クライヴ・エインズワース(友人の従兄・上級生)・2
ソニアからグラディスの素晴らしさを散々吹き込まれていたが、話半分に聞いてきたのが間違いだったと知る。
全然盛ってない。――むしろ、全部事実だった。
口だけ出して、実際の行動は全部人にやらせるスタイルなのは最初から承知していたが、とにかくその口がすごい。
観察力と知識量、判断力だけなら、まるで熟練の指揮官のようだ。どうしてこれで起業家なんだ? 公爵家として、もっと国家の役に立つポジションはあるだろうに。
とにかくなんなんだ、このありえないほどの頼もしさは。新人戦でも思ったが、本当にイベント初挑戦なのか!?
とりあえず得意らしい罠発見係に据えてみたら、生半可な観察眼じゃない。
さっきからグラディスが次々に発見しては、アンディとノーラで、グラディスの指示通りに解除していく。罠の効率的な発見から解除の仕方まで、懇切丁寧な解説付きで。
どうしてこの積雪の状況下で、こうも容易く違和感を発見できるんだ?
実戦も訓練もそれなりに積んでいる一年生二人も、最初は実力の差にショックを受けていたが、それも無理はない。今ではすっかり受け入れて、絶対の安心感で頼りにしている様子だ。
実際、三年目にしてこれほど罠に煩わされることなく進めているのは初めてだ。グラディスを中心とした一年トリオの機能の仕方が尋常ではない。
「ノーラ、あれもそうじゃないか?」
「そうね」
アンディとノーラも、グラディスに習った罠を、徐々に見極められるようになってきた。慣れた手つきで取り除いていく。
「あ、まただ!」
さっきから、ずっと同じ罠が続いているから、大分コツを掴んできたようだ。かなり遠くの木の、見上げるほど高い枝の影に、何度目かの見えにくい糸の仕掛けがあった。
あの木の横を通り抜けると、隠された糸に触れて、何らかのトラップが発動する仕組みだ。物理の仕掛けは、魔術系の仕掛けと違って、わずかに漏れる魔力からの感知ができない。知識と五感で見抜くしかないのだ。
「待って」
グラディスは、足を踏み出そうとした二人を制止する。
「同じ罠が続いたら、むしろ警戒して。あれなら完璧に隠せるはずなのに、あえて判別できる微妙なラインをついてるわね。囮の可能性を疑って。何度か同じ手順で解除してきて単調な作業に慣れさせたところで、また同じ仕掛けと思い込ませる心理的な罠の場合もある。警戒のバランスが無意識に木の上に傾き出し、足元がおろそかになった頃に……」
雪玉を作って、少し先の足元に投げ込む。爆風とともに目の前一帯の底が抜け、舞い上がる雪の中に、巨大な落とし穴が現れた。
「ほら、木の上の糸は見つけさせるための囮ね。こっちが本命」
「うわ、こんなの分かるか!」
罠を見抜けたとぬか喜びさせられたアンディーが毒づいた。
「常に全体を見て、気になる場所を見つけたら、それが誘導である可能性も考えて」
さっきから大体この調子だ。
「ついでに言うと、あっちの囮も、罠として機能してるはずよ。多分、今までと同じ解除手順で手を付けたら、逆にスイッチが入るタイプ。あの辺り、しっかりと感知してみて」
「あっ、魔力の反応が!?」
魔導師のノーラが、集中してやっと気が付く。グラディスが頷いた。
「物理トラップと思い込ませておいて、別方向から魔術でドカンと来るやつね」
「「「「「……………………」」」」」
一年だけでなく、俺たちまでヒヤリとする。
こいつがいなかったら、ここまでどんな目に遭っていたんだろうと、遠くからたびたび聞こえる誰かの悲鳴を聞きながら思う。
それにしても、一体どこまで悪辣なんだ!? 夏のイベントでも思ったが、今年は異様に罠に気合いが入ってないか!? そしてあっさり見破るこいつもこいつだ!
こいつの目に何が映っているのか知らんが、楽しそうに観察して続ける。
「三か所か。まだまだ甘いわね。私なら五か所は連鎖誘爆させてやるわ。ああ、この条件、環境をよく記憶しておくといいわ。罠の設置に向いた地形、障害物の場所。仕掛ける側の視点を持てば、発見しやすくなるわ。ちなみにこの罠は、ロジャー先生ね」
「ええっ、誰が仕掛けたかなんてことまで分かるんですかっ?」
当然のような最後の一言に、ノーラが驚きの声を上げ、アンディも言葉を失う。
いや、周りの俺たちも同様だ。思わず、傍のライアンと顔を見合わせた。唖然としたように、ライアンは首を横に振った。
ノーラたちの反応に、グラディスは呆れた顔をする。
「イベント内容も仕掛ける人間も毎年ほとんど同じなのに、調べておかないでどうするの。今年の森林サバイバルの記録も直近のデータとして有用だから精査したけど、時間差で死角から飛んでくる手の仕掛けがロジャー先生の最近のお気に入りのようね。それだけにロープや飛び道具を多用する。ギリギリ視認できる糸とほとんど見えない糸を使い分けての囮は、今のところ彼だけよ」
こともなげに分析結果を開示するグラディス。
いつも目の前の障害物を切り抜けることに手いっぱいで、そんなことまでは考えもしなかった。
「どのイベントでもいえることだけれど、事前の周到な調査と準備は、禁止されてないわよ。許されている手段なら、可能な限りの備えはしておくべきよ」
グラディスにとっては世間話程度なのかもしれないが、俺たちは無言で耳を傾けた。
「実は生徒側は随分有利な戦いなのよ。前例も敵の情報も、事前に研究し放題なんだから。先生ごとに得意な仕掛けには傾向があるから、事前調査は有用よ。ウォルト先生なんて、まだ勤務四年目で慣れてないせいか、毎年同じような場所に同じような罠を仕掛けてるから、引っかかるようなら怠慢と言うしかないわ。加えてイベント前になったら、各先生の準備段階からの入手した資料や発注した資材と道具、行動範囲のリサーチで、トラップの全容がある程度推測できるはずよ。ロジャー先生なら、糸をたくさん用意していた、とかね。本番に突入する前から、戦いはとっくに始まっているの。頭を使えばもっと強くなるわよ」
いちいち指導してくれる、非戦闘職の後輩。――耳が痛い。
初対面から口が立つ奴なのは知っていたが、それが異様に参考になるものだから、ますます癪に障るんだ。悔しいが、新歓バトルロイヤルで、俺たちが後れを取ったのは必然だった。
罠解除係の一年生同士の会話に耳をそばだてながら、上級生の俺たちも目から鱗が落ちる思いだ。
しかしこれでも甘いって、もしこいつが罠を仕掛けたらどんな仕上がりになるのか。想像するだけで恐ろしい。
ソニアに性格の悪さが移りはしないかと、そこが気がかりだ。
とにかく頼もしすぎて困る。
恐らくこいつは、毎年ドツボにハマらされる恐怖の罠も、鋼の精神で跳ね返してしまうのだろう。
だが頼りにしては駄目だ。
このチームのリーダーは俺だ。
食われてたまるか。気を強く持つんだ。
罠の本番は、これからなのだから。




