罠、制圧
ともかく、人目を気にせずしれっとすっ転ばせる強硬手段に出れたのは、そういう目算の下。仕掛け人の二人しか、証言者が出ないのだ。
ちなみに非戦闘職の私がやったからこそ、反則スレスレ――というかほぼかすめながら辛うじてのスルーだ。戦闘職がやったら普通にアウトだからね。格闘家の拳はどんな場合も凶器なのと同じ理屈だ。
私ほど学園のイベントルールを把握してる生徒なんていないぞ。多分職員含めてもね!
煽るほどの勢いで、おもむろに勝ち誇った表情をハワードに向けてやる。
「あらあら、こんなに人がいて、誰も見ていないんですって。区長さんともあろう方が、いわれのない難癖は困りますわね」
「そ、それは、チーム全員で口裏を合わせてるからだろう! なあ、カーティス!」
ついにはケンカ中の設定の相棒にまで助力を求める。
「ああ、俺は間違いなく見ていたぞ! 確かに暴力行為があった!」
力強く加勢するカーティスともども、私は露骨な疑いの目を向ける。
「口裏合わせというなら、ご学友で何十年もの古い付き合いのお二方の方が、よほど可能性が高いのではないかしら?」
「「うっ!」」
お前らの方こそグルだろうと、逆に言葉尻をとらえて論点ずらし。
「そもそも今朝会ったばかりのメンバーで、どうやって打ち合わせをしたとおっしゃるの? まして私が集合場所に来たのは一番最後でしたし、お互いを理解しあえるような時間もなかったのは、あなたもご存じでしょう?」
ほぼ初対面に近い十人と、学生時代からの旧知の二人。状況的、客観的に怪しいのは間違いなくお前らの方だろ? ――とさも正論かのように理詰めで追い込む。
しかもイベントでチームをひっかきまわすという任務において、グルなのは間違いない。
このまま言った言わない、見た見ないのどっちもどっち論に持ち込んで、目撃証言の証拠能力をうやむやにしてくれるわ!
でもさすがにうちのOBなのは伊達じゃない。
「君がこの場で仲間に圧力をかけて、偽証を強要したからだろう!?」
カーティスはまだ諦めずに反撃を続ける。気力体力十分だ!
このまま不毛な言い合いに引きずり込んでの消耗戦に切り替え、ってとこかな?
実際にはカーティスのおっしゃる通り。でもいつまでも付き合うつもりはないのだよ。勝ち負けも重要だけど、この応酬自体が時間と労力の浪費で、仕掛け人の土俵に乗せられてるってことだからね。とっとと切り上げよう。
そろそろ、無理を通して道理を引っ込ませる最終カードを切ってやろう。
「まあ。ただの一年生の私をずいぶん高く評価してくださっているようで光栄です。でも、これだけ言っても、どうしても強弁されるとなると……困ったわね」
ふう、とわざとらしく大きく溜め息をついて、同情するような視線をちらっと向けて独り言のように呟く。
「もし私に冤罪をかける企みがあっただなんて、ジュリアス叔父様のお耳に届いたら……気の毒だけど、私でも止められないかもしれないわ」
そしてすかさず虎の威を借る! ――何を止められないのかは、あえて言わない。
「――す、すまない。気のせいだった」
「――俺の見間違いだ。申し訳ない……」
はやっ! てのひらクル~~~~っ!!
叔父様を出した瞬間、勝負は決した。見事なくらいさあっと青ざめて、二人とも即座に発言をひっこめた。自分で言っといてなんだけど――正直、ここまで効果があるとは……。
本来学園内部で起こった問題は、外に出たらノーサイドが暗黙のルールなんだけど、それを吹っ飛ばす勢いのこの恐れよう。
とりわけ要注意とされているのは、最強で知られるトリスタンではなく、普段穏やかで常識人の叔父様の方なのが興味深い。
「君に関わる場合だけ魔王のように恐れられてる、なんて噂が上流階級で流れてるよ」とかノアが笑い話のように言ってたのを思い出す。
確かに誘拐事件以降からその感はあったとはいえ、いくら何でも魔王は大袈裟だと私も笑い飛ばしたんだけど……どうもこの二人の反応からして、ほぼ事実なんだろう。
なにしろ同じ溺愛でも、仮に脳筋のトリスタンだったら報復には腕力で来るから、最悪でも証拠が残るし、些細でも法に触れようものなら反撃のやり様はいくらでもある。
本当に恐ろしいのは、目に見える場合なら確実に合法で、そうでないなら絶対に証拠を残さない手口を使ってくる相手なのだ。
ラングレー家は私に関わる時だけ、そういう理不尽な存在として、もはや王都民の共通認識になっているのかもしれない。うかつにでも逆鱗に触れたら、何をされるか分かったもんじゃないと。
引くべきとこは引く。ナイス大人の判断! 起こるかもしれなかった悲劇を一つ防げたね!
それにしても叔父様効果の絶大さときたら! 私が噛んでる仕事で、経済方面で脅しをかけるプランでもよかったんだけど、実際秒殺だよ。さっさとやってればよかったね。うえ~~ん、叔父様に言いつけてやる~~って。
本当に名前だけでも私を助けてくれるわ~。ありがとうジュリアス叔父様!
これで今後、私にちょっかいをかけようとは思わないだろう。抑止力としても最強だ。
「許してさし上げましょう。次からは気を付けてくださいね。お互いの平和のために」
トドメににっこりと勝利宣言。
「「「「「……………………」」」」」
一見懐の大きさを見せるように振る舞いつつ、年配の被害者に謝らせる鬼畜ぶりに、仲間も含めて周囲ドン引き。
いやいや、この学園での勝負に関して、ルールに引っかからない限りは卑怯とかないから。結果がすべて。持ってる武器は何でも使え! パワハラには更なるパワーで対抗だ!
やっぱりティナさんだけ憧れのヒーローを見てるみたいなキラキラした熱視線が隠しきれず、それはそれでどうなんだとは思うけど。
「じゃあ、無事に和解ということで、そろそろ出発しましょう。明るいうちに距離を稼いでおかないと」
「あ、ああ、そうだな……」
茶番を切り上げて、次のチェックポイントを目指すようクライヴに促す。
しばらく止まっていた足が、ようやく動き始めた。
歩きながら、内心で一人反省会。
ああ、傍観に徹するつもりだったのに、私が事態を収めちゃったよ。ちょっと失敗だね。生徒自身の力でトラブルを解決させなきゃならないのに。
まあ、降りかかる火の粉は自分で払うものだから、これもまた一つのお手本か。次は自分でやるように!
差し当たり、初めてのチームプレイができたということで良しとして、次回に期待しよう。共犯者は、心の距離が一気に近くなるのだ。
「――やっぱり、あいつがリーダーでいいじゃねえか……」
ぼそりと、クライヴが呻く声が聞こえた。
こらこら、自棄を起こすんじゃない。頑張れリーダー!!




