罠、発動
二か所目のチェックポイントまでは、大きなトラブルなしでクリアした。
お昼ご飯の休憩が終わって、さあ出発というところで、じりじりと忍び寄る邪悪な影の存在。
そう。とうとうこの冬のイベント最悪の罠、真の敵が動き始めたのだ。
今まで比較的、当たり障りのない避難民の役どころを演じてきたボランティアのおじさん二人。
食事中から少しずつ険悪な感じになって、周りにも嫌な空気を振りまいてたんだけど、とうとう臨界点を迎えて、派手な罵り合いへと発展してしまったのだ。
「大体てめえは昔からカネカネうるせえんだよ! おかげで詐欺師まがいの連中が流れてきて、隣のこっちは迷惑してんだよ!?」
「暴力沙汰ならそっちの方がぶっちぎってんだろ!? 善良なうちの区民が巻き込まれて、こっちこそいい迷惑だ! てめえのとこみてえに脳筋ばっかり揃えて経済が回るか、バカヤロー!」
オッサン同士が胸倉掴み合っての大立ち回り。それを見て、ついに来たかと渋い顔をする上級生と、何事かとオロオロする一年生。
おお、始まった始まった。
我がグループでもついにミッション発生! いい年のオッサン同士が、今にも手が出始めそうな大喧嘩を繰り広げている。
これぞバルフォア名物、笑ってはいけない雪中行軍の真骨頂!
非力な避難者面をして、恐怖の仕掛け人が、いやらしいほどの絡め手で牙を剥いてくるのだ! 生徒の足をどれだけ引っ張れるかが腕の見せ所。性格の悪い人間ほど輝けるイベント!
物理的な罠も当然のようにあるけど、冬のイベントのメインはこっち。
メンタルにガッツリ来る心理攻撃で、ひたすらストレスを与え続けて、神経をごっそり削り取っていく。
耐え続けるか、機転を利かせて上手く問題解消するか――とにかく実社会における生徒の対応力を鍛える目的だ。
パニック映画で例えるなら、なんで今ここでと、周りの誰もがドン引きするレベルで避難の足を引っ張り倒すトラブルメーカー。あるいは、問題解決のための主人公の行動を、金やメンツや私怨のために散々妨害し倒す、市長とか局長とか将軍的な役どころ。
大抵は物語の中盤過ぎで自業自得の死を迎えて退場してくれるけど、死にさえしなければ、奴らは災害以上にぶっちぎりでタチの悪い敵なのだ!
そんな彼らを最後まで守り抜くのが、雪中行軍における我々学生の任務となる。まさに勘弁してくれと、困惑しきりのこの状況。
更に面倒なのが、OB・OGのボランティアは、当然超エリートや大物ばっかり。圧倒的に立場が上の、大人で大先輩で将来の上役でもあるお偉方をどうさばけはいいのか。その点でも、学生には非常に荷が重いミッションなのだ。
さて、拳では解決できない内部に潜む厄介な妨害者相手に、護衛役であり運命共同体でもある私たちはどう対処するかって局面なわけだね。
護衛対象の中にこういうのがいると、地味にストレスたまり続けるから非常に厄介。
ハンター家の誰かが毎年のようにキレて、地獄の補習送りとなったものだった。短気な奴には相当厳しいのだ。
余談になるけど、すっかり偉くなったおっさんおばさんはもちろんのこと、現役を退いた隠居中の年寄りまでもが、何か月も前からこのイベントを心待ちにしている裏事情がある。
学生当時、自身が受けた鬱憤を今晴らすかのように、みんな毎年水を得た魚のように思う存分はっちゃけてくれるのだ。
体力的にはハードだけど、大人には実は密かに人気イベントだったりする。
何しろ後輩への容赦ない嫌がらせが正当な任務だというのだから、否が応でも力が入るというものだ。
誰が一番えげつないかなんて張り合って、あの手この手でエスカレートしていったりして。
終了後、反省会という名の打ち上げで、自分がどれだけ生徒を狡猾に困らせてやったかの自慢大会になだれ込むまでがお約束。ザカライア当時は当然常連だった。
学生たちにはいい迷惑なんだけどね。
スポットライトを浴びて輝く二人のおっさんと、どう仲裁しようかと頭を抱える8班の仲間たち。内心でワクワクしながら、大人しく観察する。
それにしても、同級生だったハワードとカーティス。迫真の演技だな、いいぞもっとやれ!! ――なんて、密かに応援。昔を思い出すなあ。
――っていうか、学園生時代から、いっつもいがみ合ってた二人だけど、このケンカってガチじゃね?
確か今、それぞれに十四区と八区の区長だったはず。まさかこんなオッサンになっても、こいつらまだ張り合ってんの? 見上げた根性だね。まさに生涯のライバル。羨ましいわ。
もう三十年は前になるけど、当時それぞれが区長の息子で、ハワードは質実剛健武力奨励派、カーティスは経済重視の実利主義で、お互いの理想を掲げて、顔を合わすたびに衝突していた。
そしてザカライア先生は、人のケンカが大好物だ! 二人の衝突が始まりかける状況になると必ずふらりと現れ、その場で「ファイッ!」とやってやった。
うちの学園は、一般人同士、戦闘職同士とか、同じ条件だったら、決闘OKなのだ。むしろ我慢するよりはガンガンぶつかれってなくらいの教育方針だからね。
当人同士の合意と、立会を指名された教師の許可が下りれば、学則に定められたルールに従って、学園内での果し合いが公然と行われる。ほとんど河原でタイマンのノリだ。
だから二人の火花が散った瞬間、すかさず絶妙のタイミングで登場してはケンカを煽ってやった。廊下だろうが食堂だろうが、大預言者様立会いの下、突然展開される地下格闘技場空間。
もちろんうちの学生は、そういうの嫌いじゃない。
流れるように一斉に障害物を片付け、人垣のリングの作成に前のめりで協力だ。そのまま高みの見物を決め込むし、注目の一戦だったら賭けなんかも成立する。
ゴングが鳴らされたのにいつまでも始まらなかったら、腰抜け野郎と観衆から即座に上がるブーイング。腑抜けた試合内容でも見せようものなら、しばらくは笑いものだ。
そうやって引くに引けずに決闘を始めざるを得ない状況に追い込んでやるということ数回――いつの間にか二人は結託し、いかに私の煽りから逃がれられるかに知恵を絞って協力し合う関係になっていた。
その後も、彼らの意見の対立が解消することは、卒業するまで結局なかった。
だけど、二人で話し合う時間が増えたせいか、以前と違って、無理解から見下す中傷合戦ではなく、お互いのやり方を理解した上での批判の応酬に、衝突の質は変わっていった。
まあ、感情的なのは相変わらずだったけどね。熱意があれば感情はあって当然だから、特に問題ない。
そんな二人の情熱は、五十過ぎて実務に就いた現在も、やっぱり継続しているらしい。仲良きことは美しきかな!




