようにキラキラした目で、私を見下ろしてる。心の底から嬉しそうだ。
あ~~~、ホントに、変わってないなあ……。こんなに大きくなったのに。
「――内緒にしてね?」
「はい!!」
うん。実にいいお返事です。でもそのあと不思議そうな表情をする。
「ですが何故ですか? 先生がいらっしゃることを知って喜ぶ人はたくさんいますよ?」
「私、今度の人生は普通に生きたい。普通に結婚して、普通に子供産んで、普通に家族持ちたい。分かってくれる?」
「……はい」
私の言葉に、ルーファスは少し悲しそうな表情で頷いた。
「先生の葬儀はとても盛大でしたけど、ご家族と呼べる人は、一人もいませんでした」
「ああ、君も出席してくれたんだね?」
「はい、とても悲しくて、すごく泣きました。まだ6歳でしたから」
「トロイはどうしてる? 大丈夫だった?」
バレた以上もう気にする必要もない。一番の気がかりを聞いてみた。
「ええ、しばらくは引きこもってもの凄く悲しんでましたけど、徐々に立ち直りましたよ。それまでと逆に、どんどん外に出ていくようになって。今ではむしろ社交的なくらいで、すごく積極的で明るくなりました。アヴァロン領での戦闘にもよく参加していて、まだバルフォア生ですが、今では安心して後衛を任せられるほどの魔導士です」
「……そうか、よかった」
ほっと息をつく。なんだか肩の荷が下りた気分だ。何もしてあげられなかったからね。この世界に何とか馴染んで、頑張ってるんだね。
「でも、もったいないですね。先生ほどの方が普通の令嬢としてだけ生きていくのは、国家の損失です」
「ホントそれやめて。現状、むしろ君の方が私より格上だからね? そんな態度取られると、ホントに困るから。対等以上の態度で振る舞ってもらわないと」
「……すみません、先生。気を付けます」
ルーファスは私に叱られてしゅんと謝る。
「まず、『先生』がダメ! グラディスと呼んで」
「グ、グラディス……様?」
「様もダメ! はい、グラディス!」
「……グラディス……」
ああ、本当に素直な子だなあ。ん? 待てよ? これ、私の人生キラメキ計画にどうよ!?
よくよく考えれば、ルーファスはかなりの超優良物件!!
顔良し、性格良し、家柄良し、能力も最上級で、しかも私の秘密を知り、なおかつ私に従順!! これはほっとく手はないでしょ!?
燃えるような激しい自由恋愛も憧れるけど、幼い頃からの許嫁というのも捨てがたいトキメキシチュエーション!
年上の素敵な婚約者と穏やかに育む恋! 妹のようだった少女が、いつの間にか美しい女性に……!
ああ、トキメキが過ぎるでしょ~~~!? なんて甘美な響きなの!?
教え子だのと御託を並べて、指をくわえてスルーできますか!? いえ、できません!! 私は素敵な恋人が欲しいのです!!
よし、早速行動だ!!
「ねえ、ルーファス! 私を嫁にしない!?」
「いえ、そういうのはちょっと……スイマセン」
「早っ! ふるの早っ!! もうちょっと考えようよ!! 私成人したら、多分もの凄い美人になるよ!?」
「そ、そういう問題じゃありません。大切な恩師を、そういう風には……」
「いやいや、今私普通の女の子だし! 17歳と11歳なら年齢的にも、将来素敵カップルになれるって!!」
「ス、スイマセン。そこまで胃の強さには、ちょっと自信が……」
こ、こいつ、肝心なところで逆らいやがったあっ!!!
もう、普段素直なのに、変なとこ頑固なとこまで変わんないな!!
私と結婚したら、胃をやられるとでも言うつもりか!!? そんだけ体鍛えてる暇があったら、胃ぐらい鍛えとけ!!!
おっと、四人の青年のうちの一人に、早速フラれちゃったぜ!!
いやいや、まだまだこれからだ!! お付き合いできそうな相手とチャンスを見つけたら、グイグイ行ったらあ!!! ルーファスも逃げきれたとか油断してるなよ!!?
勝つまでが勝負だ!! 私は負けず嫌いだからな!!!