妨害
「索敵してみた?」
私の問いの形を借りた指示に、数人が一斉に試みる。さっきの特攻に、熟練の騎士や魔導師すら気が付かなかった――それはつまり。
「何も感じない!」
私の意図にようやく気が付く。
曲がりなりにも、国内有数のエリート予備軍。騎士、魔導師の卵たちは、探索能力にも相応の自信を持っている。
何も感じないこと自体が、異常事態だ。魔力を使った探査系の魔術が、まったくできなくなっているらしい。
周辺の警護役も、一斉に警戒度を上げた。己の本当の仕事が始まったことを察して。
「全員固まれ!」
クライヴが叫び、みんなが一斉に従う。すぐさま非戦闘職が、戦闘職に囲まれた配置になった。
この辺は普段の訓練のたまものだね。昔取った杵柄か、ボランティアのおっさんたちの反応が一番早いのがなんかおかしい。いや、さすがです。
「っ!!?」
遠くの方から聞こえた穏やかでない衝撃音に、みんな息を呑む。
敷地内全体を把握している私には、召喚があった場所の近辺で、すでに最初の戦闘が始まったのが視える。
戦線はあっという間に拡大していく。
接敵した班はそれぞれ、同種で群れた魔物の攻撃を受けて、対応に四苦八苦していた。種類ごとに得意な固有の攻撃方法があるから、それに合った対策が必要になる。
さしずめうちの班に来たのは、スピードで撹乱する物理特攻タイプってとこかな。逆に、派手な魔術攻撃を受けてる班もある。
ん? ――ああ、これは、ちょっと……いや、かなり厄介だなあ……。
いくつかの戦闘の様子を観察して、あることに気が付いた。
こちらが相当不利になる一手を、すでに打たれている。
「こっちにも来るぞ! 警戒しろ!!」
クライヴが叫んだ。
離れていても、あちこちで局地戦が繰り広げられている気配が伝わってくる。こちらに波及するのも時間の問題だと誰もが覚悟しながら、全方位に神経を張り巡らした。
すぐにどこからともなく不快な音が聞こえ始め、徐々に音量を上げ、否が応にも不気味さは増していく。全容を知らずに待ち受けるみんなからしたら、ちょっとしたホラーだろうね。
間もなく、最初の一匹目と同じ形状をしたトンボもどきの群れが上空に姿を現し、周囲に広く展開し始めた。雪で白かったはずの景色が、ビッシリと黒に染まっていく。
「本隊が来たぞ!」
トンボもどきの集団が、とうとう視認できる距離に来た。ホバリングで頭上に陣取る。
うわあ、これは引くわ……。怖いより気持ち悪い。
でも、危機的とまでは思わない。虫型がいると気付いた時点で、手に汗握りつつ真っ先に確認しているのだ。
結論として、奴はいない!!
これ、一番重要。ただでさえ裏山は、軽くトラウマになりかねない悪夢のような事件があったんだから。奴のひしめくトンネルを潜り抜けるという、人生最大の悪夢が。
あの体育での一件に関しては、いまだ根に持ってるぞ、キアラン!!
ともかく私は虫全般大丈夫だから、ヤツさえいなければ行動に支障は出ない。アレ以外なら全然平気。Gなんざ、単に角のないカブトムシだ! 光らない蛍だ!
内心で胸を撫で下ろしてる私とは正反対に、仲間からは悲鳴に近い叫び声が上がる。
「何あれ!? 多すぎる!!」
「学園の罠じゃないの!?」
軽く見積もっても数百匹の群れに、現実逃避したい気持ちも分からなくはない。
残念だけど、学園敷地内で魔物を利用する罠だけはないんだよね。強力すぎる年中無休の結界が、完全に魔物の侵入を拒むから、やろうと思ってもできない。
「本物の襲撃だ!」
すでに夏のイベントで想定外のハプニングを経験しているだけあって、さすがにみんな呑み込みが早い。すぐに実践に向けて気持ちを切り替えた。
即座に現状認識をし、全員で防御と迎撃態勢を整える。よし、その調子だ!
「来るぞ!!」
またこっちめがけて飛び込んでくる個体が見えた。
数人いる魔導師が、魔術で迎え撃とうと構える。
「よけて!」
私の叫び声につられて、全員が反射的にしゃがむ。
「魔術が発動しない!?」
信じ難い状況に気付いて、特に魔導師たちが愕然とした。
まあ、索敵できない時点でその可能性はあったよね。他の班も、それで大分対応に苦戦してるから、学園中でそうなんだろうね。
原因を追いかけるため、全体に広げていた意識を収束し、ピンポイントに探ってみる。
学園を取り囲む壁周辺に何か感じた。
なんだろう、あれ? 強いて例えるならカメレオン?
爬虫類的な魔物が、壁に等間隔に張り付いている。百以上の数で敷地を囲んで、独自の波動を敷地全体に張り巡らせるように送り続けていた。妨害電波的な何かかな。
あれの効果で、魔術が使えなくなってるわけだ。その一方で、活発に動き出している魔物側は平気で火だの風だのぶちかましてるから、仲間には作用しないと。
どうも召喚でやってくる魔物は、レベルが数段上がるせいか、知能も高いらしい。
人間ベースのグレイスはさすがに別格としても、きちんと自分の役割を請け負って、連携攻撃をしかけてくる傾向がある。
しかも離れていても意思疎通ができてる様子なのは、精神感応系の能力とかかな。もともと瘴気自体が本体の生命体だから、独自の意思伝達法があるんだろう。三次元の世界で肉体を得ても、その辺の特殊性は引き継いでるのかもしれない。
しかもあの保護色カメレオン(?)、隠形術も完璧で、わずかな気配すらも漏らさない。すぐ近くにいる魔導師もまったくその存在に気付いてないよ。しむら~、うしろ~!!
それにしても、いきなり立たされた実戦で、どこも右往左往しているなあ。心構えがなっとらんぞ!
試合じゃないんだから、さあ始まりますよ~なんて親切に教えてくれるわけないのに。それだけに強行した価値のある、本当に貴重な機会だね。
バタバタしてる中でも、最大の武器を奪われた魔導師職の動揺なんかは特に大きい。
「ど、どうすれば……っ!!?」
経験の浅い一年のノーラは、軽くパニック状態。経験豊富な魔導士団員ですら、冷静には努めても顔色は真っ青だ。まさに「魔術なければただの人」と一句詠みたくなるくらい。
敵だけバンバン魔術攻撃可能な状況で、いつも使える魔術が出せないとなると、確かに心もとなさが半端ないんだろうなあ。私なんてそれが通常だけど。
警護に配備されてた戦闘職の内、魔導師が無力化されて、事実上の戦力半減。騎士だって物理のみの戦い方に限定される。
うちの班員だと、十人の生徒の中で、騎士は三人。
その三人で、残り全員守り続けるのも厳しいミッションだよね。
本来なら、魔術を無力化するあのカメレオンを真っ先に駆除したいとこだけど、現実的には無理だよね。数が多いし、魔導師の精密な索敵でないと、発見できなそう。
で、その魔導師が使い物にならないってんだから、まさに敵の思うつぼ。
――ああ、なるほど。私のするべき仕事が分かった。
戦闘はできないけれど、私にしかできないこと。
予言と現状から、今後の方針を決めた。
ヤツ=毛虫




