始まり
始まりは、突然だった。
ほんの微かな違和感。
はいはい、ついに来ましたかと、感知能力を全開にして、学園全域を探る。
すぐに敷地内の端っこ、学園の裏山の西北辺りに、弱々しく光る魔法陣を見つけた。
そこから無数の小さな影が、けぶるように群れを成して噴き出し、空へ、地へと、ぱあっと広がっていく。
――あれ、全部魔物か。
形状としては、虫とか鳥とか小動物系の獣に近いものばかり。かなり多種多様なのは、初めてのパターンだな。
小型な分なのかは知らないけど、かなりのハイペースでの増産してるし。
でも、数が多いのは確かに厄介だけど、今までみたいな超大型が一体より、小型が多数いるパターンの方が訓練としてはちょうどいい。
さすがにいつもの特殊個体だったら、半人前の手には余る。
まああのサイズなら、学生で対処可能だろうと、まずは一安心。
今までにないくらいクリアに、脳内に映像で補足できてるのが分かる。
彼らに関わる事柄なのに、いつもみたいにぼやけてない。多分、大預言者としての能力がほぼ全盛期近くに成長していること以上に、私の中にあるトロイの瘴気の影響が大きいんだろう。
それにしても、まったく毎度毎度ご苦労なことだと、思わず溜め息が出そう。
次の春にゲートが繋がる未来はすでに揺るがないのに、グレイスはこうやっていまだに継続的に次元の綻びに揺さぶりをかけ続けてくる。
次のゲート開放期に、少しでも大きく、多く、長い時間、より安定したゲートを維持するために。
ここで相手に頑張られるほどに、本番の戦いが大変になってしまうのだ。
それだけに、この程度しか開けなかったことに、逆に工作の不完全さを感じてもいる。
これは多分グレイス的には不本意な結果だ。
やっぱり本命の場所が駄目だったからなんだろうな。学園七不思議のあの場所、第二倉庫。
多分あそこが、本来の歴代正式ゲート的な場所。国内にいくつかある、一番向こうと繋がりやすいポイントの一つ。
だけど、あの場所特有の問題のせいで、思い通りに仕掛けを施すことができなかった。本命の場所は諦めて、行き掛けの駄賃くらいのつもりで、別の小さな召喚陣の仕掛けを残していった、ってとこかな。
おかげで、大きくても小動物程度の小物しか呼び出せてない。まさに学生の訓練に適したレベルで、こっちとしては狙い通~~~り!! となったわけだ。
ただ、とにかく数が多い。召喚が終わってゲートが閉じるまでの数分間で、四桁じゃ収まらないくらいが出てきた。これは骨が折れる。
さてどうしようかと思案したところで、こちらに近付いてくる気配を感じた。
――おっと、どこの世界にも先走るやつはいるね。それとも様子見の捨て駒?
「止まって」
私の警告に全員が足を止め、注目してくる。
「また罠か?」
尋ねるクライヴに視線を向け――その左肘スレスレの場所に正拳突きを叩き込んだ。
「えっ!!!?」
バシュッっという衝撃が空気を揺さぶり、足元で雪が舞い上がる。
目にも止まらないスピードでクライヴに突っ込んできた何かを、私が殴り飛ばしたのだ。
警備任務中の騎士すら認識できてなかった攻撃に、全員が唖然と目を見張った。
わはははは! 備えあれば憂いなし!
誘拐された時の反省点を踏まえて、攻撃力アップのため、グローブにナックルガードを仕込んでおいたのだ。
当然特注で、拳を護るためというより、殴打の威力マシマシ目的の仕様。安全装置を解除して拳を握りこんだら凶悪なスパイクが飛び出る、ちょっとしたロマン武器だ。
私もついにファンタジー世界で、念願のロマン武器デビュー!! 派手さはないけどそこそこ実用的だ! そして間違っても人間相手にはとても使えない仕上がりという本末転倒ぶり!! でも今役に立ったからいいよね!?(自己弁護)
ちなみに鉄板入りの靴も試作してみたけど、蹴ったら私の足の方がダメージ受けるから使用は諦めた。お嬢様の体は繊細なのよ。
そもそもあんな重い靴、行軍で使えるかっての。雪上で蹴り技も危ないし。
あとついでに、隠しナイフがつま先から飛び出す靴とかも、つい調子に乗って作りかけてしまった。やっぱり危険すぎて対人には使えないけど、あれにもけっこうな憧れがある。
ただあれって首尾よく攻撃対象に刺さったとして、その後の体勢の保持はどうなるんだろうとはっと我に返って、作製はやめておいた。片足ケンケンで派手に転ぶ未来しか見えない。
この程度のものですら、三次元でのロマン武器とは難しい!
「お、お前、戦えたのか……?」
明らかに素人ではないフォームに、クライヴが驚きの声を漏らす。いきなりの事態に何が起こったのか理解できず、班のみんなもぽかんと見返した。
ふふふふふ、さっきの出足払いはまぐれではないのだよ!
超人レベルの身体能力を持つ騎士から見れば動作は遅くとも、予知による動き出しの速さと、攻撃個所の把握、更に完璧なタイミングで、初撃のみカウンターが可能なのだ。小型で比較的非力なスピードタイプ相手なら一撃必殺。
不意打ちほどどんと来い!!
さっきのなんて、バッターで例えるなら、スピードボールを、上から振り下ろしたバットで真下にたたき落とすような神業。
強烈なライナーを正面に叩き返すには、残念ながらナックルガード込みでもパワーが足りないけど、攻撃なんてちょっと逸らしてやればすむ。当たらなければどうということもないのだ!
動揺する周囲の反応をさっとうかがうと、後れを取った騎士団の面々がぐぬぬとなってた。
保護対象のお嬢様に負けてる場合じゃないぞ。精進しろよ!
でも、今はのんきに喝を入れてる場合じゃない。
「そんなことより、今はあれでしょ」
話を逸らすというより、そんな暇がないから、強引に話題を変える。
「あ、ああ、なんなんだ、一体……」
気を取り直した全員の視線が、私に殴り飛ばされて足元の雪にめり込んだ物体に向く。
「トンボ……?」
形状は、普通に見慣れたトンボに似ていた。ただ、いろいろと普通じゃない。
「い、いや、だが、でかすぎだろ?」
「頭も不気味だわ」
「羽根が、カミソリみたいです……」
胴体部分で、余裕の三十センチ越え。そして顔部分が蝙蝠とかの獣っぽくて、凶悪な牙がズラリ。長い胴体に、鉤爪のついた足がビッシリ、三対の長く薄い羽根を持つトンボに似た形状のトンボではない何か。
これまで見たこともない謎の生物。
「まさか、魔物でしょうか……」
ライアンの推測に、みんな戸惑いの表情を浮かべる。
明らかに異質さが駄々洩れとはいえ、未知の魔物なんて世界にはいくらでもいる。
だけど、どんな魔物だろうと学園に侵入できない。壁に沿ってドーム状に覆われた結界を超えることは不可能だ。
それが今、内部にいる。それが意味することに緊張感が走る。
これ一匹でない限りは、同じ空間内に、一緒に閉じ込められている状態を意味するのだから。




